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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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カプセル

14/05/13 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:5件 メラ 閲覧数:1810

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「なんと言ってもうちの高木くんは優秀だよ」
 増川社長がパーティーの席で私の事を自慢しながら褒める。私は日本でもトップ企業である「マスカワ・トータル・コミュニケーションズ」に入社して五年。社長秘書としてニ年。ようやく今の地位を築き上げた。
「増川さんは本当にスタッフに恵まれている。羨ましい」
 会社の規模としてはマスカワの半分に及ばないが、一応業界内の大手の「トヨトミ通信」の社長、宮園俊一は増川を持ち上げるように言う。手に持ったグラスのワインはロゼ。彼はワインはロゼしか飲まない。
「いやあ、今日はいいパーティーだ」
 増川社長はご機嫌だ。きっと今夜はベッドの中でも執拗に私の体をむさぼるのだろう。そろそろトイレに行ってバイアグラを飲む頃だ。薬なしでは事は行えないが、その欲求だけは七十を過ぎた今も健在だ。英雄色好むとは言ったものだ。
 増川社長は私に何でも喋るし、当然スケジュールはすべて私が管理、把握している。これからの新プロジェクトの事、関連会社の新商品の事、海外メーカーとのコラボレーションの概要。マスカワは数年前から露骨にトヨトミを潰しにかけている。そしてアジア全体の通信産業マーケットの独占に乗り出すべく、猛勢をかけている。
 マスカワがこうした動きを見せることに、トヨトミの当時副社長であった宮園は六年前から予期していた。そして、私を雇い、マスカワに送り込んだ。
 増川社長は一代でここまで企業、業界を発展させたパイオニアだが、宮園は正反対のタイプだった。官僚の家に生まれ、帰国子女で、海外シンクタンク勤務経験もあり、情報戦のプロフェッショナルだ。しかし若い頃世界を放浪したことがあるなど、人生経験も豊富で、その人間性に多くの人材が集っている。私もその末端の一人かもしれない。今はもう、ただのクライアント以上の気持ちを抱いている。
 私は五年前に整形手術をして今の顔になった。そして来週にでも、ベトナムあたりでまた整形手術をして顔を変えるだろう。
 トヨトミはマスカワの裏をかく戦略で、新プロジェクトを立案し、水面下で計画を進めている。
 
 翌週、増川社長自らの通産省関係者、大手メーカーへのプレゼンが始まる直前だった。
『増川藤二。衆議院議員への多額献金』という見出しの週刊誌が発売された。それに付随して三年前にもみ消した脱税容疑にその衆議院議員の圧力がかかっていたことも公表され、さらにダメ押しをして、私とのベットでの濃厚な写真もインターネットで流出した。彼は愛妻家と知られ、家族想いのキャラクターとしてテレビCMにも出た事があったのだ。
 そこですぐさまトヨトミが新プロジェクトを電撃発表し、インドやブラジルなどの通信ビジネスの中心に腰を据える。
 連日マスカワの株は暴落し続けた。増川社長は病気療養という事で入院して身をくらませた。しかし、役員の中にも宮園に抱きかかえられている者、技術者ですでに引抜が決まっている者などもいて、マスカワはもう立ち直れないだろう。
 
 私はベトナムの病院で、携帯タブレットでそれらのニュースを他人事のように見ながら過ごした。顔の包帯が取れるまで、長い休暇となった。
 仕事は終わった。宮園から労いの電話が二度あった。当初は顔の包帯が取れる頃にホーチミンで会う約束だったが、予想以上に忙しいらしい。本社のある大阪で会うことになりそうだ。
 
 しかし、顔の包帯が取れ関西空港に降り立った時、私を待ち受けていたのは警視庁の刑事だった。私に罪状を付けようと思えば、いくらでもあるのだ。
 私はこの業界に長くいるせいか、一度でも人の顔を見たら忘れない。この刑事は宮園がインドを放浪した時に一緒にいた仲間だ。写真で一度見たことがある。
 すべて、手の内だった。
 宮園を愛してしまった時点で、私はスパイとして失格だった。誰かに特別な感情を持ってしまっては、隙が生まれ、それが死角となる。プロとして一番分かっていたはずなのに。
 私は自害用に奥歯の奥に埋め込まれている青酸カリを噛み潰そうと、二十秒間奥歯をかみ締めた。十数秒の圧力で薬品を包むカプセルが敗れる構造になっている。
 しかしこれでいい。彼の秘密はこれで守られるのだろう。奥歯の中でカプセルが弾けるのを感じながら、私は最後の仕事を、ようやく終える。
 


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このストーリーに関するコメント

14/05/13 泡沫恋歌

メラ 様、拝読しました。

まさに通信業界の現状のようで、とてもリアルなお話でした。

愛してしまったら、負けなんですね。
結局、スパイの最後はこんなものでしょうか?

ちょっと悲しいオチでした。

14/05/13 黒糖ロール

拝読しました。

2000文字でここまでの展開を表現できるのはすごいと思いました。
面白かったです。

14/05/13 草愛やし美

メラ様、拝読しました。

息をもつかせぬ作品に一気に読み終えました。本当に、2千文字で、ここまでのストーリーの出来栄え、素晴らしいです。007の一コマを見たかのような充実感がありました。
愛したがための潔さに感服しました。大変、面白かったです。

14/05/13 ナポレオン

拝読いたしました
難しいテーマでどんな話を書こうかと思い悩んでいたところ、メラ様の作品を読みひどく感銘しました。このテーマしっかりとした話を2000字で書ききれるのは実力あってこそだと思いました。

14/05/14 メラ

恋歌さん、黒糖ロールさん、草藍さん、ナポレオンさん、コメントありがとうございます。
そうですね。2000文字という制限はこのテーマではなかなか難しいかったです。本当は、最低でもこの倍の文字数は欲しいところ。でも、そのおかげが妙なスピード感は生まれました。
悲しいオチ、といえばそうですね。スパイ、というと私の場合ハッピー・エンドなストーリーのイメージが浮かびませんでした。

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