W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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14/03/25 コンテスト(テーマ):第五十四回 時空モノガタリ文学賞【 激しい雨がふる 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2249

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 ぬりつぶしたような灰色の空から、雨が風をともなってふってきた。
 まだ昼過ぎだというのにあたりは、陰鬱なまでに暗かった。ゆきかう人々の顔はみな、物憂げにしずみ、やがてふりだす本格的な降雨から逃げるように足早にちらばりはじめた。
 ぼくは、なんだか、うれしくなってきた。
 雨は大好きだった。とりわけこのような、あたりから次々に雨雲がよりあつまってきて、いまにもまとまった雨がおちてきそうな気配にふれると、奇妙に気持ちがおちつくのだった。
 ぼくは傘をひろげると、大股にあるきはじめた。
 これから、ある人の家を訪ねる予定だった。40年ぶりの再会だった。
 一週間まえ、姉から電話がはいり、その人をみかけたと教えられた。姉がよくいく近所のスーパーでのことだった。
 姉はその人のことをいまでも怒っていた。それで声をかけることなく、離れようとしたが、ためらいながらもいつしか、その人のあとをつけていたとか。
 そこのところの姉の微妙な心境は、ぼくには痛いほど理解できた。当時二人でなんども夜遅くまでその人をあてもなく探しまわったことか。
 それで姉はその人の家をつきとめて、ぼくにしらせてくれたのだった。
 会うかどうかは、あなた次第よ。でも、もしも会ったら、話しをきかせて。
 姉はそれだけをぼくに約束させた。
 その人の家は、駅から歩いて小一時間はあっただろうか。
 はげしくなる一方の雨の中を、ぼくはタクシーも拾わずにあるきつづけた。
 目的の家がちかづくにつれて、しだいに熱くなりだすぼくの心も、ふりしきる雨がしずめてくれていた。
 住宅地のなかにある一軒家で、手入れのいきとどいた庭や、ガレージの新車をみても、暮らしに困っているようなことはなさそうだった。
 門柱のポストには、『梅垣』という名が読みとれた。
 インターホンは押せなかった。
 なんといえばいいのだろう。ぼくには姉のような怒りはなかった。ぎゃくに、てひどく怒られるのではという懸念があった。その人にとってぼくは、いまの幸福を、破壊しにあらわれた人間以外のなにものでもないようにおもえた。
 だが、その幸福のために、ぼくも姉も、それはずいぶん辛いおもいを味わった。
 酒乱の父親による暴力――結局父顔は母がいなくなってからわずか5年後に肝臓を患って他界した。ぼくと姉はそれぞれちがう親戚にあづけられ………。
 ぼくはいまいましげに首をふった。
 きょうここにきたのはなにもそんな愚痴をぶちまけにきたわけじゃない。
 ぼくたち姉弟はいまはそれぞれ家庭をもち、まあそこそこの生活を送ることができている。夫の暴力から逃れるため、ぼくたちをすててでて行った母の心境も、いまなら理解できるし、恨みつらみなんかもうすっかりわすれていた。
 それでも、インターホンは押せなかった。
 やっぱり帰ろうかとぼくがあきらめかけたとき、家の扉がガチャリと音をたてた。あまりにもあっさり、玄関がひらき、母がそこに姿をあらわした。
 ぼくが言葉をなくしてたたずんでいると、
「はいらない?」
 まるでこどものころのぼくにいうような母の調子に、ぼくのなかからいっさいのためらいは消え失せた。
「お元気そうでなによりです」
 広い応接室にとおされたぼくは、すなおな気持ちでいった。
「あなたもね。お姉ちゃんも、元気かしら」
「このまえ、スーパーで、みかけたといってました」
 母は、こくりとうなずいた。力強い生活人といった印象が、その老いてはいるがしっかりした顔立ちから伝わってきた。
 ぼくたちはそれから一時間あまり、言葉少なにすごした。40年の歳月は二人から親子という関係をぬぐいとり、たがいに独立した者同士という立場をつくりだしていた。ぼくはもはや、あのとき子供たちをすてて家からでていった母の気持ちを確かめることもなかった。母もまた、母親がいなくなってからのぼくたちの生きざまを、といかけようとはしなかった。いったん話しだすと、とりとめもなく話しだしそうな気がした。しかしいくらしゃべったところで、40年の不在が埋めつくされることはないのだ。
「どうもおじゃましました」
 カップにのこったコーヒーをのみほしてから、ぼくはたちあがりかけた。
 そのとき、背後の窓に、雨が音をたててうちつけた。
 ぼくはその雨をふりかえりながら、
「こういうはげしい雨をみると、なぜか心がやすらぐんですよ」
「わたしも、そうなの」
「共鳴されたのは、はじめてだ」
 すると母は、ぼくの肩ごしに窓の外をながめた。
「あなたが生まれたときも、こんなふうに雨がふってたのよ」
 ぼくはそのときはじめて、母の顔をまともにみつめた。そしてゆっくりと窓に目をむけると、母がいまそうしているように、激しくふりつづける雨に親しみをこめたまなざしをなげかけた。





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このストーリーに関するコメント

14/03/29 クナリ

思春期ではなく、すっかり成人してからの親との再会、というのが新鮮でした。
ほんの共感が、すっかり他人となった彼らの人生に、それでも他のものでは代わりにならない、何らかの充実をもたらすのでしょうか?
静かな、大人の空間でしたね。

14/03/29 W・アーム・スープレックス



私の座右の銘は、こういう場合のためにとってあります。作者はつねに………。
作品でも語っていないものを、いまさら書いて、ぶちこわしてもはじまりませんから。
クナリさんのコメントには、教わるものがありました。ありがとうございました。

14/04/02 W・アーム・スープレックス

OHIMEさん、こんばんは。

私自身、雨が好きなのです。空がどんより曇りだし、雨を告げる風に草花がゆれだすのを見ると、遠い昔の忘れてしまった楽しい記憶の名残が甦りでもするのか、不思議と気持ちがやわらいできます。作品のモチーフはそのような感覚から生まれたのかもしれません。

読んでいただいてありがとうございました。

14/04/21 光石七

拝読しました。
激しい雨が好きなんて変わってるなと思いましたが、素敵な共鳴につながっていたのですね。
再会してよかったと、読んだ後笑顔になりました。

14/04/21 W・アーム・スープレックス

光石さん、コメントありがとうございます。

雨は降りつづいていましたが、二人にとっては、晴れやかなひとときだったのかどうか、答は窓をたたく雨音のなかに………さあそれもどうか、私にはわかりません。
読んでいただいてありがとうございました。

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