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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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さざ波

14/05/24 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:12件 そらの珊瑚 閲覧数:1840

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 この青い惑星の中で一番高い塔。その最上階にマザーは住んでいた。マザーはこの星の影の統治者であった。神と呼ぶものもいる。
 争いごとが好きな地上の民にほとほとマザーは手を焼き、幾人かのスパイを地に放し、戦争でこれ以上命が失われないよう指令を出した。
 非合法のスパイ活動は天使の顔だけではない。時には悪魔にもなる覚悟を必要とされる汚れ仕事だ。

「ただいま、もどりました」
 ひとりの若者がトロイの木馬作戦を成功させ、帰還した。今しがた高性能に作られた人工皮膚を脱ぎ、カラーコンタクトをはずしたところだった。それは任務のための変装を解く最後のプロセスだ。彼はここで自分の素顔を取り戻す。
「おかえりなさい、121」
 美しい女の立体ホログラムが答える。腰まである黒い髪。純白のロングドレス。それに負けないくらいの光をまとった真珠色の肌。優雅なものごし。慈愛をたたえたようなハシバミ色の瞳。
 彼はマザーの前に出ると幼い子供にかえったような、懐かしい気持ちになるのだった。
「今回の作戦はうまくいったとききましたが、浮かない顔をしていますね」
「はい。作戦はうまくいきました。けれど私のスパイ活動に協力してくれた子供が戦火にまき込まれて死んでしまいました」
「そうでしたか。祈りましょう。その子の御霊に」
 おごそかな賛美歌が部屋全体をふるわせてゆく。
「この星の平和のためにという目的の前では多少の犠牲は仕方のないものです」
「そうは思っていても……やりきれません」
 121と呼ばれた若者の両親もまた戦争で命を失ったという。幼児だった男を見つけたのもマザーのもとで働くスパイだったらしい。
「これから先も罪のない人の命が奪われていくことは続くのでしょうか」
「おそらく。人間というものに善と悪が共存している限り」
「だとしたら僕たちの努力は消えていくだけのいわば泡のようなもの。虚しいです」
 若者はまだ自分の身体から硝煙の匂いが立ち込めてくるような気がして眉をひそめた。
「いいえ、泡は無駄なものだと私は思いません。海に泡がなかったらたちまち海はヘドロ化し死に絶えるでしょう」
 白いもやの上に立つこの塔から海は見えない。
 もやは、かつて雲と呼ばれていた。水蒸気だけで成り立っていた昔、晴れた日は遠い海まで見渡せたという。けれど地上から吐き出される大気汚染物質ですっかり空が汚染された今、もやが晴れることはない。それが原因なのだろう。呼吸器疾患による病気で亡くなる人は全人口の十%を超えたという。それでも愚かな人間は欲望を満たすための経済活動を止めようとはしない。
 海。寄せては返す波。その不思議を若者は想った。その営みのなか生きていくしかないのだろうか。少しでもよりよい未来は来るのだろうか。
「いつか全ての命は海へと還っていくのです。うらやましい。死が許されている者たちが」
 マザーの肉体は既に滅んでいたが、その頭脳は生きていて昼夜休むことなく巨大なコンピューターシステムへ電気信号を送り続けている。
「科学者だった父は若くして死んだ私の意識だけを蘇らせ、この星の礎を作った、それが父から私への愛だったにしても、時折すべて終わらせて私も海へ還りたくなる……」
 若者はマザーのメインコントロールのスイッチのありかを見つけ出していた。けれどそれを押す勇気が今まではなかった。
 それはこの世界、自分をも含めて全ての死を意味している。
「マザーが望むなら、私はあなたに死を贈ります。この星を滅ぼした極悪人になってもいい。なぜなら私はあなたを愛し……」
 彼はマザーに向かって手を伸ばす。けれど実体のないそれは若者の手をすり抜けた。
 マザーは若者の言葉をさえぎるように答える。
「ありがとう。でもそれは嘘ね。あなたには出来ないわ。男としては完璧だけど、スパイとしてはまだまだ半人前。スパイはどんな嘘でも信じさせなきゃ」
 その一方で、何もかも投げ捨てて死ねたらどんなか楽だろうかとマザーは思った。
「次の任務までこの塔のVIPルームでゆっくりしていくといいわ、121」
 スパイに戸籍はない。家族を作ってはいけない。この世に痕跡を残してはいけない。唯一存在を現すのが121という数字だった。それがしのびなくて心のなかでマザーは彼に名前をつけてみる。

「私を愛したスパイ」と。
 
――マザーの仕事が徒労だと感じているのは他でもないこの私。それでも彼がいる限り投げ出してはいけない。ふいに彼がここへ連れて来られた時のことがフラッシュバックする。ほんの幼児だった面影はもはや微塵もなく今日はひどくまぶしい。
 若者が出ていったあと、自動センサーでマザーのホログラムがぷつりと消える。
 そのあと暗闇が支配した空間で無機質な電子音だけが、まるでさざ波のように繰り返していた。
 


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このストーリーに関するコメント

14/05/24 そらの珊瑚

画像はGATAGフリー画像・写真素材集 3.0よりHarison Kerkofさまの作品をお借りしました。

14/05/25 鮎風 遊

塔の最上階にいるマザー、ホログラムで現れるのですね。
実体はないが頭脳はコンピューター、
何年後かにこんな世界が出現するような気がします。

シネマを観てるような展開で面白かったです。
いや、今晩の夢に出てきそうかな。

14/05/26 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

実体を持たないホログラムだけで、コンピューターと直結して意識だけで
生きてるなんてマザーが可哀想に思います。

いつか「私が愛したスパイ」と実体のある肉体で愛し合えたら良いのにね。

SFだけれど、どこか切なく哀しいお話でした。

14/05/29 ドーナツ

拝読しました、
ホログラムって不思議ね。実体がない頭脳だけコンピューター。
これ人間に置き換えたら

頭は優秀 でも人の心がない、現代人の中に、こういう人いますね。

こんな世の中になったらこうぃあね。ちょっと将来を予見したよう展開で、面白かったです。

14/05/30 草愛やし美

そらの珊瑚様、拝読しました。

肉体のない意識だけで、この世界の存在を決めている──なんて、哀しい生き様なのでしょう。それでも、マザーは、その姿で生き続けることでしょう。

美しく強い意志のマザーは、これからも生き続けていくことだろうと思うと、ほんとうに切ないですねえ。

14/06/02 光石七

拝読しました。
人類の歴史の実態はこうなのではないかと思ってしまいました。
人間はいつ争いをやめることができるのか……
徒労だと感じながらも投げ出さないマザー、121の存在は大きいですね。

14/06/12 そらの珊瑚

光石七さん、ありがとうございます。

時代設定はあえて書きませんでしたが、もしかしたら未来の話ではなく
過去からこういう世界が知られてないだけで、
つながっているのかもしれないと思いつつ書いたので、
そのあたりを汲み取っていただいたこと、大変嬉しかったです。

14/06/12 そらの珊瑚

鮎風 遊さん、ありがとうございます。

マイケルジャクソンのホログラム、テレビで見ましたが
実に精巧で彼が蘇ったようなかんじさえしました。
アナログ人間なので、テクノロジーがあまり進化するのもついていけそうになくて困りそうです。

14/06/12 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

意識だけで実体がないって幽霊みたいで悲しいですよね。
幽霊の意識はあったとしても生きている人には伝わらないと思うので
幽霊よりかはまだいいのかも?

14/06/12 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

生身の人間のホログラム化? ホログラムが学校や会社に行って、ホログラム同士で恋愛して、って。
うーんそれはそれで楽チンかも? いやいややっぱり怖いですね。

14/06/12 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

永遠の命ってもしかしたら限りなく悲しいものなのかもしれません。
永遠ではないからこそ、命は輝くものであるのでしょうから。
そう考えると、肉体が衰えるのも自然の摂理だし、受け入れることにしましょうか(笑い)

14/06/12 そらの珊瑚

凪沙薫さん、ありがとうございます。

実は神話とか昔話ってSFになりそうなものが多いなあと常々思っていましたので、
SFと神話の融合、とっても嬉しいお言葉でした。

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