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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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心の中の石

14/06/12 コンテスト(テーマ):第五十八回 時空モノガタリ文学賞【 転がる石のように 】  コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:1289

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 被疑者森野こずえは四〇歳という年齢相応に受け答えもしごく落ち着いていた。
「彼と結婚の約束をしていたのですね」
「はい。でも起業したばかりの事業が不安定で先延ばしになっていました。ある日あと百万ないと手形が不渡りになり倒産だと言われお金を貸した事がそもそもの始まりでした」 いわゆる典型的な結婚詐欺の手口だ。
「お金を渡すとありがとう、愛してると私を抱きしめてくれました」
 それが幾度か続き貯金が底をついた彼女は経理をまかされていた会社のお金に手をつけた。勤続二十年という真面目なベテランで巧妙な横領の手口に周囲が気づくまで2年もかかったらしい。
「刑事さん、ばかな女だと思っているでしょうね」
「おかしいと思わなかったのですか?」
「心のどこかでは思っていました。でも認めるのが怖かったのです。彼が私の事などこれっぽっちも愛してないという事実を」
 彼女が高校生の頃父親が蒸発しそれから母親とつつましく暮らしてきた。五年程前から母親に認知症が出始め自宅介護をしていた。
「会社から帰ると休む間もなく母の介護です。最近は病状が進んで娘の私の事も分からないようでした。母は旧家のお嬢さんの出、お手伝いさんが何人もいる家で育ったと聞いています。どうやら私の事をお手伝いさんだと思っていて、私は使用人さながら食事が不味いと文句を言われ、しもの世話をしても感謝の言葉ひとつもありません。ああ、このまま私の人生は恋もしないまま終わってしまうのだと虚しさのあまりいっそ母と心中しようかと思いました。それをしなかったのはただ死ぬ勇気がなかっただけです」
 驚いたことに彼女にとって彼が初めて付き合った男だと言う。
「彼と出会った事で私の中にあった鬱屈とした石のようなものが坂道を転がり始めたのです。転がりながら見る景色はそれはもう新鮮で楽しかった! 誕生日には指輪をもらいフランス料理のお店でデートしました。もっとも緊張して味は分かりませんでしたけど。赤い口紅を買い何年かぶりに美容院にも行きました。眼鏡をはずしコンタクトレンズを入れました。その度に綺麗だよと言ってくれた彼の言葉、あれさえも嘘だったのでしょうか?」
 商売柄、転がる石のように人生を転落する図はよく知っている。
 彼とはインターネットのSNSで知り合ったという。最初は眠れぬ夜の時間つぶしにと始めたらしい。残念ながら彼の消息はつかめない。彼女が知っていた彼の情報、それは携帯電話の番号とネット上のハンドルネーム。どちらも今はこの世に存在していない。彼というのは彼女が作り出した架空の存在ではないかというのが我々の見識だった。
 石が転がっていくうちに加速度がついて、もう戻ることが出来なくなってしまったのだろう。総額二億円余りの横領罪として会社から訴えられていた。
 結婚詐欺については彼の存在が曖昧である事と、金の行方がはっきりしないので事件として成立させるのは難しいだろう。
 彼女の家の庭には古びた簡易焼却炉があり夜に煙が出ている事があったという近所の人の証言がある。主にオムツ等ゴミを燃やす為に使われていたらしい。燃えかすは庭のあちこちに埋めたという。それをひとつずつ掘り起こして調べたところ、かなり年数の経った人骨が発見された。DNAから彼女の父親だと判定された。
「父は母を虐待していました。駆け落ち同然で結婚した仲だというのに愛は残酷ですね。裕福な家で育った母にお金の苦労ばかりさせることになり、そのひけめが反作用となったんじゃないかと母はよく言っていました。次第に暴力が私にも及ぶようになり私達は命の危険におびえる毎日を過ごしました。そして父を殺めてしまったのです。酒で酩酊して母を蹴っている背中に向かって私は出刃包丁を突きつけました。もんどりうって倒れた父はしばらく野獣のようなうめき声を上げていましたがそのうち静かになり、心臓が止まっている事を母が確認しました。その後の事は刑事さんの推察と一緒です。死体は解体して燃やし庭に埋めました。私の中の石はあの頃から転がり始めていたのかもしれません。今こうしてやっとその石が止まってほっとしているのです。だって自分では止めることが出来ませんもの」
 大量の紙幣の燃えかすも発見された。おおかた横領した二億円の行方だろう。そうするといよいよ彼という存在自体怪しい。
「刑事さん、ちょっと休んでもいいですか? 知っている事は全てお話しました。妊娠すると眠くなるって本当ですね」
 彼女は小さなあくびをひとつして目頭をぬぐった。
「あくびをするとなぜ涙が出るのでしょう? 悲しいわけでもないのに」
 妊娠の真偽は不明だった。彼女が医師の診察を拒否しているからだ。出産は桜の咲く季節になると彼女は真顔で笑う。万が一それが真実だとしたら――。
 彼女の心の中の石は止まってなんかいない。 


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このストーリーに関するコメント

14/06/12 そらの珊瑚

画像は「写真素材 足成」さまよりお借りしました。

14/06/12 ドーナツ

拝読しました。

犯罪者になるかならないかは、ほんの紙一重だということを いつも感じてます。
やっぱり環境が犯罪者を作るのかな とも思います。

家庭も複雑で、転がり落ちてく女性を止めるものがなかったというのも悲しです。

ラストは、ちょっと怖いですね。妊娠は嘘であってほしいと願うばかりです。

14/06/13 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

この話は中身が濃いですねぇ。
ただの結婚詐欺かと思えば、横領事件・・・果ては父親殺し。

何だか、殺伐とした話ですが主人公の満たされない感情がどんどん転がって
妄想になっていく過程が怖ろしくも哀しいです。

こういう感じの女性ってリアルにもいますよ。
けど、ここまでやってしまうことはないでしょうがね。

大変、興味深く面白く最後まで読ませていただきました。

14/06/15 鮎風 遊

確かに、コロコロと今も転がってるようですね。
嘘という石が。
百目鬼と芹凛流で解釈すれば、
子供が出来るなら、お札は燃やしませんよね。
だから二億円だけが本当で、男も妊娠も女の妄想と推理したようですが。

面白かったです。


14/06/15 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

悲しい女性は、石の転がるごとくの人生を歩まねばならなかったのでしょうね。子供は親を選んで生まれて来れません。今朝の朝刊に、母子4人の無理心中らしき記事が載っていました。7歳、6歳、2歳の子は母親と一緒にマンションの屋上から落ち、死んでしまいました。その横の紙面には、あのオウム真理教の松本死刑囚の娘さんの記事が、生まれた自分を憎むとの言葉。親を選べない子供達の不幸は、転がる石のようなのかもしれませんね。止めることは、自分ではとてもできないのでしょう。
悲しいお話、罪を犯した彼女ですが、もはや狂っているのかもですね、色々と考えさせられる深い内容でした。

14/06/16 光石七

拝読しました。
一体真実はどうなっているのか?
彼女は嘘をついているのか、事実を話しているのか、虚構を事実と信じ込んでいるのか……
面白かったです。

14/06/17 かめかめ

全てが真実だとすると、まったくちがったお話が一本できそうですね〜

14/06/27 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

きっかけや理由はそれぞれあるんだと思いますが、
多くの場合は紙一重のところで踏みとどまっているのではないかと想像します。
ですが転がり始めたら、自分では止められなかったのかもしれません。

14/06/27 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

事実は小説より奇なりともいいますね。
実際起こった事件などを聞くたび、よくそう思います。
負の感情が雪だるま式に負の方向へ転がってしまったのかもしれません。

14/06/27 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

さすが百目鬼と芹凛流! ますます推理が冴えてますね。
なるほどと思いました。

草藍さん、ありがとうございます。

どういう理由があったにせよ親だからといって子どもの命を奪うことは許されませんね。
そうなるまえになんとかならなかったのかと思います。
せっかく生まれた命なのに。
どんな境遇に生まれつくか、ほんとに自分の力ではどうしようもできない
運命なのですかね。

光石七さん、ありがとうございます。

ついた嘘がいつのまにか自分のなかで嘘でなくなったのか
もしかしたら嘘をついているという自覚さえなかったのかもしれません。

かめかめさん、ありがとうございます。

ほんとですね!

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