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murakamiさん

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プラットホーム

14/04/06 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:7件 murakami 閲覧数:1420

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 東京から新幹線で2時間。京都で特急列車に乗り換えて、僕は、今、北へと向かっている。車窓に流れる風景は田植えをおえたばかりの水田と、その向こうには海のような琵琶湖が広がっている。向こう岸の山並みは銀の紗幕に覆われたように霞んで見えた。梅雨入りしたばかりの空はどんよりと重い。
 イヤホンから流れてくるメロディーはアイルランドのロックバンドの曲だ。 
 窓ガラスに彼女の笑顔が浮かぶ。


 僕たちは、カウンター席だけの小さなバーで知り合った。といっても、飲みに行ったわけではなくて、本好きのマスターが土曜の昼下がりに開催した読書会で出会ったのだった。
 場所が場所だけに、結局、2時間の読書会が終わると、そのまま誰一人帰ることなく、参加者8人で飲み明かした。
 偶然、隣同士の席になった僕と彼女は横を向いてしゃべると、息がかかるほど近くにいた。
 明け方、睡魔との戦いに限界がきて、みんながカウンターテーブルに突っ伏して眠りはじめ、マスターがコンビニ行くから留守番よろしくと言って出ていってしまうと、起きているのは僕と彼女の二人だけになった。ナンパ目的での参加禁止≠ニいう会のルールを守っていた僕に彼女が瞳を寄せて言った。 
「今度、美術館、行きませんか」
「――美術館?」
「はい。絵が好きなんです」
「ナンパ禁止だよ」
 僕が笑うと彼女も笑った。
 窓から差し込んだ朝の光のせいで、彼女の髪の毛はプリズムみたいに輝いてみえた。僕と彼女はこっそりキスをした。

 それから、僕たちは二人きりで会うようになった。彼女は、美大のプロダクトデザイン科の2年生で、僕より5つ下の20歳だった。化粧いらずのきれいな素肌で髪はショート。小づくりの顔はすごくかわいいってわけではなかったけれど、とれたての夏野菜のように人の目をひく何かがあった。最初のデートで彼女は、卒業したら地元へ戻る予定だときっぱり言った。
 僕は東京で生まれ育っていたし、音楽雑誌の編集の仕事をしていたから、将来、東京を離れるという選択肢はなかった。僕がそう告げると彼女は「そう」とだけ答えた。二人の間で卒業後のことが話題になったことは、そのあと一度もなかった。期間限定の付き合いだとお互いが了解していた。少なくとも僕は、彼女がそれでいいと思っているのだと思っていた。

 週末、僕の仕事が忙しくて会えないときも、彼女は東京にいるうちに見られるものは全部見ておきたいと言って、一人で美術展や写真展に出かけていった。長期休みにはアルバイトに励んで画材代を稼ぎ、そして、盆と正月には決まって、実家に帰っていった。それが二人にとってまるで当たり前のことのように、僕は東京駅で彼女をニコニコと見送り、彼女もニコニコと窓の向こうで手を振った。
 そうして、楽しかった丸2年半の歳月があっという間に過ぎていった。


 トンネルを抜けると、突然、大粒の雨が窓を叩きはじめた。ガラスにぶつかった雨粒たちは悲鳴をあげるように斜線をひいて落ちていく。土砂降りの雨だ。


 彼女の卒業式と引越しの日が近づいたころ、僕たちは最後のデートをした。いちばん東京らしい場所――スカイツリーで。
「ここだけは二人で来たかったの」
「だけ?」
「あ、ごめん……」
 目が回る、なんていうたとえが吹き飛びそうなほど、展望台は高かった。
「あ、実家が見える」
 銀色の手すりから身を乗り出すようにして、彼女が言った。
「ほらほら、あそこ。お父さんもお母さんも元気にしてる」
「どんだけ目がいいんだよ」
 僕のつっこみを無視して、彼女は遠くを見つめたままだった。君の故郷を見てみたい、という言葉を、僕はのみこんだ。嘘つきにならないように。ずるい男だ。それが、彼女のいちばん望んでいる言葉だと知っていたくせに。彼女は強くて、クールだから大丈夫だと思い込もうとしていた。
 突然、彼女の目から涙がこぼれた。
 走り去る彼女を追いかけることができずに、僕はひとり、東京の空に取り残された。
 そして、そのまま彼女は郷里に帰ってしまったのだった。


 緑の森を抜け、視界が開けるのと同時にオレンジ色の光があふれだした。さっきまでの黒い雲がうそのように消え、きれいな空気の向こうに真っ青な空が広がっている。
 イヤホンを外すと、列車の走行音が急に大きくなった。
 停車を告げるアナウンスが流れる。
 きっと、恋より大事なことはいくらだってある。これからどうなるのか、自分がどうしたいのかさえわからなかった。
 ただ、会いたかった――。
 僕は荷物を持って立ち上がる。
 列車は徐々に速度を落としていく。雨に濡れたプラットホームが太陽の光を反射する。
 その光の中に彼女の姿が小さく見えた。
 東京から彼女の住む町まで、3時間21分――。
 
 今、扉が開く。  


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このストーリーに関するコメント

14/04/07 泡沫恋歌

村上 様、拝読しました。

お久しぶりです! 村上作品の投稿を心待ちしていました。

とてもロマンティックで二人の関係をとてもディテールに拘って書いておられる。
昔、ある創作者に、こんな言葉を教えて貰ったことがあります。
「神は細部に宿る」
私はその教えをずっと大事にしてきました。
村上さんも、同じ姿勢の創作者だと感じたのです。

とても、読み応えがあって素晴らしい作品でした。
ありがとうございます。

14/04/07 murakami

泡沫恋歌さま

コメントありがとうございます。
ご無沙汰しておりすみません。こちらも時々は出したいと思いつつ、気づくと数ヶ月たっていて驚いてしまいます。いろいろと公募にチャレンジしているのですが、どれもこれも中途半端になってしまっている気もします……。

泡沫さんはコンスタントに書かれていらっしゃってすごいですね。
「神は細部に宿る」いい言葉ですよね。

こちらは横書きなので、漢数字で書くか算用数字で書くかもさんざん迷ってしまいました。でも、「一人」「二人」は算用数字だとなんだか変だし…。
好みの問題もありますが。
「ひとり」と書いてあるところは、ちょっとこだわってそうしてます。

14/04/07 草愛やし美

村上様、おかえりなさい、拝読しました。

とても素敵な恋ばなし、村上さん独特の世界ですね。
彼女の描写がとても素敵で、会ってもいないのに想像できるのは、ひとえに村上さんの筆が素晴らしい技量の成せるものなのだなあと思います。

ただ、会いたかった──。主人公の言葉が、恋という魔法にかかった呪文のように心の奥に響いてきました。読み終えた私も、恋の魔法にかかったのか、とても柔らかい暖かな気持ちでいます。素敵なお話をありがとうございました。

14/04/08 murakami

草藍さま

コメントありがとうございます。
草藍さんは相変わらずご健筆ですね。私は遅筆なので、うらやましい限りです。しかもコメント書くのが下手で申し訳ないです。

時たまの出没で恐縮ですが、今後ともよろしくお願いします。

14/04/08 そらの珊瑚

村上さん、拝読しました。お久しぶりです!

どのくらい離れていたのかわかりませんが季節から想像すると一、二ヶ月?
くらいでしょうか。(一年後というには離れすぎでしょうから)
離れることで、失いたくないという思いを再認識したのかもしれませんね。

彼女の故郷へ行くという行為は結婚を匂わせるものであるから、若い僕が躊躇する気持ちもわかります。
ハッピーエンドの結末に純愛という言葉が浮かんできました♪

14/04/08 朔良

村上さん、拝読いたしました。
新作楽しみにお待ちしておりました。
(投稿作すべて読ませていただいてて、最近は投稿されてないのかな、残念だな、と思っておりました)

ロマンチックなラブストーリー堪能させていただきました。
物語の中の色や光が鮮やかで、鮮明に場面が思い浮かびます。
キャラクターも魅力的でやはり村上さんのお話は素敵だなと思いました。

14/04/08 murakami

◆そらの珊瑚さま

コメントありがとうございます。3月に別れて、6月に行ったという設定です。どうしてすぐ行かなかったかというと、3、4月は仕事が忙しく…。と、変なところで自分の考えるリアリティに縛られてしまいます(笑)。25歳でこういう職業の人だとそんなに早くに結婚はしないかな、とも。
でも、いずれ一緒になる二人だと思います。

◆朔良さま
コメントありがとうございます。別のコメントで他の作品の感想もいただきありがとうございました。

いろいろ考えてみるのですが、テーマにぴたっとはまった話を書くのって難しいですよね。かといって、なんでもいいから自由に書いていいといわれてもこれまた難しい…。

また、間が空いてしまうかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

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