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ヨルツキさん

宇宙が大好きな物書きです☆ 書いていないと具合が悪くなります。文庫本を片手に空を見上げていたら、それはワタクシです☆ ※画像はレフカダさんの作品です(無断転用禁止)

性別 女性
将来の夢 ガツガツしないで穏やかに生きる人間になるコト
座右の銘 人事を尽くして天命を待つ

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げんかつぎのご褒美

12/06/09 コンテスト(テーマ):第六回 時空モノガタリ文学賞【 週末に。とんかつ伊勢 新宿NSビル店のモノガタリ 】 コメント:0件 ヨルツキ 閲覧数:2183

時空モノガタリからの選評

最終選考

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「弁当にカツ入れるの、やめてくれない?」
 涼子は今まさに揚げようとしていたカツを皿に戻した。つとめて穏やかな口調で息子の顔を見る。
「どうして?」
 うん、と息子は少し言いよどんだあと、
「センター入試の日さ。弁当にカツが入っていたじゃん? その前の試験で集中したから、カツを見たら気分が悪くなったんだよ」
「だって、お弁当、残さなかったじゃない」
 まあ、ね、と息子は苦笑いをする。
 無理に食べたのだ、と瞬時に気づいた。食べ物をゴミ箱に捨てられる性分ではない。試験当日に友人に食べてもらう余裕もあろうはずがない。
 わかったわ、と涼子は明るく冷蔵庫を開けた。
 カツに代わるメインの食材。試験時間も迫っている。手早く作らなくては。ウインナーが目に入った。
「ウインナーがいいな」
 涼子が手に取る前に息子が声をかけた。受験当事者なのに。自分よりよほど緊張しているはずなのに。自分に気を配る場合ではないのに。
「タコ型に切ってよ。小学校のときみたいにさ」
 了解、そう声を出すのが精一杯だった。

 頑張れば努力はむくわれる。
 悔いのないよう全力をつくす。
 そうすれば、おのずと結果はついてくる――。
 そう信じて涼子はこの1年、涼子なりに高校3年の息子を支えてきた。できるだけプレッシャーをあたえないように。できるだけ自然体で接する。学校側からもなんども言われた。『おかあさんがたは美味しいご飯を作ってやってください。勉強は学校でやらせますから』。その言葉を信じて、すがって、涼子は鍋を手にしてきた。
 息子さん、受験ですって? 大変ね、と言われれば、受けるのは私じゃないですから、と笑った。笑うよう心がけた。空元気だ。本当は不安で不安で仕方がなかった。いっそ当事者になりたいと、胃薬を飲みもした。

 1ヶ月後、すべての試験が終了し、息子は胸を張って言った。
「来年、がんばります」
「……全力を出し切れた?」
「悔いはないよ」
 持てる力は出し切った、そのうえでダメだった。息子は歯を見せて笑った。
 悔いがない、わけがないのに。悔しくない、はずがないのに。目頭が熱くなりかける涼子に息子が「ひとつあったわ」と茶化した声を出した。
「カツ、食いたい」
「え」
「『とんかつ伊勢』特ロースかつ定食。さくっさくのカツに山盛りのキャベツがついてんの。キャベツの上の千切りニンジンがまた色鮮やかでさ。カツ、キャベツ、カツ、キャベツの順に食べたら止まんなくなるよ。味噌汁がまた口の中をさっぱりさせてくれて、いいんだよね」
「なに、その見てきたみたいな言いまわし」
「新宿NSビルの29階にあるんだ」
 涼子は呆れる。高校生の分際で、どうしてそんな店を知っているのか。
「調べたんだよ」
「そんなに行きたいの」
 うん、と息子は大きくうなずく。
「母さん、元気になれるかな、って思ってね」     
「……調子のいいこと言っちゃって」
 新宿NSビル。行ったことはない。息子も行ったことがあるはずがない。しかも29階。高級ではないのか。不安が顔に出たとき、息子が仏壇のリンを鳴らしていた。遺影に向かって手を合わせている。
 遺影の夫が「行っておいで」と言うように微笑んでいた。
 お前も、こいつも、がんばったんだから。
 ――そうね、と涼子は微笑んだ。
「ご褒美、ね」
 うん、ご褒美だ、と息子も涼子の声に合わせた。
 さくさくの衣のカツに、ほんのり甘い千切りキャベツ。上には色鮮やかな赤いニンジン。想像をして、涼子は息子と玄関を出た。


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