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陽だまりの真実

14/04/07 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:0件 ヨシヒロ.com 閲覧数:1060

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愛する人が傍にいる。

それはとても幸せなことだ、と、擦り減らされてゆく日々の中で、しみじみと感じ入る。思えば夫ともこれで四十五年目。
よくここまでやってこれたものだな、とつくづく思う。

「あなた、病室に飾るのに白百合だなんて、とても素敵だわ」
本当はそう言いたいのだけれど、思いは声にならず、声は言葉にならないまま、
霧の彼方へと散ってしまう。

窓からは、暖かな午後の日差しが射していて、私のベッドの掛布団に、
穏やかな春の陽だまりをつくっている。
その陽だまりの中で、私は、そっと自分の手を掲げてみる。
しわくちゃの白い手。
夫はこの手を、綺麗だ、と褒めてくれた。
そんな手を、改めて慈しんで眺めてみる。
指にきらりと光るものがある。
夫が四十三年前にくれたシルバーのリング。
それが鈍色に光って私の目をくすぐる。

海の見える街。いつも潮の香りが漂っていた。
古い民家と民家の間にある路地裏。苔の生した石畳の道。

そこで私は、絹のスカートを太古の風にはためかせ、
いつもあなたの一歩後ろを歩いていた。

あなたはいつも何も自分からは語らない人だった。
そんなあなたの背中を見て、私はいつも、本当は、と思っていた。
本当は、多くのことを語っている、その背中。その瞳。その口元の皺。

そんなあなたが、今は、私に、語りかけてくれている。
あなたは、どこで拵えてきたのか知らない、古今東西の美しい言葉をもってして、
私に必死に語りかけてくれている。
それはそれで、とてもチャーミングなのだけれど。

私は知っている。あなたが、これまでの四十五年間を、必死になって、
埋め合わせようとしてくれているのを。
その必死さに触れて、心が蒸発してしまいそうになる。
私には言葉はいらない。私が本当に欲しいもの。それはね……。

ふと、夫が、手を握ってくれた。夫の手の温もりが伝わってくる。
私は、つと、夫の顔を見る。
太古の地層のような肌がぱっくりと割れ、くっきりとした雲一つない空のような瞳が、じっとこちらを覗き込んでくる。
私はその瞳に吸い込まれそうになる。

束の間、私は、あの時のことを思った。
古びた民家の路地裏を、何も言わず、黙々と、二人で歩いたあの日々のことを。
 
夫はにっこりと微笑んだ。生きる儚さ。散ってゆく美しさ。
夫は何も語らずとも、それらすべてのことを受け入れて、そして私の手を握った。
この温もり。
愛する人が傍にいる。
この、永遠を貫く、揺らぐことのない、陽だまりの真実を抱き締めて……。


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