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黒糖ロールさん

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パイロットフォルム(手紙屋)

14/06/22 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:6件 黒糖ロール 閲覧数:1452

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 右手で操縦桿を握り、左手をスロットルレバーに添える。コックピットの小刻みな振動が心地よく全身に伝わってくる。
 リュードの心の表面を、淡く明滅する幸福感が滑り昇ってくる。ジンジャエールの泡のように爽やかで、儚い。
 白い砂漠の中央に、この飛行場は位置している。滑走路が一本だけあり、その側に格納庫、少し離れて司令塔が建っている。司令塔の一階を、なぜかカフェが陣取っている。飛行場の中は、無駄だらけだ。場違いなカフェを筆頭に、昼寝が日課の司令官、唯一の喫煙者であるアウル女史専用の喫煙エリア、一度も鳴ったことがない警報装置……。数え出したら切りがない。その無駄だらけの飛行場を囲う砂漠は、一切の機能と無駄を排した、真っ白な砂でできている。飛行場の中から外を見れば、砂漠が視界のほとんどを埋め尽くす。
 飛行機が前進し、景色が動きはじめた。
 一直線に伸びるコンクリートの滑走路が視界のなかを滑りだし、空の青と砂の白が迫ってくる。
 さらに加速し、離陸した。
 一気に高度を上げる。
 後方に目をやれば、白い砂地の上に、ミニチュア化していく飛行場。
 知ってた? かつて空中にあった王国が白骨化し、風化して砂になって地面に降り注ぎ、箱庭になったのがこの砂漠なんだ。あの飛行場なんて、神様が片手でひょいと持ってきたらしいよ。
 空の上にいると、そんなことを誰かに話してみたくなる。アウルに言ったら、鼻で笑われるだろうけど。
 旋回して、機体の向きを変えた。
 太陽の光を濾過するかのように薄く広がる雲の間から、大聖堂の鐘楼の姿がよく見える。空中都市のシンボルだ。
 空中都市は一瞬目に映ったかと思えば、次の瞬間、水に浸した水彩画のように空に溶けて消えてしまう。コツは心をフラットにして、ただ、空のことを想い続けること。そうすれば、やがて姿をあらわす。
 夢見の民は、いずれも空に惹かれる性質を持っている。さかさまの引力が、夢見の心には働いているから。
 空のなかを漂っていても自由に呼吸ができる才能を携えて、パイロットたちは空を駆ける。なぜ呼吸できるのか誰も知らない。ただ、夢見の遺伝子が、そうさせるのだろう。
 燃料の無駄遣いと呟きながら、曲芸飛行をする。
 螺子のように横回転を三度。
 続いて、大きく螺旋を描くように斜めに降下。
 機体を水平に戻して数秒間おとなしく黙って、最後に宙返り。
 気づけば、空中都市に近づいていた。そのまま、着陸を開始した。



 街の中にリュードは立っている。土の香りを含んだ風が、狭い路地を通り抜けていく。両側に競り立つ煉瓦造りの建物の壁面が、真上に空の青い河を作り出していた。
 いつもそうだ。着陸し、機体から降りるまでの具体的な行程は、記憶から削ぎ落とされてしまう。道半ばで叩き起こされるようなものだ。
 丁寧な文字で壁に落書きがされていた。「神様の パッカパッカお馬さん」。バカと書こうとして、ためらった後、くずしたようで微笑ましい。
 石畳の路地をしばらく歩いてから、「子羊アニョー」と書かれた立て看板の前で、リュードは立ち止まった。
 手紙は、きっとここにある。
 重厚な木製扉を開けて、中に入った。閉めきった手狭な店内は、薄暗かった。
 ランプシェードの柔らかな灯りが、奥にいる人物をぼんやり照らしている。昼時のはずなのに、時間感覚がぶれはじめる。夕時の終わり、部屋のなかに差し込んでいた焦げ色の光の波がひきはじめ、窓の外では菫色が空を満たしていく、あの時間のなかにいるような気分になっていた。
「よく来たねえ」
 フードをかぶった老婆が、掠れた声で言った。
「手紙を受け取りに来ました。バクゥーは悪さをしませんでしたか」
 リュードは、暗号化されたような挨拶を投げかける。
「ミューザケースィの透明マントに隠された、恥じらいの飴を投げてやったから大丈夫さね」
 老婆は答えた。リュードがうなずくと、老婆は封筒を差し出してきた。宛先は書かれていない。
「この手紙を地の町へ」
 空の町を経由する手紙の運び屋を、いつからかリュードは担うようになった。
「では、帰ります」
 礼儀上、敬礼を行う。老婆のゆったりとした、小刻みに震える敬礼を受け取ってから、リュードは店を後にした。
 路地を抜け出れば、案の定、広場の中央に飛行機の姿があった。
 飛行機に搭乗すると、リュードは封筒を開けて、手紙を取り出した。中身は読まず、せっせと紙飛行機を作る。三枚あったので三機になった。
 エンジンを始動させ、広場の終わりまで機体を移動させる。数歩先で地面が終わり、真下は空だ。
 操縦席から立ち上がり、手を伸ばす。風に吹き飛ばされないように注意しながら、慎重に、紙飛行機を一機ずつ投下した。
「届くべき人に、届きますように」
 そう祈りをこめながら。


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このストーリーに関するコメント

14/06/27 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

手紙を運ぶ道は、地でだけでなく空にもあったのですね。
不思議なファンタジーでしたが、細やかな描写のおかげで絵が浮かんでくるようでした♪

14/06/28 泡沫恋歌

黒糖ロールさま、拝読しました。

メルヘンチックで素敵ですね。
まるで絵を観るような、淡色の美しい風景画がイメージされました。

描写も繊細で、こういう作風、とても好感が持てます。

「届くべき人に、届きますように」

最後の言葉が利いてますね。

14/06/30 黒糖ロール

そらの珊瑚さん

今までで一番伝わるかどうかビビった作品でしたが、何か伝わったのなら嬉しいですー。自分でもお気に入りの描写をいくつか混ぜることができました:-)


泡沫恋歌さま

自分のイメージを詰め込みまくったので伝わるかどうか不安でした。楽しんでいただけたようで嬉しいです。好感だなんて、ぽ。
こういう世界を旅したいっていう己の現実逃避が燃料の、メルヘン作品でございました。

14/07/03 黒糖ロール

凪沙薫様

文章と雰囲気楽しんでもらえたのなら嬉しいです。
内容がぼやーっとしてるので伝わるんかなこれという不安もありまして、
描写で空気感が伝わるよう心がけました。
効果があったようで泣いてしまいそうです(おおげさ)。
今回リュードはのんびりしてますが、たまには大変なこともあるようです…。

14/07/03 草愛やし美

黒糖ロール様、拝読しました。

素晴らしいファンタジー、空中都市とはロマンティックな不思議な世界ですね。でも、何て切ない夢見の民たちでしょう。

文章表現、素晴らしくて、唸りながら読み進みました。
>空中都市は一瞬目に映ったかと思えば、次の瞬間、水に浸した水彩画のように空に溶けて消えてしまう。コツは心をフラットにして、ただ、空のことを想い続けること。そうすれば、やがて姿をあらわす。
この文、素敵。空中都市がどういう世界なのか想像をかきたてられます。

手紙屋のリュードの手紙が、いつの日か届きますようにと私も祈りたいです。この素敵な世界観で、続編なんかも読んでみたいなあと思いました。

14/07/05 黒糖ロール

草藍様

シ”フ”リのラヒ◯ュタの世代としては、空中都市は憧れです。
文章については、「フ。決まったゼ」と程よく気障なものが幾つか書けたと思ってます:-)
取り上げていただいた一文もそのひとつです。
続編、つい書いちゃうかもしれません。

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