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タックさん

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影の口穴、本質は影

14/04/05 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:4件 タック 閲覧数:1145

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 私には〈影〉が見えていた。幼少のみぎりから、傾向があった。本来の影から、わずかばかり浮き出た灰色の〈影〉。影と、その出所を同じくする〈影〉。私には、それが見えていた。
 
〈影〉は語り、笑い、不明瞭ながら、私に言葉をつたえた。その姿態の愉快さ、また存在の奇妙さを、子供の私は嬉々と話したものだったが、大概の人は、私を空想好きの少年、幼少期の、だれにでも訪れる、夢物語を見る子供として受けとめたらしかった。すべての人々の、傍らに位置する〈影〉。それらの所業は私にのみ、知覚できるようであった。〈影〉は私にのみ、語りかけるようであった。
 
 頑固な父は私を叱った。即物の母は、怪訝な目をした。その反応は私を凍らせ、親愛の消失による焦燥をかきたて、次第に私は、触れまわることを止した。〈影〉は、相も変わらず水底から浮き上がるようなゴボゴボとした発声で話しかけてきたが、私は、その無意味さを利用し、〈影〉の存在を無くすことに、無垢な子供時代を消費した。皆とおなじ、太陽光の普遍の産物として、〈影〉を認めることに、腐心したのだった。

――〈影〉は、意志を明かす。〈影〉は、太陽によって作られる〈影〉は、その持ち主の本心を詳らかにする。そのことを理解せられたのは、酸いと甘い、人の表と裏を、ある程度知るようになった青年期だった。友人でなくなっていた〈影〉は、急速な友好さで私に近づき、私に、親交をもっていたクラスメイト、恋を交わしていた異性の、根底にある醜悪な心を、ぽっかり空いた口唇から教授した。〈影〉は、いつも笑んでいた。悪しき、人間というものの醜き残酷さを、赤き三日月のなかから、前触れもなく私に出だした。

 教室、校庭、そして、放課後の町角。陽光が届き、陰影の生まれるところなら、〈影〉は所かまわず現れた。その出現は唐突だった。幼少から、それは変わらなかった。

「お前って、本当に面白いよな。一緒にいてあきないわ。やっぱり、俺の親友はお前だけだよ」
(……あーあ、つまんねえ。なんでこいつしか、俺の周りにはいないんだ。こんなやつ、すぐにでも捨てたいのに。一人と思われたくないから、付き合ってるだけなのに)――影はささやいた。真紅の舌を、表へ出して。

「あ、ごめーん。今度の日曜だけど、どうしてもはずせない用事できちゃって。本当にごめん。つぎ、空いてたら連絡ちょうだい。待ってるから」
(……北島先輩と、やっと会える。こいつはただのキープだけど、北島先輩がだめなら、彼氏いなくなっちゃうし。とりあえずキープしとこう。こいつ何にも理解してなさそうだし)――影は嗤った。私の心境を、あざ笑うように。

 人間とは、何か? 本質とは、如何に? 

――〈影〉は正直だった。人はいつしか、〈影〉の言葉そのままに、私から離れ、私への風評を、遠いどこかから仄聞したこともあった。その内容は、近似したものだった。〈影〉の口は、人の口。〈影〉の笑みは、人の嘲笑。真理は、私から、人間というものへの信頼を奪い、さんざんに汚し、目を見開きおののく私に、笑顔をもって、突き返す。(これが人間だ。これが、生きるということだ) 

 大学、社会人。私の成長とともに、周囲も等しく成長したが、その中身は、違うことがなかった。むしろ、人は年を経るごとに、狡猾さというものを身につけるようであった。騙りと要領は、質を同じくあつかわれているようであった。

 純粋な瞳を向けながら、私を生活の一道具として眺める女。(こいつの年収は、学歴は。私が、楽できればいい)

 乞うような素振りをみせながら、私を名刺のように利用する男。(うっとうしい。こいつといると気が滅入る。……まあ、飲み会のネタになるから、損はないけど。先輩の価値なんて、そんなもんだよね)
 
 人間、人間、人間。世間は人間であふれ、生活は、人間を経由せずに営むことができない。人間が、〈影〉が、付きまとう。私を蝕む。穴で、嗤う。夜間、暗室、どこにいようが、人は人。奥には〈影〉を、持っている。笑顔に〈影〉。褒め言葉に〈影〉。微笑と嘲弄は、同義。笑いとは? 優しさとは? 人とは、何か?

――私は、狂人らしかった。仕事を辞め、残った給金を使い、篭もり、日陰に暮らす、私は狂人らしかった。母が、そう言った。父が、そう言った。世間が、そう見た。世界が、私を突き放した。

 傍に置かれた銀色に光る大ぶりのナイフ。私は、狂人だろうか? 私は、狂いなのだろうか? 日光をいれ、背後を、見る。しかし、私自身の影は影。語ることのない、無個性な影。私は、人間ではない。皆と離別した、精神のない、裏表を許すことのできない、潔癖な、別のもの。腕の動脈を切る。そればかりが、温かい。部屋が、赤い。その赤さばかりが、一個の人間としての証明だった。  


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このストーリーに関するコメント

14/04/07 光石七

拝読しました。
<影>を介して人の本心がわかるとは、しんどいですね……
でも、主人公が抱く疑問はみんな漠然とでも感じるのでは?
主人公の影は無個性ということに、そうならざるを得なかった悲しさを強く感じました。
人の本質を考えさせられるお話、私はすごく好きです。

14/04/08 朔良

タックさん、拝読いたしました。
表があるから裏がある。それは仕方のないことで、裏表のない聖人君子には普通の人間では生きられない。だからみんな本音と建前を使い分けてうまく生きていこうとする…。
その裏側が見えてしまう主人公は、さぞや生きづらかったことでしょう。
世の中には知らない方が幸せなことが多いなーと思ってしまいました。

14/04/08 タック

光石七さん、コメントありがとうございます。

高校時代の体験を元にした作品でありました。一人、トイレに立った人の悪口が車座のなかで始まったとき、「じゃあなんでわざわざ付き合うんだろう」と不思議に思ったことが発端でした。その一人が戻ってきた瞬間、また笑顔を向ける友人たちを見て、心がどこか冷たくなるのを感じたものです。もちろん、生きていく上で本音と建前の使い分けは必要ですが、建前の表出を率先してやっているような人を見ると、なんだか妙な感慨に襲われるのです。心が弱いせいかもしれませんね。

お読みいただきありがとうございました。未熟なりに「本質」を書ければな、と思っていたのですが、まだ精進が必要だと思います。よろしければまたご一読ください。

14/04/08 タック

朔良さん、コメントありがとうございます。

人間、建前を使われているとわかってはいても、実は本音なんじゃないか、この人は本心からそれを言っているんじゃないか、と信じたいものだと思うのです。まるっきり、嘘や騙し合いで構築された関係というのは悲しくて、それが、人間の集まりだとは信じたくない自分がいます。それはきっと精神的、人間的に弱いからなのだろうと思うのですが、建前はしょうがなく使用するもので、やはり、それがコミュニケーションツールになってほしくはない、と片隅で考えているのです。駄目ですね。

お読みいただきありがとうございました。

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