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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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指ぬき物語

14/06/07 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1349

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 おばあちゃんが裁縫をしているところへ、加奈がやってきた。
 おばあちゃんは、老眼鏡のおくから上目づかいに孫娘をみつめて、
「加奈や、これをあげるよ」
 加奈は、おばあちゃんがさしだす指ぬきを手にとり、じぶんの指にはめてみた。
「すかすかよ。いらないわ」
 指ぬきをかえそうとする加奈に、おばあちゃんは、
「なに罰当たりなこといってるの。この指ぬきにはね、みんながあっとおどろく力があるのよ」
 それをきいた加奈は、このあいだテレビでみたばかりの、『ロードオブザリング』をおもいだした。
「それ、魔法の指輪なの?」
「そうだよ。これをはめると、すごい魔法が使えるのよ」
 加奈は、ゴクリと生つばをのみこんだ。
「すごい、魔法って………?」
「お裁縫がね、とても上手になるのよ」
「世界を征服する力はないの?」
「もちろん、あるわ。だけどそのまえに、お裁縫の腕が、めきめきあがるの。やってみる?」
 おばあちゃんは、じぶんがいまぬっていた手作りの浴衣を加奈にさしだした。
「そんなのあたしにはとてもぬえないわ」
 この前学校のお裁縫の時間に、雑巾を一枚やっとこさぬいあげたことをおもいだしながら、加奈はいった。
「だからこの指ぬきの魔法でぬえるようになるって」
 おばあちゃんは、なにがなんでも孫娘に、浴衣をぬわせたいようだった。
 加奈は、そんなおばあちゃんの顔を、じろりとみつめた。
 ―――うまいこといって、おばあちゃん、あたしに裁縫をさせようとしているんだわ。このあいだだって、女の子は、やっぱりぬい物ぐらいできないとね、なんてこといっていたぐらいだから。だけどなにも、指ぬきに魔法があるだなんて、そんな子供だましみたいなこといわなくてもいいのに。
 加奈は、おもわずクスリと笑った。
 学校では、なにより体育がとくいで、あまり家の中で細々したことをするのが苦手な彼女だった。
 正直、裁縫なんて、できることなら一生したいとはおもわなかった。クラスの女の子にも、おなじ考えの子はたくさんいる。
 これまでなんでもじぶんでぬってきたおばあちゃんだから、きっとそんなじぶんをみかねて、指ぬきの魔法をおもいついたんだわ。テレビのまえでならんで、じぶんより熱心に、ロードオブザリングをみていたおばあちゃんだから。
「わかった。やってみるね」
 加奈は、おばあちゃんのよこにすわった。うまくいくはずがないのだから、すぐにやめてしまおう。最初からそんな気持ちだった。
「それじゃ、これをおはめ」
 おばあちゃんは、もったいぶった様子で、あらためて加奈に指ぬきをわたした。
 加奈もまた、本当にそれにすごい魔法の力があるかのように、いまだけは大切そうに指ぬきをうけとると、それをじぶんの指にはめてみた。
 おばあちゃんには使いなれた指ぬきも、彼女の指にはほんとうに、おおきすぎてすぐにぬけ落ちてしまいそうだった。
 ここでちょっとばかし、魔法にかかったふりでもしてあげればおばあちゃんも喜ぶのにとおもったが、加奈の性格からしてそこまでみえすいたことはできなかった。
「どれをぬえばいいの?」
 おばあちゃんは、浴衣の襟のところを、じぶんでぬってみせてから、加奈に浴衣と糸のとおった針をてわたした。
 加奈はその針を、いかにも不器用そうにつまむと、ぎこちない手つきで浴衣を手にとった。
 と、その針をもつ手がいきなり、これはどうしたことか、まるで清流をはしる若鮎のようにきびきびと動いたとおもうと、すいすいと布地をぬいはじめたではないか。
 これには加奈がいちばんびっくりした。
「まあ、あら、ひゃあ」
 言葉にならない声をだしながら、なおも、まるで別人のような動きをみせるじぶんの手に、おどろきの目をむけた。
 加奈の針は、たちまち襟をぬいおわると、こんどは袖の部分を、裾のあたりを、目にもとまらぬスピードでぬいつづけるのだった。
 加奈の手が、ようやくとまったのは、それから一時間後のことだった。
 ぬいおわった瞬間加奈は、これまで味わったことのない充実した気持ちと達成感がこみあげてくるのを意識した。
 じぶんが縫った浴衣の縫目のみごとさに、あらためて彼女は感歎した。それがじぶんの着る浴衣だとわかってからは、なおさらその喜びはおおきかった。
「おばあちゃん、これ、本当に魔法の指ぬきなのね」
「だから、いったでしょ」
 満足そうにおばあちゃんはいった。
 そんなおばあちゃんの横顔をみているとふと、ロードオブザリングの中に登場したある生き物の顔が加奈の中によみがえった。
 ………おばあちゃん、なんだかゴクリに似ている。 
 だけど、さすがに声にだせずにいると、いきなりおばあちゃんは、ひひひと笑ったとおもうと、
「いとしいしと」
 と加奈のからだを、ぎゅっと抱きしめるのだった。


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