W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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約束

14/04/29 コンテスト(テーマ):第五十六回 時空モノガタリ文学賞【 結婚 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1322

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 式もぶじ終り、パーティの席上で明美と彼は、みんなの祝福をうけながら、あらためて二人の愛がいつまでも変らないことを誓いあった。
 テーブルには、二十人ばかりの友人知人の姿がうかがえた。控え目な性格の明美と彼らしい、結婚式だった。
 そのとき、一人の男が、パーティ会場に入ってきた。男はなにもいわずに、みんなの一番端に腰をおろした。べつにだれと言葉をかわすでもなく、明美たちのほうに視線をむけている。
「あなたのお知り合いかしら?」
 ついさっき夫になったばかりの彼に、明美はそっとたずねた。
「え、きみの友人じゃないのかい」
 明美はいまいちど、新参の客に視線をむけた。
 そういえば、どこかでみたような顔だった。それも、遠い、遠い昔に………。
「まさか!」
「どうした?」
「いえ、なんでもないの」
 だが、あきらかに彼女の表情には、あらわな戸惑いがうかんでいた。
 彼の名は、祐樹。明美が小さいころ、お互い近所同士で、よくいっしょに遊んだ仲だった。
 明美は、いまこの席で思い出すことではないと自分にいいきかせながらも、ひとたび記憶のひだによみがえった思い出をどうすることもできなかった。
 それは二人がまだ四、五歳のころのことだった。
 家のすぐそばを流れる暗渠の上で、二人は結婚式をあげた。それぞれの頭には、二人でいっしょに編んだ、クローバーの花輪がのり、明美の手にはコスモスの花のブーケがにぎられていた。
「ねえ、結婚式のときに、しんろうしんぷは、キスするんでしょ」
 明美の誘いに、祐樹はためらうことなく、彼女の唇に自分のそれをふれあわせた。
「もうぼくたちは、いっしょだよ」
「そうよ。なにがあっても、けっして離れないわ」
 二人が口にする言葉は、テレビやビデオで演じる大人の男女のセリフの借り物だった。子供心にも、二人にはそれがわかっていた。そのことが明美にはもどかしかった。彼とは本当にいっしょになりたかった。ずっとずっといつまでもいっしょにいたかった。
「ねえ、あたしたち、大人になったら、もう一度、結婚式をあげましょう」
「そうだね」
「約束よ、ぜったい」
「わかった」
 とっくに忘れていたはずなのに、それらのやりとりが恐いまでに生々しく明美の頭によみがえってきた。あのとき自分が手にしていたコスモスの赤紫の花びらが、網膜の上で揺れ動いた。
 だけどあれは、子供ころの、たわいもないできごとにすぎない。その後明美は、親の仕事の関係で遠方に転居し、それ以来二度と祐樹と顔をあわせることはなかった。
 その彼が、なんでまたきょう、この会場にやってきたのだ。
 あのときの約束を破るのか。―――まさかそんないちゃもんをつけにきたわけではあるまい。
「どうしたんだい、顔色がわるいよ」
 夫が心配そうに気遣った。
「なんでもないの」
 いいながらも明美は、しだいに募りはじめた懸念に、胸をふさがれていた。
 やっぱり祐樹は、あのときの約束を破って結婚した私を、ゆるせないのにちがいない。彼のほうはずっと、二人が交わした約束を忘れずにいたのだ。大人になったら、私と結婚をあげることを、固く信じ込んでいたのだ。
 どうしよう。
 明美は、いまの幸せを、祐樹に壊されるのではという不安におびえた。だが、約束を破ったのはたしかなのだ。いくらあれが子供時代のたわむれだったといってみても、わざわざここまでのりこんできた祐樹がそれをききいれるだろうか。
 おもいつめたあげく、なにか大変なことをしでかすのでは。と明美は、ひとりすわる祐樹の、その一途そうな顔つきを、こわごわみやった。
 その祐樹がいきなり、たちあがった。
 それをみた明美がハッと息をのむあいだにも、彼はみんなのあいだを足早にこちらに歩みよってきた。
「ごめんなさい、約束を破って―――」
 おもわず彼にむかって明美は手をあわせそうになった。
 祐樹は、なんのことかといった顔で、彼女のほうをみかえすと、これまたとびきり明るい笑みをうかべて、
「おめでとうございます。友達がおしえてくれました。幼なじみのきみが、結婚式をあげるときいて、なつかしさもあって、一言お祝いをいいにやってきました」
 それだけいうと彼は、明美とその夫にむかって一礼してから、出口に向かって足を返した。
「幼ななじみだったのか。感じのいい男性だね」
「そうでしょう」
 明美は、とりこし苦労から解放された安堵感に、ほっとしながらも、まだ気持ちはすっきりしないまま、二階の窓から下の歩道をみおろした。
 まもなくそこを、二人の子供をつれた女性と寄り添いながら歩き去ってゆく祐樹が通りかかった。
 子供たちが彼にじゃれるようにまといつくのをみた明美の顔に、こんどはなんだかちょっぴり残念そうな表情がうかびあがったのは、それから一時後のことだった。
 
 


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このストーリーに関するコメント

14/04/29 ナポレオン

拝見させていただきました。
最初の方はこれからどうなるんだろうとドキドキしていたのですが、ハッピーエンドで良かったです。
ラストの少し切なさを感じさせる文に作者様の確かな実力を感じました。

14/04/30 W・アーム・スープレックス

ナポレオンさん、はじめまして。

この作品に関してはみな、善良な男女ばかりが登場していますが、ちょっとひねればサスペンスにでもなりそうな面もたしかに含まれているような気もします。
読んでいただいてありがとうございました。

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