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雨のにんじん

14/04/14 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:5件 おでん 閲覧数:1252

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 雨(あめ)とぼくは共に知的障害者だ。出会いは作業所でだった。部屋の隅でもくもくとにんじんの皮をむく彼女に一目ぼれをしたぼくは、入所して一日目に愛の告白をした。雨はあっさりとぼくの愛を受け入れてくれた。
 ただ、予想だにしなかったことは、
「カケオチしましょう」
 と、ぼくの愛を受け入れてくれたほんの数秒後に、雨がそう口にしたことだ。
「さあ、行くよ」
 雨はふふんと笑ってぼくに手を差し出した。上に向けられた彼女の白い手のひらには、にんじんの皮がついていた。緊張したが、えいっ、と握ってしまえばなんてことなかった。そのままぼくらは、スタッフや他の施設利用者の目を盗んで、あっさりとカケオチに成功した。

 雨とぼくは共に知的障害者だ。その証拠に、二人とも療育手帳と呼ばれる障害者手帳を持っている。でも雨は、ぼくにこんなことを言った。
「同じ障害者でも私のIQは70近くあるの。つまり、私はあなたより上ってことね」
 そう堂々と言い張るので、つい「うん」とうなずいてしまった。そしてしばらくしてから、人と人との間に、上とか下とか決めるのは良くないってお母さんが言っていたことを思い出した。
 そのことを教えると、
「じゃああなたは、ここから一人で帰れるかしら?」
 と、またふふんと笑って言った。ぼくは辺りを見渡した。ここはどこだろう。見たことのない建物ばかりが並んでいる。
「ほら! やっぱり私のほうが上じゃない!」
 こうしてぼくは、雨の下になった。

 雨の下になってからは、とても大変だった。
 歩き疲れたと彼女が言うので、おぶってあげた。
 なのに、ぼくが「疲れた」と口にすると、本気でパンチやけりを入れてきた。
 また、チューをしたいから新聞紙を買って来いと命じられた。コンビニでスポーツ紙を選んで買ってくると、周りに見られないようそれを広げ、チューを強要された。ぼくがなかなか唇を突き出せずにいたら、雨のほうから思い切り唇を押し当ててきた。
 とにかく、雨はむちゃくちゃだった。
 でもそんなむちゃくちゃな雨が、好きで好きでたまらなかった。ぼくの気持ちは間違いなく、にんじんくさい彼女の手の平の上で、ころころ転がっている。

 結果的にいうと、ぼくらのカケオチはすぐに終わった。
 小さな神社にたどりついたぼくらを、作業所のスタッフが迎えに来た。雨は、馬鹿だの放せだの叫び、取り押さえるスタッフたちにつばを吐きかけていた。無我夢中で暴れる彼女は、テレビで見た闘牛に似ていた。
 ぼくと雨は施設に強制送還された。今回に限らず何度か施設を抜け出した経験を持つ彼女にとっては「いつものこと」で済まされたが、通所初日から利用者とカケオチしたぼくは、スタッフや施設の仲間から一目置かれるようになった。
 雨は一週間施設を休んだ後、何食わぬ顔で通所を再開した。
 そして、その一ヵ月後の今日、今度は別の男とカケオチした。

 雨とカケオチしたあの日。
 歩き疲れたぼくらが辿りついたのは、ほんとうに小さな神社だった。
 二人は靴を脱いで境内に腰を下ろすと、互いの足をもみ合った。もみ合いながら、お互いのいいところを褒め合うゲームをした。もちろん、雨の提案だ。
 雨はぼくのことをこう褒めた。新顔のくせに度胸がある。やせているくせに体力がある。
 次はぼくが雨のことを褒める番だった。でも肝心なときに言葉が出なかった。本当は褒めたいことがたくさんあるのに、どれから、どのように伝えたら良いのか、考えすぎてわけがわからなくなった。長いこと黙っていたら、空気がぴりぴりと鋭く痛いものに変わっていく気がした。
 慌ててぼくは、
「雨は、激しいキスをする」
 とわけのわからないことを口走っていた。
 雨は、
「なにそれ、がっかり」
 と本当にがっかりしていた。このときはじめて、ぼくは自分のIQの低さを恨んだ。
 悔しさと寂しさに襲われて、ぼくは泣いた。
「男は泣かないの。ほら、顔を上にあげて。涙がこぼれないから」
 言われたとおりにすると、本当に涙はこぼれなかった。その代わり、目にどんどんたまっていった。
「大丈夫?」
 雨が心配そうに、上からぼくの顔を覗き込んだ。つい気を許してしまい、こらえていた涙をこぼしてしまった。一粒、二粒、三粒。一度流れ出した涙をとめるのは難しいことを、ぼくは知っている。
 と、雨は両手を鳴らして言った。
「綺麗! あなたの流した涙の一粒一粒に、私の顔がうつってる!」 
 見たい! そう願ったが、それは叶わない。だって、雨を降らせているのはぼく自身なのだから。


 雨は、まだ施設に帰ってこない。
 今頃はカケオチ中の男と、褒め合うゲームでもしているのだろうか。
 雨が帰ってくるまでの間、彼女の分もにんじんの皮むきを済ませておこうと思う。
 がんばるぞ。(了)


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このストーリーに関するコメント

14/04/16 ちくわぶー

すごく可愛いお話しですね!
「僕」の「雨」への想いがとっても暖かくて、こちらまでニヤニヤしちゃいます。
きっと「僕」の涙は本当に綺麗なんだろうなぁ。見てみたい!
また期待してます!

14/04/17 おでん

朱音さま

たくさん褒めていただいてありがとうございます。
何かしらの印象を残すことができたようで何よりです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。



緑茶さま

期待していただきありがとうございます。
また、可愛い話がかけた際はよろしくお願いいたします。

14/04/18 クナリ

障害を作中で扱っていることに、どんなテーマが展開されるのかと身構えながら読み始めましたが、途中からは登場人物ふたりの魅力的なキャラクタに魅了されました。
面白かったです。

14/04/22 おでん

クナリさま

ありがとうございます。
魅力的に受け止めていただき嬉しいです。
今度も精進して参りますのでよろしくお願いいたします。

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