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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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魚のような顔  Part2

14/04/29 コンテスト(テーマ): 第三十回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1733

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 エヒメが釣からかえってくるのを、室内の椅子に座ってラタンはまっていた。それは蔓を編んで作った椅子で、ほかの家具同様、彼女の夫のオツカルが手間暇かけて丹念に拵えたものだ。
「おかえりなさい」
 ラタンはたちあがった。とび色の髪が肩にゆたかにながれた。
 その目が、まともに自分をとらえるのをみて、エヒメは湖での体験をふと口にしかけたが、まよったあげく結局なにもいわないことにした。
 すでに夕食の準備はできている。はいってきた彼に、ライ麦パンの香ばしい匂いがかすめた。
 一日が三十時間のペズでは、まだまだ外は明るかった。ペズの観光マップの謳い文句でもある、湖面がひときわ赤く色づくのはこれからだった。
「大漁だったよ。おかげで、腹が減った」
 じっさい沈黙のあいだに何度もエヒメの腹の虫は鳴いていた。
「いつでも、召し上がれますわ」
 ラタンがさきにたって、階下にむかった。



 食事のあいだも、ラタンはそばについて、彼のグラスが空になるとワインをついだり、皿の料理を彼のそれにわけたりした。
 彼女がかえるのはいつも、エヒメが寝込んでからだったので、いくら酔いつぶれても、床で眠りこけているといった醜態を演じる心配はなかった。
 彼女の住まいは、このログハウスから歩いて三十分の湖畔沿いにあった。家には夫のオツカルがまっている。かれら夫婦の生活というものが、まるでエヒメにはつかめていなかった。
 かれらをみていると、室内で和やかにやりとりしているところを思い描くのは困難だった。どちらもこちらから水をむけないかぎり、その重い口をけっしてひらくことはなかったし、エヒメがペズ星に避暑にくるようになってからの10年の間に二人と交わした会話は、そのすべてがおもいだせるまでにわずかなものだった。
 そんなことを考えたせいか、エヒメは夕刻ベッドによこたわっても、いつものようにすぐには寝付けなかった。それでもようやく、うとうとしはじめたとき、ふとなにかの物音でまたはっと目をさました。おそらくいまのは、ラタンがおもてのドアをしめたときの音だろう。
 なにげなく彼は、窓から下の道をうかがった。
 あんのじょう、木々にはさまれた小道を、かえっていく彼女の後姿が目についた。湖に沿っておおきく湾曲している道にラタンの姿は、いつまでもエヒメの視界から消えることはなかった。
 ラタンは、まるでそんな彼の視線にこたえるかのように、ことさらゆっくりとした足取りで歩いている。
 まだあと何日もの間、このラタンといっしょにいられるのだとおもうと、正直嬉しくてならなかった。自己主張と顕示欲にみちた諸惑星の人間をみなれている彼にとって、ラタンのような女性は、まるで別世界にすむ妖精だった。
 ―――ラタンは、いまではぽつんとした点にしかみえなくなっていた。小立と湖のなかにようやくその姿も、とけこむように消えていった。



 翌朝、エヒメが目をさましたときにはすでに、ラタンはログハウスにきていて、エプロン姿もまめまめしく、彼の朝食づくりに精をだしていた。
 いつもなら、すっかり支度が整うまでだらだらと横になっている彼だったが、なぜかきょうにかぎって、いきおいよくベッドからとびおきた。
 エヒメとはやくあいたい。顔にはださなかったものの、階段をおりてゆく彼のその、いそいそとした足取りは嘘をつけなかった。
「おはよう」
 彼はわざとのようにのびた顎鬚をこすりこすり、彼女がひいてくれた椅子にどっかとすわりこんだ。
「きのう、きみがかえっていくところを、ここから見送っていたよ。あんなだれもいないところをひとりで歩いて、こわくはないかい?」
「そんなことは、ありませんわ」
「ああ、そうか、だれもいないから、こわくなんかあるはすがないか」
 エヒメは、あくまでじぶんの物差しでものをいっているじぶんに照れた。犯罪率ゼロのペズ人なら、何人いたところで、どうして恐れる必要があるだろう。この惑星で犯罪をおかすのはもっぱら、観光でやってくる他星人のほうだった。おろかにも、善良無比なペズ人からものを盗んだり、ところかまわずゴミをすてたり、酔った挙句の乱暴狼藉、破廉恥行為はみな、あまたの惑星からの訪問者たちのしわざだった。
 治安組織の必要性はつねづね、エヒメもふくめた良識ある他星人たちの説くところだったが、ペズ人たちはやんわりとそれをことわった。なんてことはありません。じっさい、観光客の度を越したどんなふるまいにあっても、かれらの日常はいささかもゆらぐことはなく、まるで日本の浮世絵にえがかれる牧歌的な農村風景さながら、日々世は事もなしといった毎日がそれからもあいかわらずくりひろげられるのだった。
「いっしょに、ボートにのらないかい」
 昨日オツカルにことわられていたので、なおさらラタンが承知するはずがないとおもいながら、エヒメはいってみた。
 以外にも、うなずく彼女をみて、意表をつかれたのはエヒメのほうだった。
「むりしなくてもいいんだよ。ひとりでもいけるんだから」
「おともしますわ」
 彼女が本気でいっているのがわかるとエヒメは、おもわずわーっと子供のように歓声をあげそうになった。いつもログハウスでいっしょにいるのにと、ひとはおもうかもしれないが、ひろい湖面に彼女とふたり、ボートでむかいあってすごすひとときは、また別格というものだ。
 昼食をたずさえたラタンと、湖畔に続く草地におおわれた勾配をおりてゆくと、湖岸にはすでにボートとともにオツカルが待機していた。
「ちょっとラタンを借りるよ」
 そういってエヒメは、ラタンの夫の顔を、ちらとうかがった。
「どうぞ、お気をつけて、楽しんできてください」
 彼の妻を伴うことに、いますこし弁解じみたことをいおうとしていたエヒメだったが、オツカルのその返事に、拍子抜けがした態で、ちょっとばかり大胆にラタンの手をとって彼女をボートに乗せてやった。
 風はおだやかにふいていた。その風に後押しされて、二人の乗ったボートは、ゆるゆると湖面をすべりだした。
「きみたちはふだん、どんな生活をおくっているんだい」
 さすがに、真正面にむかいあって、いつまでも黙っていることにたえられなくなったエヒメは、オールをこぐ手をとめることなく、さりげなくといかけた。
 その場つなぎの、たいして考えたわけでもなかったものの、この質問が意外とじぶんの中でもウェイトをしめる内容であることにいってから彼は気づいた。とくにきのう、窓からラタンをみて以来、なぜかむしょうに彼女たちの行動がしりたくてたまらなかった。
「農作物の手入れや、家のことを、やっています」
「きみは働きものだからね。オツカルもたすかるだろう」
 エヒメは、ボートのゆれにたいしてバランスをとるようにからだをゆらしている彼女をうかがった。
 まぢかでみると、その目は本当におどろくほどおおきかった。目にくらべると、まわりの造作はみなちいさくみえ、顔の均衡はすでに破綻しているかのようだった。目は口ほどにものをいうというが、ここまで巨大化するとぎゃくに表情は失われてしまって、その目からはもはやなんの感情もくみとることはできなかった。
 


 針に餌をつけおわると彼は、ことさらヒュッと大きく竿をしならせた。糸はボートから数メートルさきの水面に落ちた。
「きみたちは、泳ぐのかい?」
 なぜ彼がそんなことをたずねたかというと、彼の記憶ではこれまで、一度としてこの湖でおよいでいるペズ人をみたことがなかったからだ。
「泳ぐこともあります」
「きみが泳ぐ姿は、みものだな」
「ひとさまかみているところでは、泳ぎませんわ」
 そのラタンの言葉を、単純にエヒメは、人前に肌をさらすことへの恥じらいとうけとめた。
 竿にアタリがきた。タイミングよく竿をひきあげると、結構大きなやつがつりあがった。ラタンに自慢したい気持ちもあってエヒメは、よせばいいのにつりあげた魚を宙にかかえあげた。
 一瞬魚が大きく身をくねらせた。ぐらりとボートが大きく傾ぎ、あわてて彼がバランスをもどそうとしたがはずみがつきすぎてその体は宙を泳ぎ、あっとおもったときには水のなかに落下していた。
 救命具をまとっていない彼のからだは、水中深く沈みこんだ。必死にもがいて浮かびあがろうとしたが、水をのんでしまい、たちまちパニックに陥ってしまった。
 がぼかぼとはいりこんでくる水にもがきくるしむエヒメの目に、なにかがじぶんのすぐそばに迫るのをみたような気がしたが、それから信じられない速度で浮上していく自分を意識したきり、あとはもうろうとしてなにもわからなくなった。



「だいじょうぶですか」
 オツカルの低い声に、エヒメは目をみひらいた。
「ここは?」
 とうまでもなく、じぶんがいつも寝ているベッドの上だということは、すぐにわかった。
「ぼくは、助けられたのか」
 それにこたえるかわりにオツカルは、
「ペズの医者が、大事はないといってました。釣り具は、ベランダに干してあります」
「ありがとう」
 エヒメもまた、このものいわずの男から、じぶんの遭難状況の詳細を説明してもらうつもりはなかった。ただ、気がかりなことがあった。
「ラタンは、ぶじだったのか?」
 そのラタンが、水入れとコップをもって、夫の背後からあらわれた。その水をみたエヒメは、猛烈な喉の渇きをおぼえると同時に、自分がかなりな水を吐いたことを実感した。
 オツカルは、仕事が残っているとことわって、さっさと部屋を出て行った。
 ラタンは、病人を見守る看護士のように、ベッドの横に椅子をもってきてすわった。
 エヒメは枕に横顔をおしつけながら、彼女をみあげた。彼女といっしょにいることが、むしょうに嬉しかった。
 彼女がおれを助けてくれた。水中でみたあの人影は、彼女だったにちがいない。無意識のうちに彼はそれをさとっていた。その意識がいま、これまでとちがうラタンを彼の目にうつしていた。彼はしかしそのことを、言葉にだして語る気になれなかった。彼女やオツカルとふれあっているうちに彼もまた、言葉のもつ軽さというものがわかりだしていた。
 それにしても、湖底に沈んでもがいている男を抱えて、あれほどすばやく水面まで泳いで上がることなど、いくら泳ぎが堪能だとしても、到底人間業とはおもえなかった。
 だが、ここはペズ星だった。じぶんとおなじ常識でものごとをはかることの愚をまたおかそうとしているじぶんに彼は気がついた。
 ラタンはたぶん、オリンピックの水泳のメダリストなみの泳法でおれを湖底から救いあげてくれたのだ。赤の他人が、なんの縁もゆかりもないおれを救助してくれたとおもうよりはそう考えるほうが、はるかに自然というものだ。
「ありがとう」
 エヒメから唐突に礼をいわれたラタンが、その大きな目を一瞬きらっとかがやかせるのをみた彼は、ようやく話す時がきたとばかり、
「あのとき見た魚の顔、だれかに似ていると思っていたら、きみだった」
 魚に似ているといわれて、ラタンが気をわるくしまいかと、いってから案じた彼だったが、彼女の顔にはなんの変化もあらわれなかった。
 夕食の時間になった。ラタンは寝室まで食事をはこんできてくれた。食べやすいように彼の上体をラタンは手を貸しておこしてやった。
 おぼれたあとでもアルコールは問題ないとみえて、ワインが用意してあるのはありがたかった。さすがに食欲こそなかったが、こちらのほうは何杯もグラスを空にした。
「なにかあったら、呼んでください」
 食べ終えた食器をもって、ひきさがろうとした彼女にむかって、エヒメは、
「それをもっていったら、もどってきて、ずっといっしょにいてくれないか」
「わかりました」
 ラタンは十分後に、彼のところにもどってきた。
「きみの手をにぎっていたいんだが………」
 いわれるままに彼女は、その手を彼にぎらせた。
 おどろくほど、冷たい手だった。エヒメはしかし、そうすれば彼女の温かみにふれることができるとばかり、握る手に強く力をこめた。
 つい腕にも力がこもり、おもわず彼女をひきよせるかたちになった。
 ラタンは、ふりほどくことも、おしかえすこともしないで、彼の上に身をおおいかぶせてきた。
 エヒメはふと、湖底でのできごとをいま、二人してここで再演しているような気になった。無我夢中で彼女にしがみつく自分………。
 彼はエヒメのからだを強く抱きしめた。こみあげてくるはげしい衝動にかりたてられるまま、唇を彼女のそれにおしつけていた。
 それからどれだけの時間がながれただろう。その間ラタンは、エヒメにじぶんの行為を不毛で一方的なものに感じさせないよう努めているようにみえた。
 ただ彼が彼女の衣服に手をかけたときは、ふいにとびはなれたとおもうと、室内の明かりをすべて消したあげく、窓も扉もとざし、分厚いカーテンをしめきった。
 真っ暗になった室内でエヒメは、彼女がたてるかすかな衣擦れの音だけを聞いていた。
 しかし彼女は、決してその身を、彼に委ねることはなかった。暗がりの中で、こうしていっしょにいることで、少しでも彼に元気をあたえられたらと、それだけをただ願っているかのようだった。


 
 いつしか深く寝入っていたとみえ、心地よい目覚めを迎えたときエヒメは、全身に新鮮な血液がかけめぐるのをおぼえた。
 窓をみるとこの星のおそい夕暮れがおとずれているのを知って、爽快感のわりにはわずかして寝ていないことが不思議に思えた。
 階下から、料理のにおいがただよってきた。ラタンが夕食を作っている。ふだんとかわらない彼女のふるまいに、エヒメは安堵をおぼえた。いつも部屋でいっしよにいるとはいえ、ベッドの中でまでいっしょにいたのは今回がはじめてだった。なにもなかったとはいえ、夫のオツカルはいい気はしないだろう。いまにもここにのりこんできて、このやろうと一発、力まかせにぶんなぐられるのではという危惧がないでもなかった。
 階段をあがってくる足音がきこえ、やがて開いたドアから、ラタンが顔をのぞかせた。
「まる一日、寝ておられましたわ」
「え、それじゃいまは、一日後の夕方なのか!」
 しかしそれでこそ、絶好調の体の意味がうなずけるというものだった。
 エヒメはラタンの顔をみたとたん、性懲りがないというか、またしても彼女をだきたいという衝動にはげしくかられた。
 かいつまんで話をするが、じつはこのときもラタンは、彼に誘われるままにベッドにはいってきたのだった。そして要点だけをいうと、きのう同様やっぱり、その身を彼にまかせることだけはきっぱりと拒絶したのだった。
 さすがにこの拒絶はエヒメにはこたえた。きのうはなんでもなかった拒絶がいまになって、幾何級数的に倍増して、はげしく彼をかりたてた。かっときたあげく、暴力にものをいわせてもなどと、ふだんの彼からは想像もできない粗暴なふるまいに、一度は本気で身をまかそうとした。
 そのとき、ラタンの口から、あらあらしい息遣いがきこえたとおもうと、なにかざらついたものが彼の顔面をかすめた。それはこんなときにあっても彼の熱した頭を、一瞬に冷ますだけの効果をもたらした。
 彼女がベッドからすべり出て、ドアまでの距離を一気にはしりぬけ、身になにもまとうことなくしゃにむにおもてにかけだしていくのをみたエヒメは、いまになってはじめて、自分が彼女におよぼした行為の甚大さをおもいしった。
 彼は窓辺にちかより、地上をみやった。
 すでに夜が訪れていた。だが、ペズでの月のあかりは、どこかの惑星のへたな太陽よりもまだあかるいぐらいだった。おかげで、いまも走りつづけるラタンの姿は、はっきり彼の目でとらえることができた。
 彼女の前方には、月の光と混ざって桜色に映える湖面がどこまでもひろがっていた。
 なぜか彼女はひたすらまっすぐ、湖にむかってつきすすんでいるのをみた彼は、血相をかえた。
 彼女が入水自殺をはかろうとしている。
 まさかとはおもったものの、こんな夜中に、ましてさっきのようなことがあった後に、のんびり水泳をたのしむ女がいるだろうか。
 気がついたらエヒメは、ログハウスをとびだし、夢中になって彼女のあとをおいかけていた。彼もまた裸だったが、どのみち水にとびこむことは覚悟の上だった。
 あるときを境にして、きゅうにラタンとじぶんの距離が縮みはじめた。まるで彼女がこちらに背中をむけたまま、後退してくるかのような感じがしたが、そうではなく、彼女がその場にたちどまったことがわかった。
 そこは湖岸で、あるいは入水のまえの躊躇かとふんだ彼は、ふたたび力のかぎり地面を蹴った。
 桜色に輝く水面を背にして立つ彼女の姿はじっさい、あざやかなまでの緑に染まっていた。ふいにラタンが、こちらに足をかえした。もうあと数メートルにまでせまったエヒメの目に彼女の裸身がまぶしく迫った。
「これは………」
 あとは絶句にかわった。
 首筋から胸に、そして足のさきまで、びっしりと、緑の鱗がひろがっている。彼はそして、いまこそラタンの大きすぎる目が、その鱗におおわれた体になんの違和感もなく調和していることを知った。
 だが、彼女はなにをしているのだろう。室内にいるときはあれほど、裸をみられるのをいやがったのに、いまそこにいる彼女は、ことさら彼の目にさらけだすかのように、すべてを解き放っていた。
 彼は、歩きだした。とにかくこの手でラタンをとらえて、彼女を湖から引き離すことが先決だとおもった。部屋でのことは、あとでいくらでも繕える。きみには悪いことをした。まったく男というのはどうしょうもない生き物だ、もう二度とあんなことはしないからどうか、ゆるしてくれないか。
 いいわけの言葉をつぎからつぎと思い浮かべながら彼は、なおも彼女にちかづいた。
 と、そのとき、すこしはなれた低い岩場で、ふいになにかが動いた。
 エヒメの目が、その人間もまたラタン同様あざやかな緑色にかがやいているのをとらえた。そしてそれがオツカルだとわかったとき、ほとんど同時に彼とラタンは、湖面にむかって大きく身をおどらせた。
 二人とも、ほとんど水しぶきもあげずに着水すると、いったんは水中にもぐったもようで、しばらくはわずかにゆらぐ水面がふたりの軌跡をそこにおしえていた。
 とつぜん、波がもりあがり、くだけちる飛沫とともにラタンとオツカルの体は水面高くにはねあがった。
 ふたつの体は、落下するまでのあいだ激しくからみあい、もつれあって、そのたびに鱗と鱗がふれあうなにか重々しい金属的な音があたりにひびきわたった。
 二人はふたたび水中に没すると、もう二度と水面にうかびあがってくることはなかった。
 エヒメはそれからもながいあいだ、湖畔にたたずんでいた。
 彼はこのとき、なにもかもを理解したのだった。
ラタンはわざとここに、じぶんをつれだしたのだ。そして勘の鈍いじぶんのまえで、オツカルとともに、ペズ人の正体を教え示したのだ。
 いままのあたりにした二人の行為こそ、ペズ人の愛の表現だった。それがわかると彼は、ベッドで彼女が拒否した真の理由がいまこそはっきり理解できた。     
―――魚は産卵する生き物だ。
 エヒメは、湖畔でひとり、身になにもまとわずにたちつくしている自分の恰好が、いまほど哀れで恥ずかしくおもえたことはなかった。

                         了

 
 


 
 


 


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