カシヨさん

久しぶりに投稿しました。楽しんでいただけると嬉しいです。 (それにしても、2000字以内ってむずかしい……)

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

林檎

14/06/21 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:0件 カシヨ 閲覧数:779

この作品を評価する

 病棟に併設されたカフェは、患者だけでなく付き添いの家族にも評判が良かった。天井まで届く窓には薄ベージュのシェードがかけられ、和らいだ明かりがフロアを包む。
 辺りは非常に混雑していた。
 先を行く郁実と、続く保科の二人は、かろうじて空いていたすみのテーブル席に腰を下ろした。
「大人になってから久々に怒られた気がする」
 笑みすら浮かべて郁実が言った。
 高校の元同級生である彼らは、入院中の恩師の枕元で10年ぶりに顔を会わせ、その騒ぎように病室を追い出されたばかりだった。
「のん気そうに言ってんなよ」と投げやりに返した保科は、呆れ顔でコーヒーをすする。
「そっちが大げさに言って、おれを呼び出すからだろ。そりゃ、文句の一つも言いたくなる。いきなりの電話に折り返したらさ、『今会わなかったら、一生後悔する』って何だよ。それで、わざわざ仕事抜けて来たら、ただの骨折って……意味わかんねぇよ」
「それは……ごめんなさい」
 神妙な口ぶりだが、すぐに笑顔に戻った郁実に悪びれる様子はない。
「けど、本当に重体だって思ってたんだって。前の同窓会でね、先生が保科くんのことを気にかけてるみたいだったから、最後に会いたいだろうなぁって思っちゃって」
 やってられないとばかりに、保科は大きく息を吐いた。
「いいよ、別に。まぁ確かに、先生には全然会ってなかったから、結果的にはよかったと思ってるとこあるし」
「そう? ……なら、よかった」
 自然と沈黙が訪れ、何気なく窓の外に目を向けていた保科だったが、やがて前に向き直り「なんかさぁ……」と切り出した。
「なんとなく会いづらかったんだよな」と少し気まずそうな表情を見せる。
「どういうこと?」 
「ちょっと偉そうなこと言って学校辞めただろ? だから、ある程度自信がつくまではさ、みんなに顔向けできないって思ってて……。同窓会に何度も誘われてたけど、出る気にはなれなかった。『今何やってんの』て訊かれて、宮大工って名乗るにはまだまだ全然なわけだしさ」
 そう言った男の腕は、筋肉質でよく日に焼けている。Tシャツの袖を肩口までまくり、誇示するかのようでもあるその二の腕を、保科は所在無げな面持ちでがしがしと掻いた。
「だったら保科くんはさ、これからも当分同窓会には来ないつもり?」
「さあ……どうだろな。今の状態じゃ、やっぱまだ自分に納得できてないし、そんな段階でむかしの友達と話す気にはなれない気もする」
「じゃあ、もしかして彼女との結婚にもなかなか乗り気になれなかったりする? 今はまだまだ道半ばだし、とかって」
「へぇ。よくわかったな。確かにそんな風に言ったことあるわ」
「えっ、言ったの!?」と思わず声を張り上げた郁実は、周りの視線にはっとした表情になった。肩をすぼめて顎を引く。
 そりゃ付き合ってる人はいるよね……。
 喧騒の中では彼女のつぶやきは小さすぎて、眼前の男の耳には届かなかったらしい。
「でも、仕方ないだろ。する気もないのに気を持たせても相手に悪いし、そういうのって無理やりするもんでもないだろ」
「まぁ、あの、そうだよね……そうだと思う。うん、気持ちもないのにね」
「それもむかしの話だけどな」
 尻ポケットから財布を取り出した保科は、折り目のついた紙を取り出し、テーブルの上に置いた。とある有名な寺院の招待券だ。
「おれが今、修復でかかわってる寺の。よかったら来てよ。いいとこだし」
 食い入るように見つめる郁実の前で、保科は余白に何かを書き付ける。
「じゃあ、そろそろ行くわ。それ、おれの番号。今度は実家じゃなく、そっちに連絡して」

 *

「きょう……来られたのって、昔の生徒さんたちですか。慕われてるんですね」
 看護師の言葉に、教師は苦笑いで首を振る。
「そんなんじゃありませんよ。あいつら……そんな風に見えましたかね」
 もう明後日には退院の予定だったが、元教え子が見舞いに来ると言ってきかず、不思議に思っているところに、顔ぶれを見て納得がいった。心配そうな表情を見せてはいたが、彼女の本当の目的は別にあったのだ。
「ひとをダシに使いやがって、カンジ悪い話ですわ」
 教師はサイドテーブルに手を伸ばし、りんごを一つ掴んだ。その元生徒が持ってきた手土産だ。
「仕事もバリバリやって、チーフに昇格したとも言ってたので、ずいぶん成長したもんだと感心してたんですけどね。前に比べてずいぶんあか抜けましたし。でも、だめですね。中身は相変わらずヘボい女子高生のままですわ」
 テーブルの引き出しにはナイフが入っていなかった。教師はシーツでりんごをごしごしこすると、そのままかぶりついた。
「……だめだ。こっちもまだまだだ」
 すっかり熟したように見えたりんごだが、ことのほか甘酸っぱい味がした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン