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リアルコバさん

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『紙切れ』

14/05/16 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:6件 リアルコバ 閲覧数:1291

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「なぁ俺が卒業して戻ってきた時、もしお前が一人でいたら結婚しないか?」
中学高校と3回アタックして3回ともフラレた彼女は笑っていた。
「それいいね、バツイチになっててもいい?」
幼なじみである彼女の言動にはいつも惑わされる。
二十歳の頃、30年も前のたわいも無い青春のワンシーンであった。



「部長、結局のところどうなんですかウチの部は・・・」
小野は道路にまではみ出た丸椅子と小さなテーブルで酔っていた。
「俺、結婚するかもしれんのですよ、結婚・・・だから・・・」
雑踏の中でその先をハイボールと共に飲み込んだ。賢い部下である。
「いいじゃないか、こんな時だから勢いで結婚しろ、後はお前の裁量と我慢だ」
御多分に漏れず我が社にも大手資本が入り込みリストラの嵐が吹き荒れている。
「ここだけの話ウチの部はなくなる。しかしお前は大丈夫だ。安心しろ」
ダクトから吹き出す煙と同じくらい心もとない言葉ではあった。
「部長が出るなら俺、着いて行きますからね、斎藤も木内も言ってます」
いい部下を持った。でも俺を含めて残れるのは多分二人・・・だろう。
「熱燗2合おかわりね」
この寒空の中ハイボールで酔えるのだから、若いことは素晴らしいことだ。

「ただいま・・・」
真っ暗な玄関にはもう慣れてしまった。
「あらおかえり」
スマートフォンをいじりながら言葉だけが帰ってくる。
「あのさ・・・辞めようかと思う」
ネクタイを外しながら小さな声で言った。
「そう、仕方ないわね」
小さな画面に触れている音が止まった。

これだけである。この短い会話で離婚を正式に認めた。
『貴方は株なの、私の人生の投資先なのよ。会社辞めたら只の紙切れ・・・』
年末に会社の内情を話した時、妻の結論の言葉だった。正にその通り、返す言葉もなかった。
それから3ヶ月、老いていく夫婦の将来を真剣に話し合いもした。五十を超えてて今と同じ条件の再就職などあるはずもなく、ギリギリ収めた年金受給も随分先の話である。いい加減な私の将来の話は絵にかいた餅でしかなく、『紙切れ』言い得て妙だと納得できてしまったのだ。俺の糸は切れた。

「悪いな、約束守れなかったよ」
「なんの?」
「お前を幸せにするって一応神様に誓ったのにな」
「ハハハ、誓って1年も経たずに浮気してたじゃない」
「あれは遊びで浮気じゃない・・・っても無駄だな」
「まったく男って勝手よね、いえ貴方が勝手な人・・・」
「すまない、お前の投資は失敗に終わるわけだ」
「佳奈を嫁に出せたから半分は成功かな・・・別の投資先見つけるわ」
世間的には決して悪くない仮面夫婦が離婚届に判をついた。

「部長ズルいっすよ一人だけカッコ付けて」
送別会の3次会は小野と二人で呑んだ。俺が辞める事で3人が残れた。
「だろ、ダンディズムだよ。ハハハ・・・ところで結婚はするのか?」
新橋の路地には梅雨を思わせる湿気った風が吹いていた。
「そうじゃなくて今日は部長の・・・部長にお礼が・・・」
新卒後ずっと俺の下で育てた息子みたいな奴だった。
「いいぞ結婚は、そして辛いぞ、勢いの後は意地と我慢だ」
精一杯カッコを付けた言葉はあながち嘘ではない。


数日後、俺は故郷へ帰った。マンションは妻にそのまま渡した。
中途半端な政策の末中途半端に変えられた地方都市は無機質で、懐かしさのかけらも残ってはいない。その郊外に親父が唯一残してくれた壊れかけた家を直さなければならない。

「30年か・・・変わらないなぁお前」
工務店を継いでいた同級生の拓也に補修を頼み、ぼちぼちと時間の取れた順に幼馴染と呑み歩くのも悪くない。
「そうだ美香の店行こうぜ、お前ら高校の頃付き合ってたんだろ?」
突然脳裏に美香の顔が浮かび、二十歳の頃の恥ずかしいセリフを思い出した。
「3回フラレたよ、何してんだ彼女は?」
店の名前とドアは変わってはいるが、その一角の飲み屋街の風景は30年前のままだった。

「懐かしいね、戻ったんだって?」
美香は美しく歳を重ねていた。
「あぁ都落ちだ。またよろしく頼むよ」
話すことは腐るほどあるのに、同級生たちは昔話に終始していた。


「よう」
翌日改めて彼女の店に行ったのは、馬鹿な男の下心と言われても仕方のない感情だった。
「いらっしゃい、カウンターでいいよね」
バーテンと数人の女の子、ボックスには既に何組かの客が入っている。
「流行ってるんだ、この不景気でも」
皮肉ではなく本当にそう思って出した言葉に彼女は唐突に返した。
「バツ2になっちゃったけど・・・」
そうだ、俺は戻ってきたんだ。何もまだ老け込むこともない。
「取敢えず仕事探すよ。なんかあったら紹介して」
後半の人生を新たな『紙切れ』で誓うのも悪くない。






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このストーリーに関するコメント

14/05/16 ナポレオン

拝見いたしました。
大人の男の哀愁を感じました。会社を辞め、妻にも逃げられ、それでもどこかかっこよさを感じる主人公に感銘を受けました。
自分もいつかこんな渋い話が書けるといいな。

14/05/18 リアルコバ

ナポレオンさん
嬉しいコメントありがとうございます
今後もよろしくお願いします

14/05/18 gokui

 読ませていただきました。
 ハードボイルド小説読んだときのような読後感でした。男の生き方のせいでしょうか、それともスタイリッシュな文章のせいでしょうか。楽しませていただきました。

14/05/20 草愛やし美

リアルコバ様、拝読しました。

男の辛さ、切なさ、そして、持っている厳しさと優しさが、漂っていますね。価値のなくなった株券が、『紙切れ』に変わったとしても、生きていかなくてはならない現実。悲哀、屈辱の中にいる彼なのに、素敵です。
人の生き様っていろいろあると思います。決して、善だけでなく、這いつくばっても、生きて行かなくてはならないものなら、いさぎの良さも必要だと思います。
部長さん、あなたの生き様は無様そうに見えて、私には格好良いですよ、新しい『紙切れ』が、価値あるものになるようにと、祈っています。
男性目線から、人生を語られている、素敵なお話で、面白かったです。

14/05/20 リアルコバ

 gokuiさん
コメントありがとうございます
ハードボイルドと評していただき感激です

14/05/20 リアルコバ

 草藍さん
部長へのエールありがとうございます
コメント感想が素晴らしいので自分で読み返してもカッコイイ作品に見えてきました(笑)

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