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小李ちさとさん

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性別 女性
将来の夢 砂漠で死ぬこと。
座右の銘 おれが おれがの がを すてて おかげ おかげの げで くらせ

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君を待つ永い夜

14/05/10 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:0件 小李ちさと 閲覧数:945

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「一輝、どうして」
私の問いに、一輝が足を止めた。ロングヘアの女が綺麗に顔をしかめる。
「答える必要あるー?早く戻らないと、怒られるの私なんですけどー」
「……戻りたかったんだ」
私の前に立つ一輝はそう言って、小さく笑った。
「もう一回、千影に会いたかった。そのためにはスパイになるしかなかったんだ。僕を攫った憎い奴らに、大事な故郷の仲間を売るしか、ね」
「あら、言ってくれるじゃなーい」
女が蠱惑的な仕草で一輝の腕を取った。
「そんなこと言ってると、この子と一緒に殺しちゃおうかしら」
「千影には手を出さない約束だろう」
「あらやだ、こわーい。ほんの冗談じゃなーい。分かってるわよ、この子だけは助けるってハナシで、あなた仲間を皆殺しにしたんだものね」
睨まれて肩を竦める女。それでも腕は離さず、まるで恋人同士のように振る舞う。
「……どうして」
どうしてそんな約束。女が馬鹿にするように私を見下ろした。
「野暮なこと聞くのねぇ。まったく」
野暮なことって何。分からない。まったく分からない。ずっと一緒に育ってきた、大切な一輝だったのに。私、もう分からなくなってしまった。
攫われた一輝をずっと探し続けて、また会える日を待って、一輝のいない夜のような日々を堪えて。5年も経ってから奇跡的に戻って来てくれて、また一緒にいられることがただ嬉しくて……それでいいんだと思っていたのに。
一緒にいたい。それだけのことが、何で叶わないの。
「帰ろうよ、一輝……一緒に帰ろう」
「千影は分かってないね」
一輝は諦めた顔で笑った。
「帰れないんだ。僕は、もう」
「一輝」
痛々しい姿に、思わず手を伸ばす。はっとした一輝が厳しく叫ぶ。
「その手で触らないで」
穏やかな一輝に似合わない口調。びくんとした私に、女が笑った。
「……ねぇ、千影」
一輝が言う。
「千影は、何人殺した?」
「殺した、って……」
「誰も殺さずにここまで来たの?」
一輝が笑った。嘲るようだった。
「信じらんない。ただの甘ちゃんじゃない」
女も嘲笑し、一輝に絡みつく。
「そんな人には分からないわよねー」
「そうだね……千影、僕のこと分かりたいの?」
涙でぼろぼろになった視界で、何度も頷いた。当たり前じゃないか、そんなの。ずっと一緒にいた大事な人なのに。
「だったら、殺して」
一輝の両目が鈍く光った。
「その手を血塗れにして、体じゅう傷だらけにして、耳鳴りが途切れない世界で、罪悪感と吐き気で眠れない夜を過ごして、追われ続ける悪夢にうなされて、一人きりの真っ暗な夜みたいな毎日の中で、後悔しながら無意味な人生を受け入れて、それでも人を殺し続けて」
そうしたら僕は、千影と一緒にいられる。
「うっわー。一輝ってば残酷ぅ」
楽しそうな女。涙の止まらない私。
「出来る?出来ないでしょ?」
一輝はそう言って微笑んだ。それだけは昔の一輝のままの、ひどく優しい微笑みだった。
「……出来ないって、言ってよ」
一輝は言った。私に向かって。
「千影は来ちゃ駄目だよ。僕と一緒にいようなんて、思っちゃいけない」
一輝は続ける。
「こんな世界には来ないで。その綺麗な手は汚さずにいて。僕の知っている千影のままで……ずっとそのままで、いて。そのためなら僕……何だって出来るから」
言い聞かせるような声音に、両手が震える。こんなに優しい人を、どうして世界はこんな目に遭わせたの。
憎い。殺したい。
どす黒い衝動が全身を貫く。
「駄目だよ。千影」
ふわりと柔らかく、耳元で声がする。そんなに一輝が近づいていたと、少しも気づかなかった。
「ずっと言いたかったんだ。忘れないでいてね」
そして大切な内緒話のように、小さく囁く。
「愛してるよ。千影……愛してる」
「……あ、」
かくん、と膝が崩れた。
なんで、今、そんなことを。
一輝が愛した私のままでいてねって……これはそういう意味でしょう。そんなこと言われたら、私、どうすればいいの。その苦しい笑顔に頷いてしまったら、一輝を助けることも出来なくなってしまうじゃない。
「……さよなら」
待って。行かないで。私も言いたいことがあるのに。行ってしまわないで。
一輝。
声が出せない。振り向かない一輝と対照的に、女は一度だけ振り向いて、何故か淋しそうに微笑んでみせた。
足音すら残さなかった二人のスパイは、私だけを置いて夜の闇に消えた。


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