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isocoさん

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夫婦栽培

12/06/16 コンテスト(テーマ):第七回【 結婚 】 コメント:2件 isoco 閲覧数:2258

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 大掃除をしていると置き去りにしてきた期待というものによくでくわす。たとえば挫折した教材とか、冒険して買ってみたけど尻ごみして結局着れない洋服とか、あとそれと、じょうろ。鏡がわりになれる銀色のじょうろ。週に一度だけ泊まりにくるあの人が置いていったじょうろ。やりきれたことといえば庭に植えたトマトを枯らしただけのじょうろ。僕らが一緒に作った期待の数だけ穴が空いたじょうろ。

 刃物は置いて、大掃除に使っていた雑巾とブラシとじょうろを持って、近所のお墓にいく。良い天気だし、お墓参りをしようと思い立ったのである。あの人が死んでから初めてのことだ。が、あの人のお墓はこれから行くお寺には無い。それでも誰もお参りにきてくれないような汚れたお墓を、あの人のものだと思って綺麗に掃除してお参りすれば、あの人と見知らぬ仏両方の供養になるのではないかと思った。ただのお墓参りよりも徳の高い行為に思えてならないし、やらないよりはマシに違いない。

 お寺に着いて、磯家と書かれた墓石を探した。かつてあの人が使っていた名字である。本気で思っていたわけではないが、墓石があいうえお順ではないことをこの歳で知る。砂利石をすべってスケート気分を味わっていると足裏の感触が子供のように軽くなった。

 磯家の墓は汚い。コップに入れられている水は茶色いし、そこに入れられた花は萎れている。庭で首を折っていたトマトの枯れざまを思いだした。こちらが忘れていたことを責めるようなくたびれ方である。

 他人の墓とも気にせず、丹念に磨いた。綺麗になってきた墓石はキラキラ輝き、表面で太陽の光をプルプル震わせ、その美しさにまばたきを忘れて見入っていると、網膜が焼けていくのと同時にあのときのことを思いだした。

「キミ、磯と結婚の約束してるでしょ?」
 喫茶店でいちばん隅っこの暗い席、初対面の男と向かいあっている。割れやすそうな軽いコップの表面には水滴の霧ができていて、その水を口に含むと冷たさに歯がよくしみた。
「磯っていう名字は僕のものだから」あの人は妻だ、と男は続けた。
 自称旦那はアイスコーヒーに何度もガムシロップを足している。納得のいく味をみつけたのか、ストローを上がっていくコーヒーの量が一気に増した。
「あいつ結婚詐欺師なんだ。僕の名字でキミ以外の男も一杯騙しているんだぜ」
 彼の言い分は続く。要約すると、結婚してから急に冷たくなったのを不信に思い、結婚前から何股もかけて色々な男に貢がせていることをつきとめてしまい、その中には当然僕がいて、離婚するとき有利になるため僕や他の被害者の証言を集めているとのこと。

 僕は何も知らなかった。酷い女だと思う。それでも結婚の約束をしたときのあの子供っぽい笑顔が僕から憎む権利を奪っていく。甘い期待によって嫌いになれない。すると僕はあの人にとって何番目なのだろうか気になり始めた。一番ならば救われる。一番と言ってくれ。
「嘘でもいいから一番だと言ってよ」
 それでもあの人は、
「別れたいなら別れたいって言えば?」一番鬱陶しいものを見る目を僕に向けた。

 じょうろを傾けて、墓に水をかけた。墓磨きが終わったのだ。磯の墓を掃除してみたのは何故か。あの人にとっての一番でありたいという熱意しかない。あの人の死をきちんと把握できているのは僕だけなのである。きちんと弔ってあげられるのも僕だけなのである。僕にしかできないことをすれば僕が一番なのである。このじょうろで一緒に墓を綺麗にしていけば魂を服従させた優越感を僕は得られる。

 夕焼けを背負った墓地の景色というものはおそろしく目に軽い。ずっと見ていられるけれど、ずっと見てはいられない気持ちにさせられる。遠くを飛ぶカモメをみていたら自分の大きさを忘れた。杉の木が僕を脅すように大袈裟に揺れる。瞬間的に僕の中身は空っぽになって、トマトを枯らした庭の花壇のように冷たいものになる。

 早く帰って、『大掃除』の続きをしなければならない。枯れたトマトの下に、バラバラになったあの人の記憶や思い出の品をすべて埋めるのだ。じょうろで上から水かけて、手の平合わせて拝めば大掃除は終わり、あの人のお墓が完成する。これからは同じ敷地内で暮らしていける。僕の家にお墓を作るのだから、名字だって同じようなものだ。お互いの望みが、やっと、叶う、結ばれる。

 磯の墓に傾けていたじょうろから水が出なくなる。そのままの姿勢で夜を待った。じょうろはもうすぐ夜空の色になる。周りの墓石たちも、きっと同じように顔色を変える。握りしめているじょうろがあの人の腕に見えた。昔したみたいに恋人同士が握り合うようにすると、僕は満たされて、あの花壇からいくつもの芽が顔を出しはじめるのを想像した。開花させるためにこれからも青い腕と手を取り合っていくことを誓った。


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このストーリーに関するコメント

12/06/20 智宇純子

異常とも思える主人公の行動が平穏な日常の流れのように描かれていて、それが更にリアル感を出していると思いました。

12/06/20 isoco

コメントありがとうございます。
いつも投稿してから直したい部分が浮き彫りになってきて、説明不足なのではないかと毎日不安を感じていましたが、否定ではない一言にとりあえずホッとしています。読んでもらえたことがとにかく嬉しいです。

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