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美空さん

余計なものを削ぎ落として、シンプルで印象的な文章を書くのは難しいと実感する日々。こちらで勉強させていただければとおもっています。どうぞよろしくお願いいたします。

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夢のその先へ

14/04/28 コンテスト(テーマ):第五十五回 時空モノガタリ文学賞【 予感 】 コメント:0件 美空 閲覧数:1025

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最初、麻子がその夢をみたとき、妙な違和感をおぼえた。

ある男の人生を辿る夢。夢なのに曖昧さがなく、母親の産道からでて産声をあげた瞬間から始まるような、妙にリアルな展開だった。更にその夢は毎日続いたので薄気味悪くなったけれど、麻子に構うことなく夢はどんどん進んでいく。

男は19世紀あたりの白人男性で、ヨーロッパのどこかの国の農村に産まれた。森で遊び回っていた少年時代から隣村の女の子が好きになり、初めて愛を告白した青年時代。その女性と結婚し、子供らをもうけて一家の大黒柱として働く中年時代へとシーンが移り変わってゆく。彼はしがない小作人だったけれど、貧しいながらも家族で支え合い生きているのがとても印象的だった。

毎日男の夢を見続けているうちに、麻子はいつの間にか実直で素朴な男に親近感すら感じ始めていた。閉塞感が漂う日々の中、この夢をみている時は不思議と心が凪ぐのを感じていた。

夢を見始めてから2週間たった頃だった。男は老人になり、まわりを親族に囲まれてベッドに横たわっているシーンから始まった。

男は死ぬんだ。
麻子がそう思った時、意識が彼の中に吸い込まれいきなり同化した。客観的に眺めるだけだった世界を、男の目を通してみた瞬間、すべてがつながった。この男は前世の麻子なのだ、と。

『おじいちゃん、死なないで!』

孫娘らしい少女が泣いていた。彼が溺愛しているお転婆な孫娘だ。男はこの娘の行く末を見届けられないことだけが、心残りだった。麻子は必死で手を伸ばし、小さな手を握りしめた。孫娘は驚いて目を見開いたけれど、ひどく嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見てホッとしたのもつかの間、意識が遠のいた。とうとう死ぬ。そう覚悟した時だった。

「麻子ちゃん! 麻子ちゃん!」

自分の名を呼ぶ声に意識を呼び戻されはっと飛び起きると、同居している悠太が心配そうに麻子をみつめていた。

「大丈夫? すごくうなされていれたよ? 例の夢、見ていたの?」
「ああ、うん、そうなの。ちょっと怖かった」

麻子は大きくため息をついた。まだ夢の余韻が体に残っている。夢というにはあまりにリアルな死の感触があった。悠太が気遣うようにそっと声をかけてくる。

「水でも持ってこようか」
「……ありがとう」

夜中に起こされたというのに億劫な様子もみせず、悠太はすぐに台所のほうへ歩いていった。

悠太は優しい。一緒に住み始めてから5年たつけれど、その優しさは変わらない。

悠太は5歳年下の売れない役者だ。アルバイトもしているけれど、そのささやかな稼ぎすら、すべて芝居につぎこんでしまうから、生活費すべてを公務員である麻子の収入で賄っている。

今年三十路になった麻子も人並みに結婚して子供がほしい。けれど芝居に夢中で、お金もない悠太は結婚なんて考えてもいない様子だし、麻子のヒモといわれても仕方ない悠太を、保守的な両親に紹介することもできずにいる。

友人たちは、そんな男とは早く別れろと口を揃えていう。麻子も将来を考えて、悠太との関係を解消しようと何度も考えた。けれど子犬のような目をして麻子の隣にちょこんと座り、テレビをみている悠太をみていたら、切なさと愛おしさがこみあげてきて、別れを切りだす事ができなかった。

そもそも堅実なはずの麻子が、なぜ悠太みたいな男を好きになってしまったのか。答えの出ない問いはいつも頭の中で堂々巡りしている。

「麻子ちゃん、水だよ」

悠太が台所から戻ってきて、コップにいれた水を手渡した。

「ありがとう」

冷えたミネラルウォーターは、心地よく喉を通っていく。悠太は麻子が好きな銘柄のミネラルウォーターを切らすことなく、冷蔵庫に常備していた。

「よかった」

悠太がぼそりと呟いたから麻子は思わずえ? と言って顔をあげた。

「さっき、麻子ちゃんすごく苦しそうな顔をしていて。このまま死んでしまったらどうしようって、本気で怖くなったんだ。よかった」

そういって心から嬉しそうに微笑んだ悠太をみた時、麻子はあっと声をあげそうになった。その笑顔は、さきほど夢でみた、孫娘の笑顔とぴたりと重なった。顔かたちも歳も性別もまるで違うけれど、麻子にははっきりわかった。あの少女と同じ魂が悠太の中にある、と。誰に説明しても信じてくれないだろう。けれどその確信と共に、悠太とは一生離れられないという予感が麻子の全身を鋭く貫いた。

夢が教えてくれた。

ふいに体の奥底から抑えようのない笑いがこみあげてきた。

「麻子ちゃん? どうしたの?」

肩を震わせ笑い始めた麻子を心配そうに見つめている悠太に、大丈夫だから、と首を振って彼の手を握りしめる。

悠太の行く末を見届けよう。もう迷わない。

麻子は人生最大の覚悟をきめた。


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