1. トップページ
  2. クロッカス

糸白澪子さん

今の私だからこそ書けるものを。Twitterもしています。よかったらフォロー、お願い致します。@mioco_cocoa

性別 女性
将来の夢
座右の銘 死ぬこと以外は、全部経験しておけ

投稿済みの作品

1

クロッカス

14/05/03 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:2件 糸白澪子 閲覧数:1211

この作品を評価する

その日の放課後、部活もなくって暇だったから、私はリコと二人で課題をしていた。私達以外に誰もいない教室は少し新鮮だった。
リコが大きく溜息をついてあたしを見た。
「なんでサチは数学できるの?」
「なんでって、得意だから」
問題をときながら、あたしは適当に応えた。
リコは話を続ける。
「こんなの世の中になければいいのに〜っ!」
「数学って大分この世に貢献してる存在だと思うよ?これ無いとパソコンのプログラミングが出来ないじゃん。と言うより、パソコン自体が存在しないよ?」
「あたしパソコン関係の仕事しないもん。文系だもん」
リコは課題をやる気がなくなったのか、シャーペンを置いて机に突っ伏した。
「あ、そ」
欠伸をしながらの私の声を聞いているのかいないのか、リコはむくっと起き上がり天井を仰いで半ば叫ぶように言った。
「ってかさぁ、こんなのあたし達にとっちゃあ意味無くない?人によってはさ、早く結婚して、家庭を支えることに従事する人もいるじゃん?だとするとさ、あたしもさっさと結婚して、家事とか育児とかに毎日の時間を割くようにすれば、数学要らないよ」
「そうだね。だけどさ、その旦那になる人の収入が少なかったら、リコも働かなきゃいけないよ」
「えーっ、そこはちゃんと公務員で高所得の人を探すんだよ。サチはどうするの?結婚、する?」
少し、私は返答に窮した。この頃、大学受験を二年後に控えていた私だったが、どうしてもあと二年あると思えない理由があった。
「…やりたい事をさせてもらえる人となら、結婚する。そうで無い限り、やりたい事を優先する」
どうやらリコは納得してくれた様だった。彼女は頬杖をつきながら私を見つめた。
「うん、サチは、叶えたい夢があるもんね」
私が深く頷くと、リコはにっこり笑った。徐に彼女は窓の外を眺めて、言葉をぼそりと放った。
「どうやって高所得の人を見つけようかな」
穏やかな表情の彼女の、瞳だけが暗く翳っている理由を私は知っていた。お金が無いと、人は夢も見れやしない。今日という日を生きることすら、この日本では出来ないのだ。リコは自分の生まれ育った家庭の状況が故に、夢を見ることすら出来ずに育った子だった。それは私が一番よくわかっていた。結婚相手の所得を気にするのは、彼女が自身の未来の子供には同じ思いをさせたくないからだ。けして、働きたくないからではないのだ。まったくもう、口ではそんなこと言わないんだから。
「ねぇサチ、運命の人って、いるのかなぁ」
リコが私を呼びかけていなかったら、この言葉は空でふわふわ浮いているだけだったろう。
「いるんじゃない?」
同じくふわふわした私の声はしっかりとリコに届いた。
「でも白馬には乗ってないよねぇ」
半笑いでリコは茶化した。目だけは笑ってなかった。
「王子様ですらないね」
私も茶化した。
リコは椅子の上で小さく三角座りをして、膝の間に顔をうずめた。
「ねぇ…もし本当に運命の人がいたとしてさ、その運命の人がどんな人であったとしても、あたしは愛せるのかな?」
リコの弱い、か弱い声は教室という空間の中を緩やかに反響し、私の耳をしっかりと射抜いた。
「わからない」
それが私の正直な応えだ。
「だよね」
力なく笑うリコの表情こそが、今私達が出せる答えの全てだ。
他の人から見たら、「そんなこと今から考えなくてもいいんじゃない?」と言われるかもしれないが、自分の置かれた家庭環境に恵まれなかった私達からすれば既に最重要問題だった。目の前のベクトルの問題よりも、何よりも。
「愛せるか…か…」
私が教室の虚空へと声を飛ばすと、
「夫婦愛は要るよ…」
リコもまた、声を飛ばした。
お金か愛か、どちらかを選べと聞かれたときに、即座に愛を選ぶほど夢を見ることはできなかったが、お金を取ってしまった自分の黒さに、暗さに罪悪を感じないほど現実を見ることもできなかった。
窓からの斜陽が私達を赤く照らしていた。私達以外誰もいない教室はどこか奇妙で、そこに滞留する空気がリコと私にどんよりと乗りかかっていて、どうにも頭を上げることができなかった。
あれから時が経って、私とリコの年齢はあの頃の二倍ほどになった。あんなにも全てのことに対して焦っていた私達だったが、今ならばあの頃の私達の頭を撫でて、大丈夫だよ、心配しないで、と声をかけられるよ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/05/04 クナリ

自分の十代のときのことを思い出すと、結婚にはほとんど夢や希望など抱かず、現実的な打算ばかりを計算していたように思います。
そういう下地もあり、二人の価値観がリアルに感じられました(自分は二人よりもはるかに卑しい精神でしたが)。
本当は結婚に夢くらい見たい、という願望があるから複雑な気持ちになるのかもしれませんが…。

ただ、過去の描写が優れているだけに、ラストで時が経った後の主人公の感覚がもっと丁寧に書かれていれば、さらに良い余韻が残ったと思います。

14/05/04 糸白澪子

クナリさん、助言ありがとうございます

ログイン