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クナリさん

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斎藤一 沈黙と実生の剣

14/04/24 コンテスト(テーマ): 第二十九回 【 自由投稿スペース 】  コメント:5件 クナリ 閲覧数:1233

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大正四年のある日。
東京の真砂町で、一人の老人が胃潰瘍をこじらせて死去した。
老人は自らの死期を悟ると、床に伏せるのではなく、武士らしく死を迎えんと床の間に座して逝ったという。
その頃、彼の経歴を知るものは、既に彼の周囲には多くなかった。



少し時は遡り、明治末期。
ある剣人が、道端で空き缶を木に吊るし、竹刀で突く稽古をしていた。
彼は近年行われた天覧試合の優勝者であり、当時格別の剣客である。
それでも揺れる的を一点で、しかも激しく突くというのは存外難しい。
ふと気付くと、傍らで目付きの鋭い老人が剣客を見ていた。
老人は剣客に、
「貸してみなさい」
と言って竹刀を借りると、一声叫ぶが早いか、突きを放った。
軽い竹刀が、更に軽い缶を、一撃で貫通した。
驚愕する剣客に、老人は二言三言の助言をして、去った。
剣客はその後幾度か老人を見かけたが、名も身分もとうとう不明のままである。
真砂町の、ある通りでのことだった。



更に時は戻り、明治二十六年頃。
東京高等師範学校で、一人の撃剣師範が学生に剣を教えていた。
彼は学校付属の博物館の守衛長なのだが、奇妙なことがあった。
守衛長だけあって、腕が立つのは判る。しかし、稽古の際は別として、乱取りや試合となると、誰もこの師範に剣を当てることが出来ない。
学生がどう構えても、時には防御に徹してみてもお構いなしに、容易く打ち込まれて一本取られてしまう。
それどころか、剛の者が揃った師範学校の生徒だというのに、彼の竹刀にすら触れられる者がいなかった。いくら実力差があろうと、これは異常である。
この師範は警察にも勤めて稽古に臨んでいたことがあるが、当時から死ぬまで、とうとう人から一本を取られることが無かったという。
彼は退職後には別の学校へ勤め、庶務、会計、登下校時の交通整理などに励んだ。
我が子が下校してくると、門の陰に潜み、「士道不覚悟!」と叫んで息子を驚かせて遊んだりしたらしい。
彼がまだ、真砂町に住む以前のことである。



幕末、京都。
新撰組五番隊隊長を務めた武田観柳斎が除隊することになり、別れの宴が開かれた。
除隊には正式な理由あってのことだったが、同時に、観柳斎が倒幕色の濃い薩摩と接近していることも既に新撰組の中では知られていた。
彼をどう処遇するか、新撰組副長、土方歳三の結論は出ている。
会がお開きになり、観柳斎はほろ酔いで店を出た。
既に、空はとっぷりと暮れている。小雨が降っていた。
三番隊隊長の斎藤一が、観柳斎の為に店から傘と提灯を借り、
「送ります」
と申し出た。
「では、斎藤君の傘も」
しかし斎藤は目も合わせずに、
「不要でしょう」
それで、観柳斎の酔いが醒める。雨が弱いから傘がいらぬのではないと、この要領のいい男は気付いた。
二人は歩き出す。
数十歩で人気の無い裏通りまで来た時、観柳斎は口を開いた。
「君が遣わされたなら、問答の余地なしかね。だけども君らの剣は、そう続かんよ。戦場の刀槍の士は、これからは鉄砲で蜂の巣になって死ぬ」
斎藤が鯉口を切る音が、京都の柔らかい雨音の中に響いた。
「全く近藤さん、いや土方君か。切れる様で、頭が閉じている」
「武田さん、もういい」
二人の足が止まる。
「もういいかね。だが私も五番隊隊長を務めたのだ、木偶ではないよ。易々と……」
言いながら、観柳斎は斎藤に傘と提灯を投げつけた。
それらを避けもせずに斎藤が神速で踏み込み、傘の陰になった標的を横薙ぎに叩き斬る。
斎藤の白刃の迅さが、観柳斎の細工を無力化した。
真っ二つになった傘の向こうに、同じ形に割られた人体が見えた。
観柳斎は柄に手をかけたその腕もろ共、胴体が真一文字に両断され、上半身が宙を待った。
同じ隊長でも、この二人では段が違う。
飛んだ半身が濡れた地面に落ちると、観柳斎の達者だった口がぱくぱくと震え、それから動かなくなるのを、落ちた提灯が照らした。
斎藤は火の始末をすると店に戻り、近藤らに
「済みました」
と告げた。



新撰組最強は誰か、という空しくも魅惑の問いにおいて、天才沖田、大剣士永倉らと共に必ず名が挙がるのが、斎藤一である。
彼は新撰組出身の剣士としては、組の消滅後も最も永く戦場に立ち、西南戦争にも参加して武勲を挙げた。
それ程に戦いながら、その後は名を変えていくつかの平和な職につき、家族を持って、最後は自分の家で、結跏趺坐して死んだ。
今なお、流派すら判然としない。三番隊隊長を務めたというのに、二番隊隊長の永倉新八が後年斎藤のことを聞かれ、「ほとんど口をきいたことがないのでよく分からない」と答えたという、謎多き人物である。

それでも永倉は、ある弟子に、「斎藤は無敵の剣」と語ったと伝わっている。


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このストーリーに関するコメント

14/04/24 クナリ

筆者注:
斎藤一が武田観柳斎を粛清したというのは、明確な史料がなく、俗説の域を出ません。
また最後の永倉の言葉は、「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」と語ったと言われています。

14/04/25 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

江戸末期、明治、大正とみっつの時代を生きた斎藤一の生涯は
やはり稀有なものであったのではないかと思いました。
簡潔な語り口もさることながら、観柳斎との対決の場面は非常に臨場感があり
人斬りという職務はまさに命のやりとりであったのだなあと。
面白かったです!

14/04/28 クナリ

そらの珊瑚さん>
もはや書いている自分だけが楽しいのではなかろーか…と思ってしまう新撰組シリーズですが、それだけにコメントうれしいですありがとうございます!
この方の剣に関するモチベーションとか、いまいちわからないんですよね。
なんで、このようにエピソードの紹介が中心になりました。
殺陣に迫力が出ていれば、うれしいです。

14/05/02 クナリ

OHIMEさん>
新撰組フェチでない方に読んでいただき、なおかつ評価していただけるのは無上の喜びです。
史実を知らなければ知らないで、「これはどうなったんだろう?」「こんなことあったんだ!」(いえまあ、歴史小説は多分にフィクションを含みますが)という楽しみがあり、
知っていれば知っていたで「これからあれがああなるんだよねー。わくわく」という楽しみがあるので、歴史小説はなんにせよ楽しめるのですが、とにかくついて回るのが歴史物特有の「とっつきにくさ」ですので、何とか非フェチの方にも読んで頂けるように書いているつもりです。
殺陣を含む歴史小説の場合は、登場人物の大義とか、時代考証とかより、かっこよさが何より大事だと思っ ているものですから(邪道なッ)、斎藤先生のかっこよさが一ミリでも伝わればうれしいです。

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