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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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魚のような顔  Part1

14/04/14 コンテスト(テーマ): 第二十九回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1246

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 だれだって、ひとつやふたつ、避暑地用の惑星をきめているのはいまの時代ではあたりまえで、とくに亜高速自家用宇宙船が開発されてからというもの、学校の遠足にさえ、もよりの惑星がその目的地に選ばれるようになっているほどだった。
 エヒメもまた、会社の一か月の休暇を利用して、ここペズ星にきたのも、ふだん仕事でたまりにたまったストレスの発散と疲弊しきった体をいやすためだった。
 なんども、この星はおとずれている。
 いつきても、緑ゆたかな自然はうつくしく、気候は温暖で、この地にすむ人々の心優しいもてなしにかわりはなかった。
 この星には、これといった産業もなく、主な収入源といえば、観光目的で訪れる人々がおとしてゆく金ぐらいなものだった。
 もっともこの星の住人たちの暮らしはいたって質素で、口にするものはほとんど自家栽培の作物でまかなっていた。家もまた素朴な木造で、エヒメたち観光目的で訪れる連中の住まいだけは、ちょっと豪華に、といってもしれたものだが、造りを凝らしてあった。
 エヒメはいつも、オツカルという男のもつログハウスに泊ることにしていた。
 オツカルは、すべのペズ人同様寡黙で、控えめな男だった。
 エヒメが彼のログハウスに世話になって以来、すでに十年になる。彼にはラタンという妻がいて、夫同様ものいわずの、また夫同様によくエヒメにつくしてくれる女性だった。
 二人とも美形で、年をとればとるほどその美しさは際立ついっぽうで、とくにラタンなどは、他星人のエヒメの目にさえ、まぶしいまでの魅力にかがやいてみえるほどだった。
 ただ、今回、ひとつ気になることがあった。それは、夫婦ともに、ちょっと異常なまでに両眼が大きくなっていることだった。
 去年みたときそれは、ちょうどいいぐあいの大きさで、黒ずんだ瞳はいつもうっとり濡れているかのような光をたたえていた。
 いまみるそれは、すでに最適なサイズを超過して、いささか異様な範囲にまで拡大していたのだ。
 目が巨大化する病気もあるので、もしかしたらとエヒメは心配したものの、かれらのきびきびした立居ふるまいをみていると、どうもそうともおもえず、特にそれが外見上のことでもあるので彼は、気になりながらも口にはださずにいた。
 彼がここを訪問するもうひとつの楽しみは、なんといっても釣だった。
 ログハウスのすぐ横には、恰好の湖があって、そこに生息する大型魚は、重量感といい、一度つったらその醍醐味はけっして忘れられないぐらいすばらしかった。
 けさも彼は、釣り具の手入れに余念がなかった。
 ログハウスの全開した窓から竿をのばせば、湖面に糸はたらせそうだったが、エヒメにしてみればやはりボートにゆられながらの釣りでないと満喫できなかった。
 一階のダイニングからは、彼のための朝食を今、ラタンが作っているところだった。
 彼女は食事作りはもとより、彼の衣類の洗濯から、こまごまとした身の回りの世話まで、いやな顔ひとつみせることなくこなしてくれた。
 その彼女の手料理からただよってくる匂いにひきよせられて、エヒメはダイニングにおりていった。
 すでにテーブルには、一人でたべるには多すぎる料理がところせましとならべられていた。
「今日は絶交の釣り日和のようだ」
 いいながら彼は、いそいでラタンがひいてくれた椅子に、ゆっくりと腰をおろした。 
 こたえるかわりに笑みをうかべながらラタンは、彼のカップにこの惑星特有のティーをそそぎいれた。
 まだ独身のエヒメは、ポットをもつ彼女の、しなやかな腕の線に、魅せられたようにみいった。
 主婦の豊かさがその全身からにおっていた。どう逆立ちしてもひとり者からは発散しようのないそれは香りだった。
 彼女はいつも手首まで袖でつつみこみ、しっかりボタンをとめてけっして肘をのぞかせることはなかった。スカートもまたながめで、足はぶあつい靴下でおおわれている。
 ペズの人間はその心情同様、外観においても慎み深い性格なのかと、漠然とエヒメはおもっていた。
 以前、床のものを拾うときに、こちらに大きくラタンがしゃがみこんだ際、ブラウスの襟からわずかに胸の中がのぞいたことがあった。その瞬間、なにか緑色がかったものが目にうつったような気がした。あるいはそれは、窓からのぞく、青葉が反射したのではと、そのときはあまりエヒメも気にしなかった。
「ぼくはまだ、釣った魚はすぐに逃がしてやって、一度も食べたことはないんだけど、ここの魚は見た目に肉づきもいいし、たぶん脂ものっていることだろう。きみひとつ、料理してくれるかい?」
 なんということもなしに、たずねたつもりだった。が、そのときの彼女の取り乱しようは尋常ではなく、大きな目がますます大きくみひらいて、まじめな話、いつころんとこぼれ落ちるのではと、エヒメは心配したほどだった。
「どうしたんだ、なにかいけないことでもいったのかな」
「いえ、ごめんなさい」
 エヒメは、まだじぶんをとりもどせそうにもない彼女を、わざと無視して食事にとりかかった。
 彼もまた、あまりのかわりようのラタンをみて、さすがに動揺をかくせなかったが、それでも温かい料理を口にするうちに、しだいに落ち着いた気持ちになっていった。
 腹もみち、考えに筋道がたてられるようになると、さっきのことが、だんだんエヒメには明らかになっていった。
 きっと彼女は、なにより殺生がきらいなのにちがいない。生きた魚を包丁でさばくことじたいに、はげしく拒否感をおぼえるのではあるまいか。
 そういえばここにだされる料理も、大半がもともと加工されたもので、生物を調理したものはまずなかったことを彼はおもいだした。そうおもうとなんだか、かわいそうな気がしてきた。
 ラタンが食事の後片付けにやってきたとき、エヒメは一言、
「さっきはわるかったね。やっぱり、釣った魚は湖にもどしてやることにするよ」
「べつに、かまいませんのよ。あなたさまさえ、それをのぞまれるなら、わたし、調理しますが………」
 しかしエヒメは、もういいんだよと、手をふって笑った。
 
 湖岸にエヒメがちかづくのをまって、ボートからオツカルがたちあがった。
「いつでも、出せます」
「ありがとう」
 エヒメは、釣りの道具とともにボートにのりこんだ。
「きょうは、きみもいっしょにどうだ?」
 おもえばこれまで、ただの一度も釣に同行したことのないオツカルだった。
 彼はエヒメといれちがいに岸にあがって、
「いえ、わたしは仕事がありますので」
「そうか。いつか、いっしょに行こうじゃないか」
 オツカルは、あいまいにうなずいただけだった。
 カテキンを大量に含んだ湖は、表面が赤かった。湖周辺に生育する植物の影響だという。汚染するような工場や大気など存在しないここでは、だれもがここの水を飲料水に使っていた。エヒメも、のどがかわいたときは、手ですくって水をのむことがあった。金をだして買うへたな飲み水よりはるかに上品で、やわらかな味がした。ペズ人たちの穏健な性質もあるいは、この水を飲んで育ったためかもしれない。
 エヒメはオールを漕ぎつづけた。
 これはなかなかしんどい作業だった。湖面にでてわずかしかたたないのにもう、額からは大粒の汗がふきだしはじめた。
 モーターボートの持ち込みは禁じられていた。とはいえいずれ、宇宙にあまたいる太公望たちがペズ星をしったら、かならず釣り具をもっておしかけることは目にみえていた。 そうなったら、モーターボートやヨットが湖面に姿をあらわすのも時間の問題だろう。 どこでも、外来種というものは、幅を利かすものなのだ。
 赤い水のなかで、なにかおおきな影がゆらめいた。いきなり魚の頭が水面すれすれまでうかびあがってきた。こちらをみあげる魚の目が一瞬、エヒメの視線をとらえて、ぎらりとひかった。
 エヒメはそのときなぜか、ふと親しみにちかい感情がおこるのを意識した。

                              つづく


 


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