1. トップページ
  2. 私こそが

松定 鴨汀さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

私こそが

14/06/02 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:0件 松定 鴨汀 閲覧数:853

この作品を評価する

 彼は私を愛していた。
 私も彼を愛していた。そして、彼を殺した。

 彼がこの国に来て、はじめてが私だったんだって。
 そんな些細なきっかけで、30年近くも付き合ってた。

 彼は人を殺す前、かならず私を必要とした。そんな時はわずかに、ほんのわずかに手が震えていたから、すぐにわかった。
 彼は人を殺した後も、かならず私に慰めを求めた。そんな時は、彼の身体についた火薬の匂いが消え去るまで、ずっと彼を包んであげた。

「おまえがいなきゃダメなんだよ」そう言ってくれてたけど。
 私との逢瀬を重ねるごとに、彼の命は密かに、でも確実に削れていった。
 そのこと、彼はわかっていたのかしら?
「人生いつ終わるかわからないからな。楽しめるうちに楽しまなきゃ損だ」
 それが口癖のような人だったから、たとえわかっていても、そんな漠然とした遠い死に怯えるようなそぶりは見せなかったでしょうね。
 でも、知らずに愛してくれるのと、知りながら愛してくれるのとは、違うのよ。
 確かめることは、もうできなくなってしまったけど。

 故郷に帰りたくないのだろうかって、時々すごく気になった。
 でも、彼の故郷には私のような奴はいなかったらしい。
 それって、まるで、私のためにこの国にいるみたいじゃない。本当にずるいセリフ。
 私、自分じゃわからないけど、人が言うには、異国のような雰囲気があるんだって。
 だから、彼のいた国って、私みたいな雰囲気の国だったのかなって、勝手に思う事にした。確認なんてもちろんしてなかったけど。

 彼は、あんな危ない世界にいた割には、長生きした方じゃないかしら。
 私と付き合わなきゃ、もっと長生きしてたかも。
 彼は、ひっそり社会から消えることに成功した。
「引き際が肝心なんだよ」って、彼は自慢げにつぶやいていたっけ。
 でも、その言葉を聞いていたのは私だけ。
 彼には命以外、何にも残らなかった。
 住処も、名前も、家族も。まあ、家族は元からいなかったけど。
 考えてみればおかしな話よね。あれだけ人を殺していたんだから、もっとお金があってもいいのに。もしかしたら、故郷の大切な人にすべて仕送りしてしまったのかな。彼の性格を考えるとそうであってもおかしくない。

 彼は、この国の片隅を、ひっそりと生き続けた。
 でも、ついに、最期の時がやってきた。
 それは、彼が寝言でうなされていたような鉛の弾丸によるものではなかった。
 私との逢瀬の積み重ねによる、やわらかい死。
 最初は咳。それから次第に、痩せて弱っていった。
 彼は、身体の痛みを忘れるために、私に頼りきりになった。馬鹿ね。その病気、私のせいなのに。
 彼はある日ついに、起き上がることさえできなくなった。
「あーあ。帰りたかったなあ」
 彼は咳の合間につぶやいて、私をまさぐった。
 でも、彼の指にはもう、私を燃え上がらせるだけの力は無かった。


 ある日、老いた浮浪者が遺体で発見された。
 その右手にはライターが、そして、左手には火をつける前のタバコがあった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン