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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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人間風車と呼ばれた男

14/03/17 コンテスト(テーマ): 第二十七回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1217

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 最近ちょくちょく、おやじといっしょにちかくの居酒屋にのみにいくようになった。
 昔は堅物で、子供たちとろくに言葉をかわすこともなかったおやじだが、やっぱり年のせいか、たまにはこうして息子とコミュニケーションの場をもうけるようになっていた。
 のみにいく店はきまっていて、家からそう遠くもない、横町の、焼き鳥のうまい飲み屋だった。
 焼き鳥の煙がおしよせるカウンターにならんですわり、まずはビールで喉をうるおしてから、話がのるにつれて、日本酒にうつるというのがいつもの我々親子のコースだった。
 おやじはちかごろ、物忘れがひどく、さっき言ったことも忘れてしまい、いくらおもいだそうとしても、なかなかでてこなくてあきらめてしまうことがよくあった。
 だからぼくは、おやじがいちばんおぼえている話、好きな話題を、なるべく酒の肴に選んでもちだすようになっていた。
「父さんの若いころのプロレスって、いまとはずいぶんちがっていたんだろ」
 当時のおやじは、プロレスだけはかかさずみていた。ぼくの子供のころの記憶のなかにも、プロレスが放映される時間になると、家族みんながあつまってテレビ画面に釘づけになっている光景がやきついている。
 なかでもおやじが一番熱心で、外人レスラーが目にあまる反則をくりかえしたりすると、握りこぶしをふりあげて怒っていた。
 そんなおやじの影響をうけてか、 そのころのぼくにとってプロレスの四角いリングは、鍛えあげたレスラーたちが、真剣にたたかいあう闘技場にほかならなかった。
 ぼくがおやじといっしょにみた当時のプロレスは、いまおもいだしてみても迫力満点で、レスラーたちがその巨体と巨体をぶつけあったり、激しい技をかけあったりする姿に、ハラハラ、ドギドキしたものだった。
「そりゃ、あのころは、すごいレスラーたちが目白押しだったもんな………」
 プロレスの話に水をむけるときまって、おやじは酒をぐいとあおり、言葉に力をこめて話だすのだった。
「そのなかでも、一番というのは、だれだい」
「たったひとりをあげるのか………」
 ぼくにはそのたったひとりのレスラーがだれかが、きかないまえからわかっていた。これまでおやじの口から耳にタコができるほどきかされていたが、おやじはそのレスラーにたどりつくまえに、必ず2人のレスラーをもちだすのが常だった。
「やっぱり神様ゴッチかな………いや、ルー・テーズがいたぞ」
「ジャーマンスープレックスと、バックドロップの名手だね」
 当時の著名なレスラーたちは必ずといっていいほど、得意とする必殺技をもっていて、ファンはその技のすばらしさに心を奪われ、魅了された。
 おやじは、すでにアルコールでとろんとなった目を、そのとき大きくあけて、
「いや、まて。あとひとり、びっくりするほどすごいのがいた。これを忘れちゃいけない。ええと、なんて言ったかな………バーン、いや、ブル―――ちがうな、ちくしょう、名前がでてこない」
 なんども首をひねるおやじをみかねて、ぼくが助け舟をだすのはこのときだ。
「得意技は?」
 それにはおやじは、まえにさしだした両腕を肘のところで内側にまげて、なにかをかかえるようなしぐさをみせた。
「こうやって相手の腕を背中ごしにとらえると、じぶんのからだを後方に大きくそらせて、エイとうしろに投げるんだ。―――おっと、失礼。きまったときはほんとに見事で、まるで芸術作品だったな。この技をくらったら、どんな相手だって、後頭部をマットにたたきつけられて、そのままたまらずフォール負けだ。あのゴッチにしたって、なんとかかからないように苦労していたよ」
 いまおやじが失礼といったのは、その技を実演しようとしておやじがからだをそらしたとき―――もちろんそこまでだが―――ちょうど背後をとおりかかった客にあたってしまったからだった。話に夢中になっていたおやじもぼくも、その客がおやじの隣に腰をおろしたのにも気がつかなかった。
「これまでいろいろ、すごいレスラーが来日したが、あんなすばらしいレスラーははじめてだった。新しくできたプロレス団体にきたんだが、そこにも強いやつはいたが、そのレスラーの磨き抜かれたテクニックのまえでは、まるで子供あつかいだったよ。あれこそナンバーワンだ」
「いま父さんがやってみせたの、たしか、ダブルアーム・スープレックスじゃなかった?」
「そうだ、そうだ、そのダブルアーム・スープレックスだ。まてよ、もうひとつ、呼び名があったぞ………ええと」
 またおやじは、のど元まででかかっているレスラーの名前を、おもわず指をつっこんでひっぱりだしたそうになった。
「そのうち、おもいだすさ」
 ぼくはおやじのコップに、酒をついだ。おやじは焼き鳥を、その酒をのみのみ、前歯でかじりだした。
 ぼくもすこし酔ってきたようだった。おやじもまた、息子を相手のプロレス談話に、すっかり機嫌よくなり、それからもなんども、ナンバーワンは、あの男だ、ナンバーワンはあの男だと、その言葉をくりかえした。
 ただ、あいかわらずその男の名前がどうしてもおもいだせないのがもどかしくて、天井をみあげては、ぶつぶつとむなしくつぶやいていた。
 すると、隣にいた客が、たちあがった。生ビールの大を3杯ほど空にしたあとのことだった。
 おやじが両手を打ち鳴らして、店内にひびきわたるような声を張り上げたのは、そのときだった。
「―――人間風車。そうだ、そうだ。人間風車だ。あれが世界一だ」
 すると、かえりかけていたその客が、ふと足をとめて、おやじの肩に、やさしく手をあてた。
「サンキュー」
 それが外人だったことに、ぼくははじめて気がついた。年はいっているが、みあげるばかりの巨体で、半袖から伸びた腕は、目をみはるばかりに逞しかった。
 おやじもぼくも、だれだ、あれはときょとんとした顔をみかわしているあいだに、その外人客はのれんをくぐってでていった。

 昭和四十年代、ダブルアーム・スープレックスをはじめて日本で披露し、ぼくとおやじの目を、いや全国のプロレスファンの目をテレビにくぎづけにしたプロレスラー、ビル・ロビンソンが、2008年までの約10年のあいだ高円寺に住んでいたのをぼくがしったのは、それからだいぶたってからのことだった。あのときおやじにサンキューといったのがだれだったかはいまでもさだかではないが、おやじとぼくが飲んでいた店が高円寺にあって、年代もちょうどそのじぶんだったことだけはたしかだった。

 ( 今年の3月3日に亡くなられたビル・ロビンソンさんのご冥福をお祈りします )


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