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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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夜がすべてをつつみこむ時

14/03/21 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1574

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 クラは歩き続けた。
 というより、立ち止まるわけにはいかなかった。立ち止まったら最後、大地のむこうから、夜がやってくる。彼にとって夜は、冷え冷えとした闇にとざされた、死の世界にほかならなかった。一瞬といえども、暗がりに肌をさらすことには耐えられなかった。それで彼は、停止はただちに死につながる回遊魚のマグロさながら、星の上を、光をもとめてひたすら歩きつづけていた。
「夜が獰猛な獣のように牙をむいて、おれを追いかけてくる。いやだ、いやだ。ぜったいにつかまるものか」
 クラは、太陽の光しかしらずに育った。だからなおさら、暗闇というものに恐怖をおぼえた。しらないからよけい、いろんな妄想がわきおこった。夜の世界にはきっと、狂暴で、残忍な怪物が潜んでいるのにちがいない。
 怪物はおれとは反対に、明るい光を忌み嫌い、たえず夜とともに歩きつづけているのだ。だからといって、おれと怪物が鉢合わせしないという保証はなにもない。なにせ小さな惑星だ。ウサギとカメではないが、ぼんやりしていると、たちまち夜の闇がせまってきて、まっくろな怪物がその牙をむいて襲いかかってこないとだれがいえる?
 だからクラは、一分一秒といえども、けっして足をとめることなく、日がな一日歩き続けているのだった。
 そんなクラが、あるとき、地面に咲いた、一輪の花に目をとめた。
 みたこともないきれいな花だった。どのくらいきれいかというと、生まれてこの方一度としてとめたことのない足を彼が、おもわずとめそうになるほどのきれいさだった。
 だが、ひたひたと忍びよってくる冷気に気がつくと、あわてて彼は速足で歩きだした。
 歩きながら、こんなことを考えた。太陽の陽射しをたっぷりすいこんだあの花も、夜がきて、凍てつく闇にのみこまれたら、せっかくひらいた花びらも、はかなく枯れてしまうことだろう。それをおもうと、かわいそうでならなかった。とはいえ、はやくも地平線のかなたによせてきた、夜の兆しの薄暗さに、たちまち怖気づいてかれは、いちもくさんにかけだした。
 夜から逃れて惑星をひとまわりしているあいだも、クラはあの花のことが気になってしかたがなかった。どろりとした、タールのような闇が、可憐な花のうえに垂れ込める光景が、ふりはらっても、ふりはらっても頭に去来した。やっぱり、花のそばを離れずに、いっしょにいてやるべきだった。後悔が、彼の胸をしめつけた。
 そんなクラだったので、花が、おなじ場所に咲いているのを知ったときはさすがに、びっくりして目をみはった。びっくりしたのはそれだけではなかった。花びらは、いっそう濃くいろづいていて、最初にみたときより大きく、みずみずしく成長していた。
 それがなにを意味するのか、このときの彼にはわからなかった。
 クラが夜から逃れてふたたび星をひとまわりしてもどってきたときも、花はあきらかに成長していた。そのつぎのときも、そのつぎのときも彼は、花が目にみえて育っていることをしった。
 花の成長は、クラにとっても、喜ばしいことだった。ひとつの生命が発育してゆく様子をみまもることの歓びを彼は、はじめて味わった。
 最初のころ彼は、花が夜にもその命をたもちつづけることが、ふしぎにおもえてならなかった。彼が認識している夜は、いかなる生き物も生き延びることの不可能な世界だったのだ。
 しかし現実に花は、生き生きと咲きつづけている。
 夜にたいする考えかたが、クラの中でだんだん変化しだすにつれて、それにあわせるように彼の足どりもまた、しだいにゆっくりしたものにかわっていった。
 そしてためらいがちに彼が花のそばでついにその足をとめたのは、最初に花をみてからいったい何周星をまわってからのことだろう。
 たちまち地平線のむこうから、夜が姿をあらわした。
 それまで心のなかで培いつづけた、夜の恐怖がこのとき、彼のなかにふたたびあたまをもたげた。 すぐにもここからかけだして、明るい太陽のひざしの下にもぐりこみたい衝動にはげしくかられたクラを、その場におもいとどめさせたのは、やはり足もとに咲く、一輪の花だった。
 そして夜はやってきた。
 クラはじぶんのまわりに闇が覆いだすのを、恐々とした目でみまもった。心はふるえ、膝もまた、がたがたとふるえた。が、しだいに闇が、全身を包みだすにしたがって、肩の力がぬけていき、緊張がとけはじめた。
 クラは、闇がやさしくじぶんを抱きすくめるのを、意識した。そしてこのとき彼は、夜がつねにじぶんを追いかけていた意味を理解した。
 ――おれを迫害するためではなかった。むしろ反対に、安寧と、静謐をあたえようとしていたことがわかったとき彼は、まるで母親の胸でやすらぐ赤子のように、心からやすらかな眠りにおちていった。


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このストーリーに関するコメント

14/03/21 黒糖ロール

W・アーム・スープレックスさん

拝読しました。
今までの価値観を越境するきっかけが花というのが素晴らしいですね。
いい作品だと思いました。

14/03/21 W・アーム・スープレックス

黒糖ロールさん、はじめまして。

成長してゆく生命には、昼とそして夜が必要なことを、べつに念頭においていたわけではありませんが、結果としてそうなりました。
コメント、ありがとうございました。

14/03/25 朔良

W・アーム・スープレックスさん、こんにちは。
拝読いたしました。

太陽しか知らなかったクラが花のおかげで夜の安らぎを知る…。なんだか素敵ですね。
ちょっと星の王子様を思い出しました。

14/03/25 W・アーム・スープレックス

朔良さん、こんばんは。

『星の王子様』にも、いろいろな星の住人が登場しましたね。わたしたちはあの作品から多大なインスピレーションをあたえてもらっているような気がします。
コメント、ありがとうございました。

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