1. トップページ
  2. 千円カット

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

0

千円カット

12/06/16 コンテスト(テーマ):第八回 時空モノガタリ文学賞【 大分 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2841

時空モノガタリからの選評

最終選考

この作品を評価する

入口の看板の、『カット千円』にひかれて平太は、その散髪屋に入っていった。
この値段だというのに、店に客の姿がない。
広くもない店内が、妙にがらんとしてうつった。
千円という安価さからおそらく、愛想もサービスもなにもない、ただ芝生を刈るように髪を切るだけのところにちがいない。
もどろうかと平太が足をかえしかけたとき、奥のカーテンから一人の女性があらわれた。
「いらっしゃい」
挨拶だけはあるらしい。
「どうぞ」
ためらう平太に、女は前掛けを手にまちかまえた。
座ったとたん、イスにくくりつけられ、有無もいわせずバリカンで、トラ刈りライオン刈りおかまいなしに切られまくったらどうしよう………
彼はしかし、どこか優しげに見える女の目をたしかめてから、イスに腰をおろした。
「どんな髪型で?」
「いまのままで、耳を出すぐらい全体をカットしてください」
女はスプレーの水を頭に吹きかけてから、おもむろに鋏をさばきだした。
「濃いですね」
髪を梳く櫛に力をこめて、彼女はいった。
どこの散髪屋でも必ず同じことをいわれる平太は、こういう際の返し言葉を用意していた。
「おやじが、九州人だから」
「わたしの父も九州人だけど、禿げてます。―――九州のどこですか?」
「大分」
「偶然ですね。父も大分ですのよ」
「へえ。だけどぼくの場合、母が大阪なので、ハーフなんです」
「そういうのも、ハーフっていうんですの?」
「一応、半分半分でしょ」
「大分のどこです?」
「大分市」
千円にしては、ずいぶん話しかけてくる相手だなと平太は、鋏さばきにそつのない彼女を、ちらと見やった。これもやはり、親が同県人のよしみというやつだろうか。
「きみのところは?」
「湯布院のすぐそばですの。おもいだすと、すぐ浮かぶのが由布岳と、あたりに広がる水田………」
「きみは、よく大分には?」
「盆と正月には必ず帰省します。さっきの禿げた父と母もいますし、友達もたくさんいます」
「いいなあ。こっちなんて、まだ一度も大分にいったことないんだ」
「あら、そうですの。だったらぜひ一度、とてもすてきなところですわ。五月になれば湯の坪川にはたくさん蛍が舞い、湯煙がただよう金鱗湖はおちついていて最高―――あらわたし、大分のキャンペ―ンガールみたい」
「ぼくはやっぱり、おやじがうまれた土地にいってみたいな」
「お頭さんはいまも、ご健在なんですか?」
「もう死んだ」
「………そうですの」
そのとき一瞬、これまでよどみのなかった彼女の鋏が、ぎこちのない動き方をした。
しばらくのあいだ、二人のあいだに沈黙がながれた。
「親不孝なせがれだったよ、ぼくは」
ため息とともに押し出すように、平太はいった。
「みんな、そうでしょう。親孝行でしたなんていう人にはこれまで、あまりお目にかかったことないわ」
客商売をしているだけに、その言葉には重みがあった。
「おやじとは、なにもかも、そりがあわなくてね。おまけにどっちも不器用で、とくにおやじはものいわずなもんだから、おたがい誤解ばかりして、一回だって理解しあったことなんてなかったんじゃないかな。でもそのおやじが死んだいま、結局ぼくは、おやじのなかの、自分自身にむかって、牙をむいていたんだということがわかってきた。どうしてそこまで徹底して自分を嫌悪しなければならなかったのか、だれかにその理由を教えてもらいたい。ほんとのおやじは心やさしい、おもいやりのある人間だったんだと思う。最近つくづく、そう思うようになった。いまもし、目のまえにおやじがいたらぼくは、百万語をついやしてでも、お詫びしたい気持ちだ」
すると彼女が、
「ちょっと目をつぶってもらえますか」
前髪でもそろえるのかとおもって平太は、いわれるままに目をとじた。
しかしついに鋏は前髪には触れなかった。
「どうぞ、目をあけてください」
いぶかしげに平太は前をみた。
鏡の中におやじがいた。
一瞬口を開きかけた彼だったが、言葉はなにひとつでてこないまま、その頭を、ただ深々とさげていた。
彼女の鋏が最後のカットをやり終えた。
「いかがですか?」
手鏡に平太の後頭部を映して、彼女は出来栄えをたずねた。
平太は眼前の鏡から、その手鏡に移る自分の頭を確認した。ふだん見なれない角度のせいか、まるでちがう自分をそこに見るようだった。
「ありがとう」
満足げに、彼はうなずいた。
バキュームで髪の屑を吸い取ってから、彼女は平太から前掛けをとりはずした。
「ほんとうに一度、お父様の出身地を、たずねてみられたらいかがです?」
「そうするよ。五月の、蛍の時期がいいかな」
「大分は、春夏秋冬、いついってもすてきですよ」
平太は、笑みを浮かべて、彼女に手をふった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン