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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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たこ焼きロード

14/06/02 コンテスト(テーマ):第五十九回 時空モノガタリ文学賞【 ON THE ROAD 】 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1569

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 まぶしく輝く路面にはまだ、夏の名残が色濃くはりついていた。
 それでも公園の木々からは、もうすぐそばまできている秋を告げるかのように、ツクツクボウシのどこか物寂し気な声が響いている。
 公園のすぐ下にたつ、小さな木造一軒家の横に、屋台らしい店が出ていて、そこから漂う香りが公園まで匂ってきた。
 女は、公園の水道でぬらした水で、額の汗を拭っているとき、その匂いに気づいた。女の頭に子供じぶん、その匂いがみちた路地裏で、近所のみんなと遊んでいた記憶がよみがえった。
 疲れた体を、ベンチで休めているときも、そのソースと青海苔とカツオのまざった匂いが、彼女の鼻先をなんどもかすめた。午後の三時すぎ、公園内に疎らに人影はあるものの、アスファルトを通過する車もわずかで、ただ陽射しだけが強く自己を主張していた。
 女はそれからもしばらく、西日に染まる山裾をながめていたが、やがて、妙にじぶんをひきつける匂いにみちびかれるように、歩きはじめた。
 たこ焼き屋の屋台は雨風にさらされ、ずいぶん黒ずんでいた。軒からつるした作り物のタコの肢が、もとは八本全部動いていたらしいがいまは、二本だけが上下する様がどこかおかしく、そしてあわれだった。
 女は、屋台の向こう側でたこ焼きを焼いている男の様子を、じっとながめだした。
 鉄板の穴の列に、といた粉を流しいれ、その上から具をおとしてゆく。男の手さばきの熟達さは、その屋台同様、かなりの年月をへたことを語っていた。
 そういえば昔、いまと同じようにたこ焼きを焼く様子を、そばからじっと見ていたことを女はおもいだした。一度やってみたいと願った、あのときの気持ちが、いまなお奥底にくすぶっていることに彼女はかるい驚きをおぼえた。
 親子づれがたこ焼きを買いにきた。
「いらっしゃい」
 男は、三百円分のたこ焼きをパックに詰め込んだ。
「公園で、食べよ」
 と母親がいかにも楽しそうに子供に喋りかけるのを、女は無言でみまもっていた。
 それからも間をあけて、また客がたこ焼きを買いにやってきた。こんなに焼いて余らないかとおもっていた女は、安心したように鉄板上にならぶたこ焼きに目をやった。
 彼はなにもいわなかった。いたかったらいつまでも、そこにいたらいい。そんな態度に、女はじぶんから声をかける気になった。
「おもしろそうね。………ごめんなさい。子供のころからあたし、みるのが好きだったから」
「おもしろいよ。おれも、焼くのが、好きなんだ」
「長いことやってるみたいね」
「ほかにべつにすることもないからな」
 男が溶いた粉を、鉄板の穴に順におとしてゆくたびにおこるその、ジュウジュウという小気味よい音に女は耳を傾けていたが、やがて意を決したように、
「―――一度、焼かせてもらえないかしら」
 男はあっさりと、
「いいよ」
「公園で、手、洗ってくるわ」
「ここで洗えばいい」
 女は、屋台をまわって、男の指さす家の壁から突き出た蛇口の前にいった。迸り出る水が、汚れたじぶんを洗い清めてくれるような気がした。
 彼女は、男から要領をおしえてもらってから、焼けた鉄板にむかった。
 女は、たちまち夢中になって、たこ焼き作りに没頭した。
 最初は、溶き粉があふれ、具がかたより、形が歪になったが、それらを修正するのに時間はかからなかった。
 彼女は、これまでにない充実感をおぼえた。過去に空いたたくさんの穴が、溶き粉が鉄板の穴をうめてゆくように、いまこれをやることによってひとつひとつ、みたされてゆくような気持ちになった。
 これまでやってきたことはいったい、なんだったんだろう………。ふと女がそんな疑問にとらわれたとき、
「ください」
 と、小さな女の子が屋台のまえに立った。
 横から男がピックを握り、女の焼いたたこ焼きをパックにつめだした。
「おばさんが焼いたものだけど、心がこもってるからおいしいよ」
 ふだんそんな愛想などいいそうもない彼の言葉を、女は嬉しそうにきいていた。
 それからもまた、何人もの客たちがたこ焼きを買っていった。



 仕込みの材料も底をつき、男が屋台を片付けはじめるのをみて、女はいった。
「―――あのう、よかったら、これからも使ってもらえないかしら」
「明日から、くればいい」
「ほんとう?」
「公園の前の照り返しの道から、あんたがおりてくるのを、おれはみていたんだ。光の上をだんだんこちらにちかづいてくるあんたの姿を、ずっとまえからおれは、みていたような気がした………」
 男はただそれだけをいうと、屋台の整理をふたたびやりはじめた。
 女は屋台の中から、公園までつづいている道に目をやった。
 いまは穏やかに静まりかえったその道には、じぶんがやってきたときのあの燃え上るような日差しはすっかり消え失せていた。


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このストーリーに関するコメント

14/06/24 W・アーム・スープレックス

凪沙薫さん、こんにちは。お元気そうでなによりです。


たこ焼きというのは、ときにむしょうに食べたくなる食べ物ですね。子供のころ食べて、その味を子供のときの記憶とともに覚えている大人は多くいることと思います。それをもとに、ショートストーリに仕立ててみました。

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