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志堂ひささん

文章を書くのが好きなおばさんです。 普段というか、めっちゃお母さんやってます。

性別 女性
将来の夢 もう将来を語る年齢ではありません。
座右の銘 最初の一歩を踏み出せばいい、後はみんなが援けてくれる。

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Mission Akiko

14/05/25 コンテスト(テーマ): 第三十回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 志堂ひさ 閲覧数:1071

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「山本明子?随分平凡な名前だな」
shoはついさっき届いたばかりのファイルをポンとデスクに投げ出しながら、電話の相手に言った。名前だけじゃない顔も平凡だ。添付されている顔写真を眺めて小さな吐息を漏らす。
「お前、ファイル最後まで読んだか?平凡に見えるがとんでもない女だぞ」
電話の相手は同業者で現場は向かないと、本部のシステムに移ったポールだ。
shoは一度投げ出したファイルをゆっくりとめくって行く。履歴書、身上書、診断書、戸籍謄本、住民票…最後のページに至った時、shoの手がピタッと止まった。
「おい、この女!」思わず声が上ずる。
「わかったか?まぁしっかりやれよ」電話を切ろうとするポールに慌てて言った。「依頼主は誰だ?」ポールは一呼吸置いてから「Japan」と言った。思わず息を飲む。「国家レベルの仕事だ。慎重にな」電話が切れた。
携帯を手にしばらく考えこむような表情を浮かべていたshoは、おもむろにファイルをめくりながらパソコンのキーを叩いた。個人情報の裏サイトなど幾らでもある。
「婚活サイト…?」寂しい女か?そんな事を思いながら、該当の婚活サイトのシステムに入り込む。さすがにセキュリティはしっかりしている。しかしshoの手に掛かれば日本のセキュリティなど何程の事もない。
「これか…」程なく山本明子にたどり着いた。「sawa…?」婚活サイトのハンドルネームである。そうか、確か山本明子のペンネームが「本条紗和」
shoは婚活サイトに自分の情報を登録した。もちろん、山本明子のベストパートナーに選ばれるように…である。

山本明子…フリーライター。マンションに独り住まい。ここ何年も男の影はない。
これだけなら、ごく普通の女である。ただ突出して違う部分がある。
”飯田純三の独り子”
〜飯田純三〜某企業グループの相談役顧問。
財界の大立者であるだけではなく、政界にも太いパイプを持ち、大臣を決めているのはこの人ではないかとも言われている。そして、当然の事ながら裏社会とも深いつながりを持つ。この人物の為なら「死ねる」と言う輩が大勢いる。
だが、不幸なことに子宝にだけは恵まれなかった。正妻を始め、周りに女は何人も居たが、誰一人飯田純三に子を与えなかった。ただ一人…山本明子の母親を除いては…

ーーポーン
想いに耽っていたshoは、メールの着信音にハッと我に返った。
ーベストパートナー「sawa」
ーーー来た!

今日は山本明子に初対面だ。
何度かのメール交換、電話での会話。その中からshoが読み取れたのは、その声は少し舌足らずで穏やかな口調。そして意外な程素直。もちろん恐ろしい程頭は切れる。さすがは飯田純三の娘である。
国道沿いのファミレスの前にその女は立っていた。ベージュのトレンチコート、ブルーのストール。打ち合わせ通りの格好だ。女の前に車を寄せる。運転席側のウィンドウを下げて声をかける。「山本明子さん?」女は安心したような笑顔を見せた。「乗って」助手席側のロックを外して、shoは言った。小さく頷いて女が助手席に滑り込んで来る。
「何処へ行こうか?」shoはそう口にした途端、”あっ”と思った。”あの場所へ…”ー連れて行きたい。「時間、大丈夫?」一応確認する。shoは女の返事を待たずに車を発進させていた。

陸地を挟んで、右に湖。左に日本海が見渡せる高台。shoの秘密の場所だった。
なぜ明子をここへ連れて来ようと思ったのかはわからない。ただ、ここへ来るまでの車中でshoの心に小さな変化が起こっていた。
自分の事は話さないように気をつけて来たはずだった。相手を誘導し、上手く情報を聞き出すのがshoの仕事である。…なのに…ここへ来るまで、shoは機関銃のように喋り続けた。幼い頃の事、両親、兄弟の事、あること、ないこと。喋りやめると明子の笑顔が消えてしまうようで怖かった。
「shoさん、見て!きれい!」
今、明子の肩越しにゆっくりと夕日が沈んで行く。「ああ、ほんとだ、すごく綺麗だ」
綺麗なのは、夕日なのか?それとも…?
「すごい…」明子の声が感動に震えている。…同じ言葉を…俺の腕の中で言わせたい。

そのホテルは高台の中腹にあった。
この景色が売りなのか、こういうホテルには珍しく窓が大きく取ってある。
明子を誘った時、拒絶されることも予想していたが、意外に素直に着いて来た。だが、場慣れしていないのが見え見えで、滑稽な程落ち着きがない。
2時間程も取り止めのない話をしただろうか。明子が不意に立ち上がった。「私、もう帰らなくちゃ」
ここへ来てまだ迷っているのだろうか?
shoはそっと手を延ばした。「おいで…」明子は反射的にその手を取った。「shoさん」明子の瞳に躊躇いが見え隠れする。「私、本当に久しぶりで…」
その後、起こったことは男と女の時間だった。思い返してもよく覚えていない。

初めて明子に会った日以後、shoは彼女に会うことを禁じられた。頻繁に明子の周りに現れると、飯田純三に気付かれる可能性が高い。
代わり、彼女からのメールや電話は頻繁になっている。内容は、shoの今回のミッションにも少しずつ絡んで来る。
「あのね、仮にね…」「もしshoさんならね…」
ーー明子、そんなに簡単に人を信用するな!俺は、俺は君を…!
明子との会話はもちろんすべて録音されている。メールの内容もすべて本部のデータベースで管理される。
shoは実業家。ということになっており、混み入った案件で長期出張中…ということになっていた。

組織のアジア支部長と本部から旧知のポールが来日した。
”その日”が近い。

明子からメールが届いた。
ーもうすぐ大きな仕事から脱稿するのよ。shoさんまだ帰れないの?
shoが返信する。背後には、アジア支部長とポールがいる。
ーもうすぐっていつ頃?
ー来週の火曜日には。水曜日に出版社の人と会うことになっているのよ。
アジア支部長が慌ただしく席を立って行く。本部に報告する為だ。
shoは直ぐ後ろのポールを振り返った。ポールはshoの瞳をよぎった逡巡を見逃さなかった。「sho、後戻りはできないんだ」

”その日”の朝、shoは明子の携帯に電話をかけた。外出時間を確認する為である。
「shoさん、今出かける所だったのよ」明子の朗らかで少し舌足らずな声が聞こえる。
「今週末、帰れるかもしれないんだよ」shoは務めて平静を装う。明子に今週末はない。
「本当なの?会えるのね!」
「詳しい事は決まり次第連絡するから」
「待ってるわ。それじゃあね」
通話が終わった…。
ポールが運転席からサイレンサー付のコルトを差し出す。
「苦しまないよう、一発で仕留めてやれよ」
革の手袋をはめ、銃を受け取る。
車から降りると春の空気が体を包み込んだ。
マンションのメイン玄関の死角に立った。玄関前の茂みの中から仲間がサインを送って来る。
明子が出て来る…。
明子の背格好を思い出しながらコルトの狙いを定める。
ーー一発で…
その時、玄関の重いガラス扉が開いて、明子が姿を現した。
ー…キュ…ンー
銃弾は肩甲骨と脊椎の間を通り、正確に明子の心臓に達した。
瞬間、信じ難い事だが、明子が振り返った。刹那、視線が絡まる。

ーアイシテル…

shoは明子にゆっくり歩み寄った。
明子は芝の上に仰向けに倒れていた。眼は開いたまま、唇は何か言いかけたように半ば開いている。
shoはかがみ込んで、瞼を閉じてやろうとした。
「よせ、sho!」いつの間にかポールが来ていた。「それはもうakikoじゃない」
ポールは明子のカバンを取り上げ、中を確認している。「全部あるな」
それから”外回り”と呼ばれる組織の仲間にマンションのキーを放り投げた。彼らはこれから明子の部屋に証拠品が残っていないかガサ入れするのだ。警察やヤクザと違う所は、後片付けをする。誰も侵入した形跡を
残さないことだ。

ポールの運転で引き上げる。
shoは明子が最期に何を言いたかったのか考えていた。
「sho」ポールの声に我に返る。「お前、あの女に本気だったのか?」
「バカ言うな」午前中の太陽が目に眩しい。shoはサングラスをかけた。
「そうか、ならいい。sho、日本を離れろ。junzoが動き出したら、組織もお前もヤバイ。何処か南の島へでも行って来い」

飯田純三が独り娘に渡した情報は、日本の政財界を巻き込む大疑獄事件の証拠だった。
ライターとして成功させてやりたい…という親心だったろう。もう一つ、自分の財産を相続させる条件にしたかったと考えられる。相続税を納めても、真水で800億以上と言われる遺産を受け取る、受け取らないで10年近くも、揉めていたらしい。
だが、結局すべては水泡に帰した。

”あの日”から2日後の成田空港。
shoは、本部に戻るポールと別れ、独りバンクーバーへ飛び立つ機内にいた。持ち込み荷物をラゲッジに入れ、シートベルトを閉めて瞑目する。
「成田発バンクーバー行834便にご搭乗のお客様…」機内アナウンスが流れる。間もなく離陸だ。

空港脇のフェンス沿いの道路に黒塗りの高級車が一台止まっていた。
後部座席には、泣き腫らした眼の老人が、今飛び立って行ったジャンボ機を射落とすような視線で見送った。

その日の夕刻、成田発バンクーバー行834便が、太平洋上で突然レーダーから消えたとのニュース速報が流れた…。


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