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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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雨上がりの昼間に

14/03/31 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1251

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朽ちた木造の平屋の中、郵便ポストくらいの大きさのロボットが、錆の浮いたアームを器用に動かして、居間を掃いていた。
外では随分強く雨が降りしきっていて、昼だというのに真っ暗だった。
無人のぼろ家の中にも、雨は容赦なく降り込んだ。
ロボットの関節が、浸水と錆と目詰まりとで、ぎしぎしと音を立てている。
屋根の破れた家で、度重なる雨を直に受け続け、ロボットにはとうとう寿命が近づいていた。



この家には、子供のいない夫婦が住んでいた。
夫婦は大層仲がよく、お互いに、この世でたった一人の相手と巡り合ったと思っていた。

やがて戦争が始まり、工業博士の夫はしばらく兵役を免れていたが、とうとう招集がかかった。
妻は炊事洗濯に非凡だったが、掃除だけはだめだったので、夫がよく家の中を掃除していた。
自分がいない間のために、夫は掃除ロボットを作ってから戦地へ赴いた。
ロボットが掃除をする時、妻は置時計などの細々した家具を箪笥の上に片し、思う存分掃除をさせてやる。
ロボットが掃除できるのは居間だけだったが、まるで夫の分身のように見事な掃除だった。
居間は、いつもぴかぴかだった。
ロボットに勇気付けられるように、居間以外の所を、妻はがんばって掃除する。
だから、家中どこもぴかぴかだった。
戦地の夫から手紙が届くと、更に妻は奮起して、雑巾を絞り、箒を繰った。
家は、まことにぴかぴかだった。

何年経っただろう。
ようやく戦争が終わり、夫が家に帰ると、近所の人が泣きながら、妻が死んだことを告げてきた。
つい先日のことで、流行り病のせいだという。
それを聞いても、夫は涙ひとつこぼさなかった。
胸をかきむしってもいいほど悲しいはずのに、なぜだろう。一人玄関の前に立った夫は、不思議だった。
自分は、こんなに冷たい人間だっただろうか。
それとも、この世でただ一人の出会うべき人に出会えたという確信があれば、その人を失っても心は痛まないものなのだろうか。
妻がいないことを寂しいと思えない自分が、残念だった。
夫は扉を開け、家へ上がった。
居間では、かつて自分の作ったロボットが粛々と掃除を続けていた。
家の中を見て回ると、どの部屋もぴかぴかだった。
ぴかぴかの家の中を一人で歩くうち、いつの間にか、夫は目が涙で溺れてしまいそうなほどに泣いていた。
寂しいと思えないと思ったのは、間違いだった。
ぴかぴかの家に一人でいるのは、とても悲しかった。

泣きはらして居間に戻り、夫はロボットのスイッチを切った。
ロボットは丁寧に油がさされ、埃は拭かれ、湿気に弱い間接部の錆も取り除かれていた。妻が懸命に手入れをしている姿が浮かんだ。
夫は、停止したロボットを箪笥の傍らに置いた。
箪笥の上には、妻が置いたのだろう置時計が今も乗っていた。夫は少し眺めて、下ろす気が起きず、そのままにしておいた。
自分のいない間、妻と共に暮らしたロボットは、羨ましかった。

夫は久し振りに、家を掃除した。
家のそこここから、妻の温もりは感じられた。
家は、ずっとぴかぴかだった。

やがて夫も老い、静かに死んだ。
ぴかぴかだった家は次第に朽ちて、外れた扉からは風が吹き込んだ。
その風に煽られ、箪笥の上から時計が落ち、偶然ロボットのスイッチに当たった。
無人の家の居間を、ロボットは掃除し始めた。
止める者がいないので、それから延々、掃除をし続けた。
何年も、何十年も。
関節には埃が溜まり、雨の降る度に湿気でそれが固まって目詰まりを起こし、錆も浮いた。
けれど、居間はいつもぴかぴかだった。
いつしか壁がはがれ、屋根が落ち、濡れ縁を草が覆った。
それでも、居間はぴかぴかだった。



いつしか、激しかった雨も止んで、日が照っていた。
鳥が鳴き、雨露が輝く。
夫婦がかつてよく眺めた庭の赤い花も、大きく咲いていた。
呑気で平和な光景の中、そこだけは廃屋だと信じられないほど綺麗な居間の真ん中で、ロボットはついに寿命を迎え、ガシャリと崩れ落ちた。
とっくの昔に動きを止めた置時計が、そのすぐ横で寄り添うように佇んでいる。

はて、なぜこの時計は、ロボットに掃き捨てられなかったのだろう。
不思議なことも、あるものだ。

雲の上では、夫婦が、揃って不思議顔を浮かべていた。


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このストーリーに関するコメント

14/04/02 朔良

クナリさん、拝読いたしました。

淡々と語られる中に、悲しみとほのかなぬくもりを感じました。
付喪神ってありますけど、大事に使われるとロボットにもいつか心のようなものが宿るのでしょうか…。
面白かったです。

14/04/02 草愛やし美

クナリ様、拝読しました。

ロボットが掃除をし続ける、住む人も作った人も、手入れをする人もいなくなっても動き続けている。
凄く切ないけれど、私にはとても美しい風景が見えています。そう感じるのは、クナリさんの筆のタッチが素晴らしいからだと思います。目に浮かぶ景色は、悲しくも花に溢れた庭のものです。置時計をそのままに掃除し続けたロボット、ご夫婦の気持ちがわかっていたのでしょうか? それとも、ご夫婦の想いがなせる不思議だったのかしら……。

不思議な香りのする物語、堪能しました、ありがとうございました。

14/04/05 クナリ

OHIMEさん>
「人間がいなくなった世界で、機械だけが動き続ける」っていうのが、なんとなく切なくて昔から心惹かれるんですよね。
屋根がなくなったのに床がぴかぴかなわけないだろー、と我ながら思いつつ書いたのですが、イメージというか、象徴性を優先しました(^^;)。
映像で表現できたら、面白そうなんですけどね。

雪は困ったものではあるんですけど、なんだかんだで嫌いにはならないんですよね。
見た目が美しいというのは偉大ですね(^^;)。

朔良さん>
ありがとうございます!
ロボットと人間の境界はどこだろうか…という命題は、結論付けられることはないのでしょうね。
人間機械論(人間も、いってみれば有機物でできた機械じゃないの、みたいな論)はどうやらいまだに論破されてませんし。
モノに心を見出す、という果てしなく無駄な動作をしてしまうのが、人間の長所かなあと思いますッ。

草藍さん>
置時計が残されていた件、このような不条理というか、「事象の因果関係が説明されないまま終了」みたいな終わり方はこれまで極力避けてきたのですが、今回はこのような感じになりました。
雲の上で亡くなった方が云々、というのも自分としてはあまり好きな結びではなかったのですが、今回はあえて採用しまして。絵本っぽい効果を頭の中で考えて書いたのです。
どちらかというとビジュアル面での映えを意識して書いたので(その割りにえらく淡々としていますがッ)、構成の仕方としてはあまりいいものではないんだろーなとは思っているんですが、草藍さんの想像力のおかげで楽しめるものに仕上がってくれたようです!
ありがとうございます。

14/04/15 gokui

 読ませていただきました。
 どうしてロボットを題材にした物語はどれも悲しい物語なんでしょうね。人はロボットを必要としているのに。もし、このロボットが永遠の命を与えられた人間だったとしたら、どんな物語に変わるのでしょうか。たぶんあまり変わりませんね。ロボットはきっと人間を写したものなのです。ですから、はかない人間の物語を読ませていただいた感じがするのでしょう。

14/04/17 クナリ

gokuiさん>
きっと人間が人間でいる限り、ロボットに対して特別な感情を持つことはなくならないのでしょうね。
人形のみならず、いすや部屋といった無機物にも「心」を投影してしまって、
ひとつひとつの命のように捉えてしまうのですから。
確かに、ロボットが出てくる話は切ないものが多い…ですね。ホントだッ…。
似て非なるものにこめたメッセージこそが胸に迫る、というのは不思議ですね。

14/04/21 光石七

淡々とした語り口なのに、切なさや愛しさが滲み出ているように思いました。
悲しいけれどほんのりと温かい。
また違ったクナリズムの一面を見せていただきました。

14/04/22 クナリ

光石さん>
無機物のことを無機的に書くことで、有機物の有機物らしさが表現できたらいいのになー、とよく思います。
そのためにロボットを使うのは安直もいいところですが、今回はチャレンジしてみました。
おそらく映像のほうが向いている内容のなのですが、こういったコメントをいただくと、書いてよかったと思います。
ありがとうございます。

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