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糸白澪子さん

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紅い木の春

14/04/12 コンテスト(テーマ):第五十五回 時空モノガタリ文学賞【 予感 】 コメント:0件 糸白澪子 閲覧数:1244

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梅を見に行こう。そんなことを考えたには訳があった。今まで梅を側で見たことがなかったからだ。地方都市の近郊で生まれ育った私には植物とはあまり縁がなかった。学校の菜園か、祖母の育てるプランターの花か。触れ合ってきた植物なんて、そんなものだった。
しかしそんな私が和歌に熱中するようになった。和歌の多くには四季が織り込まれている。風や空の色や雪解けの水滴の音で季節を感じた歌などもあるが、やはり、季節の代名詞となるのはどうやらいつの時代も植物にあるらしい。そう思うと、どうにも気持ちが騒いだ。この3月の陽気を部屋の中だけで感じるなんてもったいない、今日は快晴、きっと今日梅を見にいったらいいこと起こるぞ、そんな気がする!思い立ったらすぐ行動、やりたいことは今すぐに。私の良くも悪くもとれる癖が発動し、気がついたら自転車に乗って近くの緑地に向かっていた。
その日は日曜日であったし暖かい日でもあったから、子連れだったりカメラを持っていたりと緑地の中ではいろんな人が様々の形で来たばかりの春を楽しんでいた。まだまだ裸木も少なくない中、自転車をこいでいると、奥の方からピンク色の群れが見えてきた。その一帯には梅の木が植わっており、辺りの寂しい木とは違う賑やかさを醸していた。レジャーシートを敷いて梅を見る人や、見られる梅。人だけでなく、花や風さえも笑っているようで。小枝が赤くなったそれは照れ笑いをしているようだった。
いいことが起こるなんていう根拠の無い予感もいよいよ現実味を帯び、春らしい風景を見て楽しくなった私は、もっと奥まで進むことにした。柔らかな緑をちょこちょこと身に纏った花梨や、梅とは違った甘い香りの杏の花が綺麗に咲いており、何処も彼処も目の潤う賑わいようだった。
どんどん自転車をこいでいくと、真紅の花を咲かせた低木が植わっているのが見えた。何の花かと近づくと、ぽとり、花ごと木から落ちてしまった。椿であった。そう、春の花が咲くということは、冬の花が散るということであったのだ。ことに椿なぞ不思議なもので、木に春と書くのに冬の花である。
まだその色合いを留めたままの、地面の一輪の赤椿は、ふらふらと風に押されて私の足元に来た。あたかも私を見上げるように転がるそれは、そう、私に微笑んだのである。温い風に晒され、落とされ、これから朽ちることが目に見えてもなお、それは私に微笑みをみせたのだ。優しくにっこりと笑って、「こんにちは」と言われた。えっ、あっ、としか言えない私を見た椿は、ふふふっと笑っていた。
その花弁は春の光に照らされて艶めき、まるでまだ咲いたばかりかのようであった。ルビーよりも紅く輝いていた。されど、少しばかり戸惑う私を置いて、あの一輪の椿は未練なぞ無いと言うように今度こそ力尽きて風に流され、何処かへと消えてしまった。
わたしが花に対し尊ぶ心を抱いたのは、これが初めてである。
翌日から私はとても外に出れたものではなかった。体調に崩して布団の中にいたからだ。私は布団の中でずっと考えていた。あの椿の微笑みを…


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