1. トップページ
  2. 予感の春

ナポレオンさん

まだまだ未熟者ですがコメントもらえると嬉しいです。 忙しくてなかなか投稿できませんでしたが半年ぶりに復活してみました。 しかし、皆さんレベルが高いです^_^;

性別 男性
将来の夢 本とか出せたらいいなー
座右の銘

投稿済みの作品

4

予感の春

14/04/29 コンテスト(テーマ):第五十五回 時空モノガタリ文学賞【 予感 】 コメント:8件 ナポレオン 閲覧数:1314

この作品を評価する

春の花咲く美しい山あいに、その家はあった。そこには、一人の若い女性が暮らしていた。

ある日、久々の来客があり彼女がドアを開けると、玄関の向こうには入院しているはずの夫の姿があった。
「どうしたの?急に」
夫に会うのは数か月ぶりになる。かつて、国の機関で研究者として働いていた夫は、今や不治の病に冒され病院の外どころか、真っ白なカーテンで仕切られた病室から出ることすら許されてはいないはずだった。
「せっかくの春なんだ、少し散歩しないか?」
どうやら夫の病は治ったわけではなさそうだ、と夫の青白い顔を見て彼女は思った。
「病院にはなんていわれたの?」
「何にも。こっそり抜け出してきたからね」
そう言って笑う夫につられるように彼女もふふ、と笑う。少しぎこちないのは彼女自身わかっていた。

ネイビーブルーの空と淡い雲を映す湖。どこまでも続く青い樅の森。遥かに見上げる白い頂の山々。二人は湖に沿うように続く森に囲まれた小道を歩いていた。
ふり返ると遠くに見える湖畔の家は、彼女が一人で暮らすには少し大きすぎた。
「こうして二人で散歩するの、何年振りだろうな」
「最初に遊びに来たのも、この季節だったね」
いつかこの場所で暮らそうね、とある日の夫は言った。夫が研究者として成功し、やっとの思いで家を建てた矢先に病が二人を引き裂いたのだった。
「今年は君と一緒にここに来れて良かったよ」
「研究ばっかりでなかなか会ってくれなかったくせに」
少し意地悪だったかしら、と彼女は思った。危険な研究のせいで彼が病気になったことを彼女は知っていた。
「心配かけてごめんな。淋しかっただろう」
彼は申し訳なさそうにうなだれた。
「冗談だって、私もあなたと久々に会えてうれしいわ」
そう言って彼女は夫の手を取り、木漏れ日の中森を抜ける道を歩いた。

しばらく、二人は無言で歩き続けた。乾いた落ち葉を踏む音だけが静謐な春の森に響いていた。いつしか、森の木々が途切れ明るく開けた丘の上に出た。
見降ろす湖を囲むように森は広がり、やがてなだらかに彼方の山々に続いてゆく。切れ目なく続く山の新緑は東の果てで途切れ、黒々とした煙に遮られていた。そこでは、巨大な炭鉱が山をくり抜いて建てた城のようにそびえ、煤でくすんだ大きな国旗がいくつもはためいていた。
「いつか、この湖も煤で汚れてしまうんじゃないかしら」
彼女が遠くの炭鉱を見つめながら言った。
「都市に人が溢れるようになって以来、あそこの炭鉱は大きくなる一方だ……。僕の研究はもうじき成功する。僕らは、もうこの美しい自然から何も奪わなくて済むようになるんだ」
彼は、山を削る石炭掘りを止めるため代わりとなる新しい力を探す研究に命を懸けていた。そんな都合の良い方法など見つかるわけがないと他の研究者は笑ったが、彼の研究が認められるようになると、皆こぞって彼の仲間になりたいと願い出るようになったのだった。
「でも……。でも、そのせいで体がボロボロになったんでしょ?」
「もうここまで来たなら僕は必要ない。後は僕の優秀な仲間たちが実用にこぎつけるよ」
彼の手柄はその仲間たちが持って行ってしまうだろう。彼はただ、愛する自然のためだけに研究をしてきた。彼女は無性に歯がゆくなり、思わず声を荒げた。
「そういうことじゃなくて!貴女が死んでしまっては意味がないでしょう」
彼にすがる様に泣きつく彼女をなだめながら、彼は最期の望みを妻に託した。
「僕にはこの星にとって、この春のような美しい時代が始まる予感がするんだ。僕はもうすぐいなくなってしまうけど、君には僕の代わりにその新しい世界を見届けて欲しい」
そして、今までありがとう、と彼は言った。足元を覆う黒土の隙間には、春の象徴のように、一輪の菫が花をつけていた。

それからしばらくして、彼は病床で静かに息を引き取った。免疫系を病魔に侵された彼にとって、外の空気は猛毒にも等しかった。それでも、最期の外出を誰も咎めなかったのは、彼がどのみちもう長くはないと、皆知っていたからであろう。彼は自分の予感した未来を疑わず、幸福の内に死んでいった。


――彼は確かに幸福だった。自らの信じた春の時代が永久に訪れないことを、知らずに済んだのだから。

彼の作った原子力という新しい力の概念は、彼の信頼していた仲間たちによって最悪の兵器という形でこの世にもたらされた。そして、彼の愛した森や湖を跡形もなく焼き尽くし、彼は悪魔の科学者として世界中の人間から非難された。あるいは、彼は本当に悪魔だったのかもしれない。すべてが荒廃してゆく今、世界を見届けてほしいと言った彼の最期の望みは、一人残された妻にとってはあまりにも残酷だった。
彼女は最期の時まで、あの家に住み続けるだろう。枯れ果ては湖を見つめる彼女の瞳に、今も春の予感はあるのだろうか。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/04/30 W・アーム・スープレックス

静謐で美しい描写の果てに、とてつもない力の出現がまちうけていたのですね。夫が信じ、予感したこの世の新たな幕開けが、彼が手掛けた荒廃をもたらす悪魔の兵器によって焼き尽くされるとは………。
短い文章の中に奥行きのある世界が凝縮されて、ラストの言葉がかなしいまでにシニカルに響いてきました。

14/05/01 ナポレオン

W・アーム・スープレックス様
コメントありがとうございます。
人の世のシニカルさを書きたかったので、そこに気付いてもらえて大満足です。2000字にまとめきるのが大変で、段落を削るという反則技まで使ったのですが、奥行きを感じてもらえて良かったです。

14/05/01 草愛やし美

ナポレオン様、拝読しました。

悲しい話ですね、この作品を読んで、真実はこうだったのではないかと思いました。彼自身はこの星を救えたという予感のうちに亡くなることができ、良かったのですよね。でも、釈然としません。平和のため、未来の私たちのために、研究してくださった……はずです。結局、何でもそれをどう使うかが、大切なこと。彼のためにも、そして、夫を信じ続けた、その妻のためにも、この星の将来が、原子力をよりよいものに利用できるようになればと、更なる研究を願わずにはいられません。忌み嫌うだけでなく、もっと上手に利用できれば、素晴らしいエネルギーになるはずなのですから……。

14/05/02 ナポレオン

草藍様
コメントありがとうございます。
現代の(過去もか)人間の愚かさを書いて見ました。
この話では暗い結末に終わりましたが
現実の世界の人類は持ってしまった強い力に見合うだけの道徳をいずれ手に入れるだろうと願っています。

14/05/03 光石七

拝読しました。
美しい描写に愛し合う夫婦、夫は先に逝っても素敵な結末が待ってるものと思い込んでいました。
まさかの展開、でも妙にリアル。
地球で事実にならないことを願います。

14/05/05 ナポレオン

光石七様
コメントありがとうございます。
最後にいきなりバッドエンドにしたためやたらと暗い話になってしまいました。
本当に現実の世界でもこうならないと良いのですが……。

14/05/06 泡沫恋歌

ナポレオン 様、拝読しました。

美しい描写が季節を映しだして、とてつもなく大きな希望に繋がるのかと思いきや、
意外な展開に驚きました。

美しい時代を見届けて欲しいと夢を託した夫、そして妻が見たものは残酷な現実だったという
皮肉なのですが、なぜか、予感が当たらなかったことに失望感は無く、そんなものかも知れないという
諦めにも似て、納得させられました。

原子力は諸刃の剣ですからね。

14/05/10 ナポレオン

泡沫恋歌様
コメントありがとうございます。お返事遅れまして申し訳ございません。
現実にもありそうな嫌なリアリティのある話にしようと思いました。
非常に繊細な問題で読む人によっては不快になるかもしれませんが現代文明の危うさみたいなものを感じて頂けましたら幸いです。

ログイン