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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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イメージトレーニング

14/06/20 コンテスト(テーマ):第三十三回 【 自由投稿スペー ス】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1464

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とっくに練習時間はすぎているのに、まだリンクですべりつづけている早坂かおりにむかってコーチの佐山は、ひときわ声を張りあげた。
「すぐに切りあげなさい」
 しかしかおりはなおもエッジで氷を蹴り続けた。
「コーチ、あと十分、いえ五分でいいから、すべらせてください」
 佐山は顔をしかめたものの、それ以上、なにもいわなかった。
 彼女の気持ちは痛いほどわかった。
かおりは1年後にせまった冬季五輪の、フィギュアの代表選手だった。
前回の選手権大会では、涙の2位に終わった。その口惜しさがいま、執念となって、彼女をかりたてていた。
 かおりがようやくリンク中央からコーチのところにもどってきたのは、それから三十分後のことだった。
コーチの目からみて、ほぼ完ぺきにちかい演技だった。優雅でリズミカルな身のこなしからうまれるステップ、スピン、そしてジャンプと、どれひとつをとってもはなやかで見栄えがした。
 だがかおりは、どこか不満げだった。
「どうしたの、顔色がさえないようだけど」
「いくらやっても、なにかが足りないような気がして………」
 人一倍向上心のつよい彼女だからこそいえる言葉を、コーチはうなずきながら聞いていた。
「心と体が一致しないみたいね」
 そのコーチのコメントに、彼女はとびついてきた。
「そう、そうなのです。思っていることと体の動きが、どうしてもぴったり重ならなくって―――」
「イメージトレーニングは、やってるのかしら?」
「ええ。本番当日はもちろんやります」
「それじゃだめ。練習時においても、しっかりイメトレをやることによって、精神が肉体をコントロールできるようになるんだから」
 それをきくなりかおりの目が、爛々とかがやいた。
たしかにこれまで、練習のときにはイメージトレーニングは、やったことがなかった。とにかくすべることだけにしか意識はいかなかった。
指摘されてはじめて、自分に足りないものが何かを、彼女はつかんだ気がした。
 翌日からかおりは、練習前に十分な時間をかけて自分の演技をイメージするようになった。
 最初はなかなか、意識の集中ができなかった。そのためちかくの寺に、座禅にいったり、ヨガをとりいれたりもした。自宅の部屋を真っ暗にして、何時間も座りつづけることもあった。
 かおりが演技のひとつひとつを、途切れることなくイメージできるようになるまで一週間がかかった。
完全主義者の彼女は、演技だけでは物足りず、リンクをはしるときにおこるブレードと氷がたてる摩擦音からエッジによって砕け散ちる細かな氷の破片さえもおもいえがけるようになるまでには、それからさらに一週間を要した。
  佐山は、彼女が練習の一時間もまえから、ロッカー室で椅子に腰かけ、じっと沈黙にふけっている姿をなんども目撃した。選手たちから鬼コーチと恐れられる佐山もさすがに、そんなかおりを前にしては声ひとつかけることもできなかったが、自分の助言を忠実にとりいれて、イメージトレーニングに励む彼女を見る目は、満足そうだった。
 そして、今年度の世界選手権大会が初日をむかえた。
  今回の選手権大会は各国から集まった選手の層が厚く、冬季オリンピックに出場する面々がほぼ顔をそろえていた。じぶんを二位におとしいれたライバルもいることをしったかおりが、投資をふるいたたせたのはいうまでもなかった。
「いつもの練習のときのすべりをすればいいのよ」
 リンクサイドで佐山がかおりにいったのはそれだけだった。かおりはしっかりうなずくと、じぶんの名が呼ばれるのを緊張の面持ちでまった。
 三人の選手がすべりおえたあと、いよいよかおりの出番だった。
 かおりはコーチと軽く拳をつきあわせてから、リンク中央にすべっていった。
まずは、深呼吸よ。
 かおりは、じぶんにいいきかせた。これまでくりかえしてきたイメージトレーニングが、頭のなかによみがえってきた………。
 ―――力強くエッジを蹴って、まずはリンク内を滑走する。観客たちの顔が、はっきりとみわけられる。落ち着いている証拠よ。―――勢いをつけて最初のトリプルアクセル、つづいて二回転ジャンプ。そうよ、すてき、その調子。―――ステップも小気味よく軽快に、スピンするからだに観客たちの視線が風のようにまといつく。いよいよ山場にさしかかった。彼女は決意していた。これまでやったことのない三回転半ジャンプをたてつづけにたたみかけるのだ。これさえうまくこなせれば、勝利の女神はじぶんにほほえみかけることまちがいなかった。彼女は、三回転半ジャンプのためのスピードをあげていった。
よし、いまよ。かおりは全神経を両足にこめて高々と跳躍した。一回転、二回転、三回転と半―――着地するなりすばやくもう一度、今度はもっと高く、さらに早く三回転半ジャンプを敢行した。
やった! パーフェクトよ。
 かおりはしかし、そのまま気をぬくことなく最後の仕上げのビールマンスピンにとりかかった。後ろにあげた足がほとんど背中に密着する得意のスピンだ。観客たちからどよめきがあがり、続いて拍手が館内にとどろきわたった。
かおりは、これまでにない完ぺきな演技に、満足だった。はじめてじぶんを心からほめてあげたい気持ちだった。ありがとう、かおり。

コーチの佐山がどうしたわけかかおりのところにちかづいてきた。コーチがリンクの選手のそばまでくるのは、異例のことだった。いまの演技に感動したあまり、ルールを忘れてしまったのだろうか。
「早坂さん」
 かおりははっと目をみひらいた。その目に、なぜかいぶかしげに眉をひそめるコーチの顔がとびこんできた。
「あなた、はじめからしまいまで、リンクの中央につったったまま、一度も動こうとしなかったたのよ。いったい、どうしたというの?」
 それをきいたかおりは、当惑もあらわにききかえした。
「なんですって、コーチ。わたしはいま、最高の演技を披露したじゃないですか。客席からわきあがった拍手を、おききにならなかったのですか?」
「拍手ですって。あれは、みんなのブーイングだわ」
「え………」
かおりの耳にいまきこえるのは、たしかに不満をあらわすブーイング以外のなにものでもなかった。
それじゃ、リンクを優雅に舞い踊っていたわたしは………
それがすべてイメージで思い描いたじぶんだとわかるまで、まだしばらくかおりは時間を要した。


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このストーリーに関するコメント

14/06/22 草愛やし美

W・アーム・スープレックス様、拝読しました。

ああ、やってしまいましたか。あまりにも、完璧すぎる彼女だからでしょうか。もう一度は、無理でしょうね。オリンピックの出場が取り消されないようにと、祈っています。
このオチ、ユニークで面白かったです。やはり、スープレックスさんだと思いました。
自由投稿でも、頑張っておられるのですね、凄い! 私は、毎月のテーマだけで、もう四苦八苦でして、大汗、いやはや、イメージトレーニングでもして書けるほどになりたい。Σ( ̄。 ̄ノ)ノ

余計ごとですが、気になりましたので、中程、投資……、株やってられるのかしらん?( ̄-  ̄ ) ンーなんて思いました。すみません。

14/06/22 W・アーム・スープレックス

草愛さん、梅雨空をふきとばすような楽しいコメント、ありがとうございました。これだけみても、創作のほう、のっておられるものと思います。

とにかく発表するスペースがあればなんでも出してやれという気持ちで、せっせと投稿をつづけています。
あいもかわらず誤字脱字の氾濫で、草藍さんに余計なお気遣いまでさせてしまい、面目次第もありません。蕪は好きですが、株のほうはしたことがありません。幸か不幸か金にはあまり縁のない人生を送っています。

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