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タックさん

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死んだ勇気と生き続ける臆病

14/03/17 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:6件 タック 閲覧数:1199

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――岩の上から、あるはずの存在が消えていた。初めから何もなかったら、そんな考えが浮かんだが、川の一角が、皆の顔が、僕を現実に引き留め続けていた。
 ナナは泣いていた。サチは震えていた。コウジは無表情だった。僕は、僕はどんな顔をしていたのだろう。確かめたくとも自分で自分を窺うことは出来ず、脅える心で判断するしか、術はなかった。
 僕らの乗る大きな岩の下、透き通る鳴美川の浅瀬。その一カ所に、落ちたばかりの……。
 倒れそうになる体をコウジが支えてくれた。四人は黙って家に帰り、誰にも、何にも話すことなく、匂いのない日常を過ごし、そして、……発見されたユウスケは、事故死と判断された。警察が発表し、皆が、ユウスケの親でさえ、そう信じた。
 それが違うことを、僕たちだけが知っていた。その場にいた影法師の僕たちだけが、黒く陰険な真相を胸に抱え続けていた。ユウスケは、事故死なんかじゃない。

――僕たちが、殺したようなものなんだ。

 あの日、小学六年生の初夏。ユウスケの胸にどんな決意が芽生えていたのか、今となっては知る由もない。

 半日授業でまるまる空いた午後。ユウスケは僕たちの元を訪れた。集合場所に使っていた廃屋はよく話題に出していた所だったから、ユウスケも目星がついたのだと思う。おずおずと近づいたユウスケは、一緒に遊びたい、と小さく申し出た。その言葉に、僕たち四人、それぞれの表情に発露した共通の感情は、うっとうしい、だった。ユウスケは暗く、引っ込みがちな性格で、クラスに友達が一人もいない生徒だった。だから、後々付いてこられては困る、と僕たちは小声で話し合い、コウジが代表して断ったのだが、ユウスケの意志は珍しく固く、何度も乞うように頼み込んできた。
 その姿勢に妙な空気が漂う中、僕は事態を改善させようと、一つの提案をした。その案は刺激に満ち、皆を満足させるものだった。了承を告げたときの、ユウスケの喜んだ表情が未だに忘れられない。あの笑顔が、今も僕の胸を悔悟の矢で痛めつけている。


――ここから飛べば、仲間にしてやるよ。

 コウジの言葉に、ユウスケは明らかに怖じけづいていた。背後の僕たちはニヤニヤと意地悪く笑み、成り行きを傍観者のように見守っていた。

 僕たちは自転車で鳴美川に向かい、秘密の場所に、ユウスケを案内した。それは河原の上に鎮座している大きな岩であり、岩頭は、子供なら幾人かが乗ることのできる面積を誇っていた。岩の上から見る川は高く、怖がりのナナを筆頭に僕たちは身を乗り出すことさえできず、ましてや飛んだことなどあるはずもなかった。

――私たちはみんな飛んでるのよ。意気地なしは、仲間に必要ないの。

 サチが高慢に言い放ち、ユウスケの背中を軽く押した。背中を震わせたユウスケは振り向き、引きつった笑みを浮かべた。その臆病さは僕たちに一つの高揚をもたらし、悪意ある助長を促した。
 
 飛べ、飛べ、飛べ! 今も耳に残る声。岩頭に、四人の声援を擬した罵声がこだましていた。優しいナナでさえ、小さく口を動かしていた。――僕たちは、ユウスケに諦めさせようと思っていただけだった。飛べず、尻もちをつくユウスケ。それを嘲り、嗜虐心を満たした後で、別れようと考えていただけだった。

 陽光に輝いた眼鏡の縁。その奥の瞳は、僕たちに対する信頼と希望を湛えているように見えた。僕は、声を出すことが出来なかった。ナナの、微かな悲鳴が聞こえた。姿勢を戻し、静かに、コマ送りのように沈んでいったユウスケの体。衝突音が、岩の上まで鈍く届いた。最初に動きだし、河原を見下ろしたコウジの震える手が、僕たちにすべてを悟らせた。鼓膜をつんざくサチの絶叫に押されるように、僕はふらふらと進み、そして、赤の混じった、穏やかな清流、その傍の、ざくろのような頭を……。

――クラス全体で出席した葬儀に、ナナの姿はなかった。サチの顔はあの日と同じく蒼白に固まり、コウジは、いつもと変わらぬ冷静さを保っているように見えた。
 
 葬儀が終わり、クラスが先生の引率で帰宅の途に着こうとしていた時、弔問客の間から駆け寄る小さな姿があった。ユウスケのお母さんが、赤く充血した目の、悲しい微笑みで、僕たちを見据えた。

「みんな、ユウスケのためにありがとう。ユウスケも、きっと天国で喜んでいるわ」

――そう言われて、僕たちはどんな顔をすればよかったのだろう。どんな言葉を、返せばよかったのだろう。

――ユウスケを転落させたのは僕たちです。僕が、発案したのです――

 間近にいた僕は、目を伏せただけだった。胸中で謝罪を繰り返し、口と心を閉ざしたまま、その場を去っただけだった。――苦痛と後悔は、成人した今もずっと僕を蝕み続けている。あの日の罪悪は、僕たち四人を今も離れさせたままでいる。


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このストーリーに関するコメント

14/03/19 タック

OHIMEさん、コメントありがとうございます。

いじめ、というのは物凄く生々しい、混沌としたものだと思います。これだけ問題が取りざたされながら、未だに改善論らしいものも生まれず、結局は弱いものがうまく受け流すことしか現状方法はありません。そんな中で、いじめにはこう立ち向かえ! やいじめを防ぐには〜、などと言ってみても実行できず、空しいだけだと思うんです。だからいじめは仕方ない、というつもりは決してありませんが、周囲が知覚したときには致命的になっていることもまた事実です。結局、私にはもっともらしい説教を出来るだけの自信や知恵がないだけなのかもしれません。よろしければ、またご一読ください。ありがとうございました。

14/03/22 光石七

拝読しました。
ぞっとするような、悲しいような、現実にありそうなお話。
勇気を出して事実を告白しない限り、主人公たちは解放されないでしょう。
罪悪感が完全に消えることはないにしても、本当の謝罪をしたほうがいいと思います。
読み応えのあるお話をありがとうございました。

14/03/24 タック

光石七さん、コメントありがとうございます。

やはり、思いを吐露しない以上、彼らの中に罪悪は一生残り続けるのでしょう。告白するにはもう遅いかもしれませんし、許しを得られるはずもないですが、罪は本人たちの中だけに留めていい類のものではありません。白日の下が、ふさわしい場所なのだと思います。

よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

14/03/28 草愛やし美

タック様、拝読しました。

生涯消えることのない十字架を背負ってしまった少年、少女たち、このことは永遠の秘密……誰もが暗黙のうちに結んでしまった鎖のような協定でしょうね。人をからかうことあります。子供にとって悪意でなく、ほんの悪戯心だけだった。
誰しもこういう悪戯心を持った経緯があるのではないかと思います。いじめは初めは軽い気落ちで、それがエスカレートしていくことが怖いです。居たたまれない話に身につまされました。
読み終わって、このタイトルに唸りました。生き続ける臆病、勇気を持てればどんなによいのにと思います。

14/04/01 タック

草藍さん、コメントありがとうございます。

いじめの恐ろしいところはそこだと思います。何でもそうですが、刺激に慣れてしまうと次の刺激を欲してしまう。すると今までのいじめが軽いものに思えてしまい、いじめをいじめとして感じなくなってしまう。後悔したときには、もうどうしようもない場所まで到達してしまっている。恐ろしいことです。

タイトルまで褒めていただき、本当に嬉しいです。よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

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