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黒糖ロールさん

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お狐うどん

14/05/03 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:6件 黒糖ロール 閲覧数:1289

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 近くの稲荷神社に毎朝詣でるのが春日井夫婦の日課である。錆ついた鈴を見上げ、鈴緒を振るのは夫の吉男で、彼の背後、一つ下の石段に立ち、妻の慶子は、鈴の鈍い響きを聞く。その後、二人はジャージ姿で横並びになり、賽銭を入れ、二礼二拍手一礼をする。神前に感謝を捧げ、うどん屋が繁盛しますようにと願う。
 信心深き老夫婦が不思議な双子に出会ったのは、春うららかな日の、昼時の客もすっかりひき、さて一服するかといった時分のことだった。


 慶子の瞳にひらりと映ったのは、陶磁と見紛う白く細い四本の脚。店前に、二人並んでいるはずだが、表の陽射しの照り返し、その逆光であるのに脚のそれは白きこと。暖簾に指が差し入れられ、幕が開くかのように、徐々に布が動いていった。
 女優のポートレートから抜け出たような、美女二人が店に入ってきた。歳は二十前後といったところ。同じ身なり、風貌で、双子であることは見るも明らか。マーガレットの花がらワンピースを着て、薄手のカーディガンを羽織り、サンダルを履いている。肩のあたりまで伸びた明るい茶色の髪が、品よく内巻きで可愛らしい。
 入りしな、
「お狐うどん、ください」
 ほぼ同時に声を発した。
 きつねうどんに御の字をつける客は珍しい。慶子は戸惑いつつ、厨房の夫に声をかけた。
「きつね、ふたーつ」
「きつねふたつね」
 夫はいつもの塩梅で声を返す。
「どうぞお席に」
 声をかけると、二人はようやくカウンターに座った。黙したままの双子の端正な居ずまいを真横から眺めながら、彼女たちは人ではなく妖かしではなかろうか、などと慶子が考えているうちに、夫が注文の品を作り終えたらしい。
「へい、きつねうど……ん?」
 語尾のクエスチョンマークで、夫も美しさに気づいたかと、慶子は胸をなでおろした。老若問わず、綺麗な女性が大苦手の性格を知り抜いているからこそ、うつむき気味にカウンター越しに丼を差し出す夫を見て、憎らしさ少々と愛しさが湧き、重ねて、夫にも双子は見えたのだという現し世の実感を得る。
 出来たてのうどんを前に、双子の会話が弾みだす。
「この照り具合、素敵。染みわたる出汁の旨味が見えそうよ」
「三角の黄金、ここにありね。二枚あるなんて……感激」
 グルメ番組のリポーターも逃げ出すほどの褒めっぷり。
 片方が、器の中の油揚げを箸でそっと押しては、
「お姉様もきっとお喜びになるわ」
 もう片方は器のまわりに顔を寄せ、あちこちの角度から眺めては、
「そうね。おにい様になるあの方も、きっと気に入ってくださるわ」
 ようやく言葉が止んだ。かと思えば、呼吸を合わせて、
「ふうー」
 長く大きな溜息をした後、二つの小さな頭が一瞬、ぴょこんと上下に揺れた。
 慶子は前掛けを握りしめ、双子を凝視していた。力を入れすぎて目が乾きはじめ、やっと視線を外し夫を見れば、顎を突き出し、口をあんぐり、お手本通りの見とれ様。
「明日の朝、そこの稲荷神社まで、お狐うどんを二つ。本殿前に置いてくださいますか。お声がけは不要です」
 唐突に涼やかな声でそう告げると、出されたうどんに手もつけず、双子は席を立ち出て行った。言葉をかける暇もない。
 きつねうどん四杯分の金額の小銭が、カウンターの上に揃って置かれていた。


 次の朝、春日井夫婦は珍しく白い仕事着姿で神社に参拝した。それぞれ手にお盆を持ち、きつねうどんを乗せ、そろりそろりと石段をのぼる。昨晩、夫婦で話したが、お代を先にもらっていることもあり、お持ちするのが筋という結論に至った。
 鈴の真下に、二つ器を置いて並べる。合図代わりに、吉男は鈴を鳴らした。誰かが出てくるはずもなく、家路につこうかと石段を数段おりたあたり、夫婦は立ち止まった。
 青々とした晴れ空のなか、雨の粒が陽射しの雫のように輝きを放ち、夫婦に降り注いでいる。
「狐の嫁入りか」
 呟いた吉男は、何かの気配を感じ本殿のほうを振り返った。つられて慶子もならう。
 金の毛をまとった立派な狐が二匹、並んでいた。圧倒されるほどの美しさである。続いて金狐の後ろから、銀色の小さく可愛らしい狐がこれまた二匹、姿を見せた。二匹揃って、丸い瞳を夫婦に向けていたが、そのうち、首を前に少し突き出す仕草をした後、ぴょこんと一度だけ跳ねた。
「あ」
 慶子の声と、吉男の手を打つ音が重なる。
 銀狐は駈け出すと、瞬く間に夫婦の側を走り抜けていった。二匹の行き先を目で追うと、参道両脇の空の台座。狛狐はどこへいったやら。二匹がそれぞれ台座に飛び乗ると、強い風が吹き抜けた。思わず夫婦、目を瞑る。
 瞼を開けば石造りの狛狐はいつも通りの台座の上、見慣れた神社の風景である。夫婦はあたりを見回すけれど、狐たちの姿は消えている。
 まだ降り止まぬ、青空の下の小雨。


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このストーリーに関するコメント

14/05/05 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

不思議な物語ですが、どこかほのぼのとしていてあたたかい、ユーモラスな味わいも大変良かったです。
きっと夫婦はつつましくも力を合わせてこれからも店を繁盛させていくことでしょう。
きつねうどんの素朴な味わいを思い出したら、思わず食べたくなりました。

14/05/06 黒糖ロール

そらの珊瑚さん

静かな文章が個人的に続いたので明るめにしました。
ほわっとした気持ちになっていただければ嬉しいです…。
「店はさらに繁盛したそうな」というオチも、
実は一瞬頭によぎりました:-)
きつねうどんたまに食べたくなりますね。

14/05/16 gokui

 読ませていただきました。
 不思議な世界観と、素朴なうどん屋夫婦が良い感じにマッチしてました。狐にとってはすっかり顔なじみの夫婦だったので、ついつい接触してしまったのかな? 人間に見られちゃいけないはずなのにね。

14/05/17 黒糖ロール

gokuiさん

どもです。
おちゃめな狐ちゃん、という感じなので、
親族の結婚にかこつけて、遊び心を発揮したのかもですね。

14/06/05 かめかめ

どんぶりの中身がどうなったのかきになります

14/06/06 黒糖ロール

かめかめさん

後日談ここで書くものじゃないのですが、
おそらく、油揚げだけなくなってたのではないか…と。

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