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藍田佳季さん

P.Nは「あいだよしき」と読みます。 ブログ:http://blogs.yahoo.co.jp/meop_2_6 ←ここでは現在、主に創作の進捗+日常のことを書いてます。

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社内にて

14/05/05 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:2件 藍田佳季 閲覧数:1229

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 定時が過ぎた社内は静かだった。
 毎日この部屋を賑わせている一人、美紗はいま最後の挨拶回りに出ている。彼女の退職理由は結婚だ。

 私はこの『結婚』という単語を聞くたびに憂鬱になる。
 30代に突入した今も義務にしか思えない。
 それについて深く考える気にはなれないので、早く片付けてしまいたい書類に向かうことにした。

 一呼吸置き、やる気になったそのタイミングで美紗が一人で戻ってきた。二つの紙袋を片手に私の席まで来た。
「木元先輩、短い間でしたがお世話になりました。先輩も頑張ってくださいね」
 明るく言ったそれには主語がなかった。言いたいことは大体分かる。けど、私は敢えて訊いた。
「ありがとう。でも頑張るって何を?」
「何って、婚活ですよ。先輩もいつまでもここにいる気はないんでしょう?」
 棘のない口調で言う。

 その素直過ぎる態度には慣れているけど、一対一で話すとなるとどこかやりにくいものがある。私は手短に話を終わらせたいと思いながらも、穏やかに返した。
「さあ、どうだろうね。この仕事悪くないよ」
「それ以外のこと、ちゃんと考えてるんですか? 先輩、私的なことについてはからっきしだから心配です」
 私的なことについてはあまり詳しく話した覚えはなかった。それにいつ心配したというのだろう。例え表面上でも気にかけてくれている分、邪険には扱えない。少し捻くれた気分になりながら返した。
「考えてる。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「そんな気になれないだけ」
 正直に言う。
「そんなんじゃ駄目ですよ」そんな私に美紗は呆れていた。「ところで、光嶋さんとは仲が良いんですよね?」
 否定は許さないという空気を持ってくる。

 光嶋は営業課にいる二歳年下の後輩だ。仕事の相談に乗っていた時期があり、そのときに美紗たちの間でそういう噂になってしまった。
 いまも時折些細な相談を受けているけど、関係性は決して美紗たちのいう方向へは動かない。ない、と思いながら答えを返した。
「よく話はするけど、それだけだよ」
「本当ですか?」
 実は気にしてるんじゃないですか? と占い師のように言う。
「本当に」
 それには真っ直ぐに答えた。けど美紗は私には何も返さず、斜め後ろを見た。
「だそうですよ、光嶋さん」
 一列奥の席に声をかけた。
 彼はいきなりの振りに驚いていた。それは、そこに人がいるとは思っていなかった私も同じだ。目が合った。けどお互いにすぐ逸らした。光嶋は美紗に、何の話? と訊いた。
「光嶋さんはこの先輩のこと、どう思ってます?」
 はっきりと正面から返した。
 私はそれを聞いた瞬間、この場から逃げたくなった。この部屋にはまだ仕事をしている人が五人ほどいる。
 そんな場で言われては困る。案の定、光嶋も困った顔をしていた。
「どうって……良い先輩ですよ」
「それだけですか?」
「だけって?」
「もう、言わせないでください」美紗は冗談混じりに怒り、私に視線を戻した。「先輩からも言ってやってください」
 そう言われても、何も言うことはない。返しに困っていると、タイミングが良いのか悪いのか、同室で仕事をする女子社員二人が部屋に入って来た。

 そろそろ帰ろ、と誘いに来た二人の様子はまるで女子高生のようだった。歳を重ねても精神は変わらないらしい。美紗は彼女らに答え、私の隣、自席に置いていたバッグを手に取った。
「では、お疲れさまでした」
 光嶋や周りの社員にも聞こえるような声で言った。その後、私に、尻込みしてちゃ進みませんよ、と小声で加えた。私の返事は聞かないまま去って行く。
 
 幸せを周りに分けたいという気持ちは分からなくもないけど、余計なお世話だ。私は、光嶋が勘違いをしていたら大いに困ると思いながら彼の席へと動いた。
「ごめん。あの子の言ったことは気にしなくて良いから」
「はい」席を立った光嶋は、困惑顔で答えた。「ところで、きょうちょっとした相談良いですか?」
「何? 長い話ならお断りだけど」
 わざと冷たく返した。きょうはもう誰とも話さず帰ってしまいたい。けど、光嶋は引き下がらなかった。
「長いです。というか……気付いてくださいよ」
 情けない声だった。後半は尻下がり。勘違いではなく本気らしい。
「……後で聞くから」
 私は顔を見ずに答え、席に戻った。
 
 書類を前に、仕事外のことを考える。美紗がグルだった可能性について。それについては後で問い質せば簡単に分かる。問題は、彼が私の避けている二文字についてはどう思っているのか、ということだ。
 美紗が来るまでは避けていたのに、案外単純だと自分に少し呆れる。
 時には職場で私的な考え事をするのも良いだろう。美紗が来るまでとは別な意味で、目の前の書類を早く片付けようという気になった。


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このストーリーに関するコメント

14/05/16 gokui

 読ませていただきました。
 仕事一筋な女性でも結婚については深く考えるときが来るものなんですね。それは男性でも一緒なんでしょうが、女性はより重大な問題なんでしょうかね。

14/05/20 藍田佳季

gokuiさん。コメントありがとうございます。

周りに影響されて考え始めるというパターンはよくあるかな、と思いながら書きました。

結婚は誰にとっても重大な分岐点ですね。
どうしても女性の方が変化が多いので、
男性に比べて、より重大になってくるような気がします。

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