W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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指令

14/05/05 コンテスト(テーマ):第五十七回 【 私を愛したスパイ 】  PRIVATE:I’S賞 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1357

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 湯呑の日本酒を、余さずのみほしたはずがつい、白いステテコの上に一滴、ぽとりと落ちた。
「ちぇっ、もったいない」夏雄は、スルメのあしをしがみながら、話の続きをはじめた。
「やっぱり007はなんといっても、ショーン・コネリーだろ」
 横から妻の武子が、炊き上がったばかりの白米をかきまわしていたしゃもじを、ばかにしたようにふった。
「お父さん、また古めかしいこといいだしたわね。ゼロゼロセブンなんていいかたじたい、いまにも埃がまいあがりそうだわ。ダブルオーセブンときめてもらいたいものね」
 娘のヨーコが唇についたビールの泡をぺろりとなめて、
「ママのひいきのゼロ、いえダブルオーセブンは、だれ?」
「ロジャー・ムーアにきまってるじゃないの。あのソフトな顔立ちに、しびれたものよ」
 昌夫がそれをきいておもわずぷっとふきだした。
「………しびれるなんて、いつの時代のいいまわしさ?」
 武子はむっとして、
「昌夫のひいきのボンド役者は、だれなの?」
「きまってら。ダニエル・クレイブ以外に、だれがいるんだ?」
「ダ、ダニル―――だれ?」
「母さん、ダニエルしらないの!」
 あきれたのはヨーコだった。
「おまえたち、なにをごじゃごじゃいってるんだ。007は、ショーン・コネリーだ、ほかにだれがいる」
 すると昌夫がすかさず、
「ボンドは六代目までいるよ。一人ひとり、名前をいってやろうか」
「なによ、そのドヤ顔は」
 ヨーコが昌夫をにらみつける。
「さ、はやくご飯、食べなさい」
 酒以外、あまりへらない膳の上をみて、武子が声をはりあげた。しかし、ボンド映画に目のないのは彼女も同じで、小声でそっと昌夫に、
「そうなの、ボンドはいま六代目なの。そんなにいるの?」
「いるよ。母さんはロジャー・ムーアしか目にないからな」
「ショーン・コネリーは胸毛がもじゃもじゃあったりして、ちょっと男臭すぎるのよ」
「あたしの友達にいわせると、あれがたまらないって」
「ヨーコはどうなの?」
「コネリーもムーアも、タイプじゃない」
「じゃ、あんたはあの、ダニルなんとかの口なの?」
「ダニエル・クレイブ。アクションやらしたら最高よ」
「ばか、あれはみなCGだろ」夏雄がわりこんできた。「ショーン・コネリーの時代はそんなものなかったからみな、自分で体を張ってやってたんだ」
「当時は大変だったでしょうね」
「みんな、肉体労働だったのよ」
 妙なところでヨーコと武子は気があった。
「ママのために、ボンド映画、かけてあげるわね」
 ヨーコはラックからぬきとったビデオをレコーダーにかけた。
 と、そのとき、奥の部屋で着信音が鳴った。
 武子はたちあがると、まくれあがった部屋着をおろしながら、着信音が鳴り続ける部屋へむかった。
 スマホに向って、短いやりとりをおえた彼女は、襖の影に身を翻したと思うとやがて、コート姿もぴしりときめて、
「でかけるわ」
「任務か?」
 夏雄のといかけに、彼女はひとこと、
「KGBから指令がきたの。ポチョムキン潜水艇が消息をたったらしい」
「そうか。じつは私も、やはり消えた潜水艇の調査を命じられている。いっしょに、いくか」
「いいわ。ただし、私のじゃまをしたりすると―――」
 裏返したコートのうらに、銃の握りの部分がちらりとのぞいた。
「私も着替えをするから、昌夫、車を用意してくれないか」
「わかりました」
 昌夫は無駄のないうごきで、おもてにでていった。
 まもなく重々しげな車の排気音がちかづいてきた。
 カーテンの隙間から注意深く外の様子をうかがってからヨーコが、
「あたりにはだれもいないわ」
 スーツに着替えた夏雄は、ベレッタM418の弾倉を点検してから、胸のホルスターにおさめた。
「よし、いくぞ」
 ステテコ姿から、ぱりっとしたスーツを着込んだ夏雄には、さっきまでの酔いは嘘のようにきえていた。
 夏雄と武子は夜道にとびだすなり、車にならんでのりこんだ。
 たちまち爆音をたててロータス・エスプリは発進すると、町のはずれの海際まで一気にはしりより、みるみる潜水艇に変形するなり、そのまま海のなかにためらいもなくのりこんでいった。
 ヨーコは部屋でひとり、油断のない様子で、身をこわばらせていた。敵はどこにいるかもしれない。
 膳の上には、みんなの夕食が手つかずにおかれていた。
 そこへ、昌夫がもどってきた。
「大丈夫だ、だれにも気づかれてない」
「そう。じゃ、また、一般人にもどるわよ」
 夏雄と武子がいなくなった膳に、二人はむかいあってすわった。
 ヨーコがおもいだしたように、リモコンの再生ボタンをおした。
 おなじみのボンドのテーマがながれだし、画面にタイトルがあらわれた。
 それは、武子お気に入りの、ロジャー・ムーア主演「わたしが愛した―――」……



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