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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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池田屋事件 前篇 ――Blaze versus Blades

14/06/01 コンテスト(テーマ):第三十二回 【 自由投稿スペー ス】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1130

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 新撰組は、京の治安を守る為に組織された、江戸幕府は京都守護職に用いられた剣客組織である。
 ことあらば刀を抜いて不逞浪士を斬った、という印象を持たれていることもあるが、主な任務は捕縛である。
 斬り殺した人数で言えば、不逞浪士よりも、粛清された身内の方が記録に多い。
 当初の彼らは、京の人々から恐れられたと言うよりも、田舎から上がって来た浪人同然の蛮人の様に受け止められていた。
 王城の人々の目は、士道の下で剣に生きる者達に冷たく注がれた。京には長州などの反幕府主義者に同情的な素地もあったから、尚更と言える。
 そんな新撰組を、軽んじられざるべき集団として見ざるを得なくさせた事件が、池田屋事件だった。
 この有名な大捕り物を皮切りに、新撰組は多くの手柄を立てて幕府の中の地位も高めていく。



 一八六四年、七月八日。
 京では、新撰組の市中見回りが熱を帯びていた。
 国内政局で失脚状態に陥っていた長州藩が、失地回復を狙って活発な動きを見せていた為である。
 巡察から戻った若き一番隊隊長の沖田総司は、屯所の廊下でつまらなそうに、
「嫌だなあ、ぴりぴりして」
 などとこぼし、新撰組副長の土方に、
「総司、巡察中にあくびなんかしやがったら蹴り飛ばすぞ」
 と喝を入れられた。
 叱咤し、されながらも、多摩の道場時代からなじみの二人には強靭な絆がある。沖田の天稟は土方を上回っていたが、沖田が土方を軽んじることもなかった。

 この日新撰組は、ある、反幕府の攘夷派志士を捕縛した。
 名を古高俊太郎といい、長州間者の大物であった。
 土方は、
「俺が、やる」
 と自ら古高に苛烈な拷問を行い、そして驚くべき情報を得る。
 古高いわく、
「強風の日を選んで京の御所に火を放って大混乱を起こし、京都守護職の松平容保らを殺害し、天皇を長州へ連れ去らん」……
 聞き出した当の土方が、しばし絶句した。
「お前、法螺を吹いてるんじゃあるまいな」
 想像だにしなかった事態である。
「古高、京を追われたお前らが幾人か舞い戻って潜伏したところで、そんな大計が成ると思うのか」
「人員は……、既に、充分送り込まれている、……二十や三十では、ない……」
 拷問で締め上げられて口の腫れ上がった古高の言葉に、土方の血相が変わった。
「強風の京都に、放火!……」
 土方は天を仰ぎたくなるのをこらえ、更に古高を脅して、訊いた。
「正気の沙汰か。それだけの計画、おいそれとは成されまい、集会で委細練られる筈だ。いつだ、いつ集会がある」
 古高は、息も絶え絶えにもそもそと言った。
「……今夜、……」
 土方が、胸中で吼えた。

 土方はすぐに京都守護職へこれを伝達、会津藩らの出動を要請した。
 そして、大部隊であるそれら藩士の軍勢の及びもつかぬ早さで、新撰組は出動の支度を整えた。
 探索・視察を行う新撰組の監察方は、山崎烝(すすむ)を筆頭に有能である。弾ける様に京の市外へ飛び出し、片っ端から探索を行った。
 間に合えば、動乱抑止。
 しかし間に合わずに計画が整えられてしまえば、京都を燃やし尽くすであろう人為の大火を防ぐのは困難である。
 阿鼻叫喚の地獄が王城に舞い降りるか否かの瀬戸際で、山崎達は羽織の背を冷や汗で濡らした。

 一方で、攘夷志士もまた、古高捕縛の報を受けて仰天していた。当初取り決めていた会合場所は、拷問を受けた古高の口から漏れているかもしれない。
 急遽、彼らは場所を三条の池田屋へ変更していた。
 しかし、山崎が、浪士達の動きから、変更した集会場所を何とか絞り込んだ。
 候補となる地域は大きく二箇所上がっており、一方には池田屋が含まれていた。ただ、この時点では、池田屋が当の集合場所とまでは突き止められていない。
 もう一方は、四国屋という旅籠のある近辺である。いずれかと言えばこちらこそがどうも本命だと、この段階では睨まれていた。
 どちらも三条周辺である。二箇所は距離としては近いのだが、探索場所としては広い。
 隊を分ければ、どちらか斬り合いが始まった場合、敵が多勢であれば寸刻の合流の遅れが致命的になる。
 かといって、一塊の部隊で行動しては効率が悪い。何しろ京都大火の密談である、何としてもあと数刻で中枢人物を一網打尽にしなければならず、遅きに失することは許されない。
 祇園会所で、新撰組局長近藤は、選択を迫られた。
 新撰組は、三条周辺を手分けするにはあまりに寡兵である。会津藩兵はいまだに出動の目処がつかない。
 庭へ終結した隊士の前で、武装した近藤は腕を組み、ウウと唸った。
 こういう近藤に声をかけられるのは、京への上洛前から同じ道場で学んだ天然理心流の同志だけである。
 土方が、剣の柄を撫でながら言った。
「近藤さん、少ない兵を更に分けるかね」
 愚策だぜ、とは言わない。
 この日出動出来る隊士は、僅かに三十四名。取れる手段など、もういくらも残されていないことは重々承知である。
 近藤が、目をらんと光らせ、重く息を吐いた。
「歳、隊を分ける」
 近藤はつい、他の隊士もいる前で土方を昔ながらに呼んだ。
「どう分ける」
 近藤は二十四名を土方に預け、本命と見た四国屋周辺へ向かわせた。
 自らは残りの十名を従えて、もう一方の地区――池田屋近辺――へ向かう。
 新撰組、出撃。
 現代の時刻で言えば、二十時頃だったという。



 道中、近藤は先頭に立って率いながら、ふと振り返った。
 自分らが当たりであれば、数えずとも一目で数が知れる程度のこの人数で、何人いるかもしれない敵の懐中へ切り込むことになる。
 近藤は己のすぐ後ろを着いて来る沖田に、
「総司、どんな気分だ」
 と訊いた。
 訊いてから、自分の弱気がそんな言葉を言わせたのではないかと思い、恥じた。
 沖田は少し考えてから、
「初めての気分ですよ」
 と答えた。
 近藤は肩透かしを食った気持ちになり、
「お前という奴は。だからそれはどんな気分なのだ」
 と、普段話す様な調子で総司と掛け合った。
 隊士全員が、くっくと笑う。
 その笑いの中で、近藤はここにいる者達は、己も含め、性根から怖気づいている輩などいないことを確信した。
 近藤の隊には、沖田総司、永倉新八、藤堂平助がいる。
 それぞれ一、二、八番隊隊長として、後の新撰組の全盛期を支える剣客であり、近藤隊は剣士集団としての質は、実に濃密である。
 また、近藤が近年養子に迎えた周平は、これが初陣になる。貴種という触れ込みの見目の良い若者だが、今夜は獅子奮迅の働きをするだろう。
 強気を得て、近藤の胸がグイと張った。
 近藤の剣は、気の剣である。
 だからこういう時の近藤は、強い。



 闇がいよいよ深まった四国屋の周辺に、土方が隊士を配置した。
 人数としては主力部隊となる土方隊だが、その分強力な剣士は近藤の方に多い。
 土方隊においては、土方本人、それに新撰組きっての剛の者である斎藤一、原田左ノ助が振るう剣の威勢が、士気を左右する。
 それを自覚して土方は、愛刀、和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)を闇の中で抜いた。
 夏の夜の熱気を孕んで、白刃には猛る様な迫力がある。
 土方は四国屋の戸を静かに開き、何事かと現れた主人に
「御用あらためだ」
 と言うが早いか、屋内へ踏み込んだ。
 気勢を上げて、他の隊士が続く。
 土方は廊下を駆け、一階を手早くぐるりと回り、二階へ上がった。戸という戸を開けて行くので、中の客らが皆腰を抜かす。
 だが、どこを探しても、不逞浪士の類は見つからない。
「隠し戸の類も無いか」
 土方がそう言うと、隊士らが
「少なくとも、何人も隠れられる様な間取りはありません」
 と、そこらの床や壁を叩きながら答えた。
 土方は隊士に、四国屋を出て周囲を探すよう言いつけ、自らも四国屋を出た。
 隊士は五六人が一組になり、周囲の旅籠や大き目の商家を訪ねて行く。
 手間はかかるが、仕方がない。これ以上手分けして人数を減らせば、当たりを引いた時に不覚を取りかねない。
 じりじりとする時間が過ぎて行った。
 土方は自らも次々に建物へ踏み込みながら、肝が焼け付く様な焦りを感じていた。
 その時、やや南の方から、伝令の絶叫が響く。
「池田屋! 当たりは池田屋! 既に斬り合ってござる!」
 それを聞いて、隊士達の血相が変わった。
 誰もが、自分達のいる四国屋周辺が当たりだと、いつの間にか信じていた。
 土方は瞬時に、この辺りに潜んでいて追い詰められた敵の陽動ではないか、と疑う。
 だが今響いた声は、近藤の隊にいた、周平の声である。
(こっちは、外れたか)
 土方は胸中で舌打ちしながら急いで隊士を終結させ、
「池田屋だ、走れ!」
 と叫んだ。
 間に合わねば、寡兵の近藤達は、死ぬ。
 新撰組の瓦解、京都大火、幕府崩滅、……と、途方も無い絶望が土方の脳裏をよぎった。
(縁起でもねえ、夢想だ!)
 しかし、新撰組と京の町、そして幕府の命運を、近藤ら僅か十人が握っているのは、真実である。



 少し時間を戻す。
 亥の刻(二十二時頃)のことである。
 めぼしい旅籠を順に当たり、何事もなしを繰り返して、近藤隊がついに池田屋の戸の前に立った。
 本音を言えば、この門を叩くのは徒労だろうと、近藤自身思っている。
 何しろ、池田屋といえば長州藩士の常宿である。わざわざ、そんな所で重大事の密談は行われはすまい。
(こりゃ、歳の方が当たりだったか)
 近藤は周囲に分からぬ様に、小さく嘆息した。
「近藤先生、おかしい」
 気の抜けかけている近藤に、沖田が言った。
「総司、何がおかしい」
「この酷く蒸す夜に、二階の障子が全て閉め切られていますよ」
 永倉が続いて、
「明かりは少うし、漏れとるな。部屋は空いてはおらんようだ。人がいる」
 ぴり、と空気が尖った。
 近藤は既に、戦士の顔になっている。頭の中では、算段を始めていた。
(この池田屋が当たりなら、この人数で踏み込まねばならない。敵を逃がしてもならないから、出入り口の封鎖にも人数がいる。池田屋には裏口もある……)
 隊士達の剣力と性質を鑑みて、近藤が素早く述べた。
「切り込みは、私と、総司、永倉君、藤堂君。表口と裏口に三人ずつ。長州藩邸がここから近い、逃げ込ませぬように。そして、周平」
「はい」
「お前は表門におれ。事実池田屋が当たりだったらばだ。お前は声が大きい、大通りへ出て、土方隊に池田屋であると大きく呼ばわれ。そして取って返して池田屋へ突入し、我らに加勢しろ」
「はっ」
 配置が済むと、近藤が池田屋の表門を静かに開けた。
 人の気配を察した店主が客かと思い、
「はいはい」
 と寄って来る。
 だが暗い門前に立っていたのは新撰組の、武装した局長だった。
「御用あらためである。手向かいいたせば、容赦せぬ」
 と近藤が告げると、その店主が「あっ」と言って二階を見た。店主は長州の味方である。
 近藤は確信を得て、剣を抜いた。
「踏み込め! 周平、当たりだ、行け!」
 沖田、永倉、藤堂が次々と抜きつれ、池田屋に飛び込んで行く。
 新撰組の名を天下に轟かせた、池田屋事件の始まりである。

<続く>


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このストーリーに関するコメント

14/06/03 泡沫恋歌

クナリ 様、池田屋事件 前篇 ――Blaze versus Blades 拝読しました。

ピリピリするような緊張感ですね!

14/06/05 クナリ

泡沫さん>
ありがとうございます!
「これからはーじまーるぞー」という感じを出すべく
構成いたしましたッ!

14/06/05 草愛やし美

クナリ様、拝読しております。

新撰組、新たな話を読むわくわく感があります。大変読み易いです。私の様な歴史に関する知識の乏しい者にも分かり易く、興奮できる内容です。どうなるのかと、ハラハラの想いで、手に汗握りながら次へ向かいます。
それ〜〜〜ε=ε=ε=(/ ̄□)/

14/06/06 クナリ

草藍さん>
いろいろ考えながら書いてはおりますが、やはり読みやすいというお言葉はとてもうれしいです。
専門用語や難解な歴史用語は避けて(いや、もともと使いこなせませんが)いたりするのもそのためなんです。
歴史好きから見たら幼稚な文章かも(^^;)。

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