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堀田実さん

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六道輪廻の雨

14/04/20 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:4018

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 かなしいかな。今生で功徳を積まなかった魂が数々と落ちていきます。それらの魂は輪廻転生を理解していなかったのでしょう。彼らはどんどん地へと落下していきます。
 それらはまず動物に生まれ変わります。ちょうど地に落ちた雨粒が大地に溶けていき、水分が植物の管を通り、固定され、そして動物に食べられるように。
 そうして苦しみはやってまいります。動物となった彼らは瞳の、その光輝く瞳孔で輪廻の一部始終を眺めることでしょう。大きな苦しみがやってまいります。天敵が彼らを襲うのです。シマウマはライオンに食べられ、ライオンはハゲタカに食べられ、ハゲタカは地に落ちて大地へと溶けていきます。
 どれだけの時が経ったことでしょう。食べては食べられ、死んでは溶けていき、そしてまた生まれ死んでいく。
 数々の生を繰り返していくうちにやがてふと気づくものが現れるのです。それは宗教的なハジケとでもいうものか、あるときこのサルはいつもの通り腹が減ったと夕食の飯になるコガネムシを見つけその甲羅を齧っている頃、ちょうど夕焼けが平原の境をゆっくりと沈んでいくのを見たのです。
 そのまばゆい光は彼の瞳孔を通り網膜を越え、そのさらに奥の奥にあるとても深遠な記憶の片隅に光を点したのでした。確かに彼はその夕焼けをはるか前世において覗いたことがあるのです。
 サルは言いようのない感情に見舞われました。その瞬間今まで靄がかっていたように行っていた食べては寝て、性欲にまかせてはメスザルを求める行為の数々が急に鮮明に捉えられたのでした。
 以来彼は食べることをやめ、日の大半をうつむいて過ごすようになりました。その様子を仲間のサル共は笑って見ていましたが、徐々に衰弱していく彼を見るとやがて興味をなくしました。
「どうして生きているんだろう?」という言葉にならない問いが彼の胸を渦巻いていました。ひとりとぼとぼと歩いていると見たこともないまっさらな平原に出ました。衰弱が進んだ彼はついにもう一歩も動けなくなり、その場にへたり込みました。
 そして長い長い時が経ちました。何度昼と夜が訪れたかはもうわかりませんでした。彼は混沌とする意識の中で思いを巡らしました。
 「あぁ、なんてことだろう。ボクは生きることができなくなってしまった。仲間のやっていることがすべて無意味に思えるようになってしまったんだ! それから食欲はなくなり眠れなくなり、性に興味がなくなった」
 空は急に暗くなりはじめました。熱帯地方に独特の雷雨、スコールがやってきたのです。仲間のサル共はもうヤシの葉の木陰に身を隠している頃でしょう。 
 激しい雨が降り出すと彼はびしょ濡れになりました。皮膚に付着した雨がどんどんと体温を奪っていきます。言いようのない寒さがやってきました。凍えは体の表面から、そして徐々に中心へと達していきました。まるで身体が自分のものでないかのように振動しました。 
 しばらく経つと震えは止み、身体が無くなったように軽くなりました。はじめは不思議に思っていましたが、しまいにはそのことにも無関心になりました。
 その時一筋の光が射しました。まぶしさに目を開けると暗く厚い雲のわずかな切れ間から太陽が彼を照らしています。あたりはきらきらと輝いていました。雨の一粒一粒が陽の光に照らされ、乱反射し、煌いているのです。
「そうだ。これはボクたちだ。ボクはその昔雨だったんだ! 思い出せないほどはるか昔、ボクは天の上で生きていた。でも石ころにつまづいたせいでいつしか天の上から落っこちたんだ!」

 まもなく雨は止みました。暗い雲は消えていき、激しい光を大地に投げかけます。空には虹が架かっていました。彼はもう二度と動くことはありません。時が経つにつれ、彼は血となり骨となり、地に溶けていき、やがて蒸発して天へと昇っていきました。その様子は気づかれることなく、仲間のサル共は今日も寝て食べそして性交を繰り返します。

 彼はやっと人間になることができました。雨に打たれて死して折り、生と死の中間状態であるバルドーに入った彼は21日の間さ迷ったのちに青い光に飛び込みました。食欲や性欲などの欲望からくる迷妄を断ち切ることができていたから人間に生まれ変わることができたのです。気がつけば岸田桃子という人間の母の胎に宿り、誕生の時を指を咥えて待っています。
 しかしこの彼女は39歳と高齢で妊娠したため、検査の結果彼がダウン症児であることが判明しました。夫婦の間で堕胎の話が進むにつれ、黒い雲が家庭の上を覆いはじめます。この殺生のカルマは夫婦を地獄へと転生させてしまうものでした。

 天の上からその様子を眺めていた観音様はこれら六道輪廻を繰り返す生き物の迷妄を嘆き、さめざめと涙を流しました。しかしそれにもまして多くの魂が雨となって地へと降り注ぐのです。


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