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黒糖ロールさん

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性別 男性
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凹凸太陽

14/03/21 コンテスト(テーマ):第五十三回 時空モノガタリ文学賞【 太陽のせい 】 コメント:4件 黒糖ロール 閲覧数:1604

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 空が白みはじめる頃、私は香織とつながっていた。
 ピストン運動をするたび、脳の奥まで強烈な快感が襲ってくる。甘く爛れた感覚に、背が自然に仰け反る。
 呟くように呻き、私は果てた。
 コンドーム型の着衣端末を外し、ティッシュで包む。脳内チップと性器の摩擦が連動して、何倍もの快楽を与えてくれる優れものだ。
 隣に目をやると、香織が悩ましい表情を浮かべていた。
「腋の下に鼻を入れてくるの、やめてよ」
「いい匂いがするからさ」
 そう告げると、香織は困った顔になり口を閉じた。私は彼女の髪を撫でて、軽くキスした。
 罪悪感と違和感が混ざり合ったものが胸のあたりで脈を打つ。愛情は確かにあるのに、体の繋がり以外楽しめなくなってきていた。


 朝食を一緒に済ませて、香織を送り出した。
 ひとりになった途端、室内が温度と明るさを失ったようになる。隅の空間の翳りが濃くなり、電化製品のかすかな音の存在感が増す。同時に、清々しい安らぎが心に湧いてきた。
 誰かと接していると、やけに疲れが溜まる。相手の反応を強く意識してしまう性格のせいだろうか。最近は特にひどい。
 癒しを求めて、デスク上のワイヤレスのヘッドマウント型端末を手に取った。ベッドに横になり、軽量ヘルメットのような端末を頭からかぶる。視界が真っ暗になった。
 電源を入れると、横長ディスプレイにメニューが表示された。瞬きと視線移動のジェスチャ入力で移動先を設定した。
 一瞬、意識が飛び――。
 周囲三六〇度を広大な草原で囲まれたカフェの入り口に、私は立っていた。
 写真集で見るような青空の下、雑草が行儀よく揺れている。透き通った陽光を全身に浴び、頬を撫でるそよ風に意識を合わせる。それだけで、疲れた心がほぐれていく。
 木製の扉を開けると、カウベルの音色が心地よく響いた。
 革張りのアンティークなチェアに腰かけ、カウンターを隔てた無人の空間に呼びかけた。
「今日も来たよ」
 マスターが虚空から現れた。彫りの深い整った顔立ちをした、四十代ぐらいの女性である。
「いらっしゃい」
 透き通ったマスターの声が店内に響いた。
「いつもの」
 注文したのは、私の脳内チップの癖に合わせて調整された、特別製の紅茶である。ゆっくりとマスターは紅茶を淹れた。
「どうぞ」
 紅茶に口をつけた瞬間、体全体に仄かな感動が染み渡り、世界が自分と密着している実感に包まれる。ここの紅茶を飲むと、自分と外界の間にわだかまる濁ったものがクリアになる。一口味わうたびに、恍惚としながら余韻に浸った。
 紅茶を堪能した後は、とりとめのない会話をマスターと楽しむことにしている。仮想通貨の強盗、ホログラムアイドルと若手俳優の道ならぬ恋、続いて、最近の恋人との関係に話題が及び、相談していると、
「ちょっといいかしら」
 珍しくマスターが話を遮った。
「もうここに来ないほうがいいわ」
 私は首をかしげた。
「このカフェの運営元は、脳内チップの開発会社なの」
 話の行き先がわからないまま、私は頷く。
「ここのドリンクを飲めば、脳内チップの報酬感覚が増幅されてしまう。言ってる意味わかるかしら」
 私は首を振った。
「あなた、中毒になりつつあるのよ」
「何を言って――」
「最近、脳内チップの感覚が途切れると落ち着かないでしょう。他人との接触が億劫になっているはず。たとえば恋人とか」
 立て続けに投げ込まれた内容に言葉を失う。香織の顔が思い浮かんだ。
「やっぱりね。ここにいて、何人もの中毒者を相手にしていて思うの。ああ、これがこの時代の植物人間なのかもしれないって」
 中毒者? 植物人間?
 長閑だったはずのやりとりの変調具合に、心が追いつかない。
「デジタルの太陽から放出される光を、脳内チップに流し込まなければ生きていけない。まるで、デジタルデータで光合成をする植物みたいでしょ」
 ようやく、マスターの言いたいことがわかってきた。
 ふいに、ある男の姿が脳裏に浮かんできた。巨大な機械仕掛の球体があり、デジタルデータを放射している。そのデータを全身で吸収しながら、恍惚とした表情で跪く男。
「まあ、もう元には戻れないでしょうけど」
 突き放すような言葉が耳に届き、信じられずマスターの顔を見た。質の悪い冗談に対する不快さと、もしかしたらという不安が一塊になって心に沈殿していく。
 今になって、目の前の女性が少し骸骨に似ていることに気づいた。
「ごめんなさいね。これが仕事だから。でも、ときどき告白したくなるの。……謝るべきかしら?」
 マスターの微笑みに寒気を覚えて視線を外した。
 窓の向こうで、つくりものの太陽の日差しが、ぎらぎらと照りつけていた。


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このストーリーに関するコメント

14/03/22 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

脳内チップによる仮想空間が人に及ぼす副作用が中毒というのは、
今はまだそこまで社会は進んではいないものの、
ネットがあっというまに普及した現実を考えれば
なんだか真実味があるSFだと思いました。面白かったです。

映画「トータルリコール」を思い出しました。

14/03/23 黒糖ロール

そらの珊瑚さん

オンラインゲーム中毒やSNS疲れに、既に見られる気もしてます。
今回はネガティブに表現していますが、わくわくすることでもありますね。
トータル・リコールですか。
今古典SF(?)を読んでるので、影響受けてるかもしれません(笑)
後味悪めの作品ですが、楽しんでいただけたようでよかったです。

14/03/25 草愛やし美

黒糖ロール様、拝読しました。

凄い世界ですね、脳内チップで支配されている仮想の世界。住めば極楽のように思ったのですが、違っていたのですね。仮想の世界に生きていれば楽しい、怖いものもない、楽に生きられる――そんな中毒の若者が増えている現状があります。怖いことだと感じないままで、世界は確実に何かに浸食されているのかもしれませんね。SFながら、現代社会への警告のように思いました。
設定が素晴らしく、ぐいぐいと作品に引き込まれていってしまいました。面白かったです、ありがとうございました。

14/03/25 黒糖ロール

草藍様

実は私、仮想の世界は大好きで未来が楽しみだったりします。
また、中毒になりつつある一人かもと考えたり…。

SFもファンタジーも現実とは完全に切り離せないものですね。

こちらは読んでいただいた身ですので、
お礼をいただくと恐縮してしまいます(笑)
ありがとうございました。

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