1. トップページ
  2. 闇に眼を凝らせば

泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

投稿済みの作品

10

闇に眼を凝らせば

14/03/10 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:19件 泡沫恋歌 閲覧数:2514

この作品を評価する

 あの子の声が聴こえる。
 闇の向うからあの子の泣き声がする。
 勇気さえあれば女の子は死なずにすんだのかも知れない。後悔で胸が張裂けそうだった。
 私はベッドの中で眼を凝らして闇と対峙する。

 十五年連れ添った夫と離婚調停中だった。
 私たちは子無し夫婦だが、夫と共同でデザイン事務所を経営していた。街のタウン誌や店舗のパンフレットを作る会社で、夫が営業や外注などを手掛け、私は経理や校正などをやっていた。二人三脚で会社も順調だったのに……夫が仕事を依頼していたイラストレーターの若い女と浮気して妊娠させたのだ。
 夫は子供ができたが、その女と結婚する気もないし、相手の女もそれを望んではいない、妻とは絶対に離婚したくない。だが、生まれたら引き取って育てたいというのだ。
 なんて虫のいい話なの? 身勝手な夫の言い分に腹を立て私は家を出ていった。アパートを借りアルバイトしながら離婚の準備をしていた。
 夫から何度も戻って欲しいと懇願されたが聴く耳もたない。私に子供が産めないからって若い女を妊娠させたことが絶対に許せない。十五年暮らした夫とその生活に未練もあるが子供を産めない女の意地だった。

 アパートは和室六畳とキッチンだけの単身者向きだった。引っ越しして感じたのは壁が薄いこと。隣の部屋は夫婦と子供が住んでいるようだが騒がしかった。特に子供の泣き声と大人の怒号がよく聴こえてくる。ドンとかバンとか壁に何かをぶつけたり、床に叩きつけるような音がして、子供の叫び声がする。
 ひょっとして虐待かと思ったが、ここは借り住まいで離婚が決まったら慰謝料でマンションを買う予定だったので物騒な隣のことは無視した。

 夕方、仕事から帰ったら部屋の前に子供が蹲っていた。
「どうしたの?」
 無視しようかと思ったが、つい声を掛けてしまった。五歳くらいの色白でクルッと目の大きな可愛い女の子だった。
「ママを待ってるの」
 まだ三月で外は寒い。その子は薄物のTシャツとスカートに裸足だった。その寒々しい格好に思わず、
「おばちゃんの家で待ってる?」
 私の部屋に招き入れて、温かい牛乳と菓子パンを与えた。お腹を空かせていたらしくガツガツ食べた。女の子を観察すると風呂に長く入ってなさそうで汚れている。頬に殴られたような青痣と足にもたくさん傷があった。コップを持つ手の甲には煙草を押しつけたような火傷の痕が……。
 ――間違いなく、この子は虐待されている。
 大変なものを見てしまったという動揺の方が大きかった。
「おばちゃん、ありがとう」
 お腹が膨れて満足そうに女の子が微笑んだ。
「その傷はママに叩かれたの?」
「……違う。転んだの」
 とても転んだ傷とは思えない。ママを庇っているのだろうか?
「あたち、ディズニーランドへ行ったことあるよ。パパとママと行ったの」
 そんなことを喋りだす。
「ミニーのハンカチ持ってる」
 クシャクシャのハンカチを見せた。
「パパが買ってくれたの。本当のパパだよ」
「今のパパは本当のパパじゃないの?」
 その質問に女の子の表情が引き攣った。

 外で呼び声がして、女の子が慌てて飛び出していった。ドアを開けたら、髪を引っ張られて女の子が隣の部屋に入るところだった。
「……寒そうだったので中で待つように私が言いました」
 怖い顔で女が睨んだ。
「うちの子に余計なことをしないで!」
 連れのガラの悪い男にいきなり胸倉を掴まれた。
「コラァー! てめぇぶっ殺すぞ!」
 凄い剣幕で脅されて私は震えあがった。
 この家族とは、二度と関わり合わないでおこうと決心した。

 その夜、怒鳴り散らす声と子供の泣き叫ぶ声が隣から聴こえてきた。
 また虐待されていると思ったが怖くて警察に通報できなかった。私は耳を塞いで布団を被った。翌朝から急に静かになったと思ったら、隣の住人は家賃を滞納して夜逃げしたらしい。
 一週間後、管理会社の人が片付けに部屋に入ったら、押し入れから毛布に包まれた少女の死体が発見された。
 うちに警察が事情聴衆にきた。少女が虐待死だと聞かされて、私はショックで倒れてしまった。
 夫が見舞いにきてくれた。ひと月振りに見る彼は憔悴し切っていた。手切れ金を渡して女と別れたが子供が生まれたら引き取るという。男手では育てられないので赤ん坊を里子に出すらしい。会社は自分一人では立ち行かないので整理して残った現金を慰謝料に支払うと約束してくれた。――深々と頭を下げ、署名捺印した離婚用紙を置いて帰った。

  
 虐待を知りながら通報しなかった私は罪人だ。そんな私が夫を責められるのか? 生まれてくる命に罪はない。
 闇に眼を凝らせば、奪われた小さな命が見える。
 朝になったら夫に電話することを決めた。二人で赤ん坊を育ていこう、それが私の罪滅ぼしだ――。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/03/10 泡沫恋歌

画像はフリー画像素材 Free Images 1.0 by:~Xu 様よりお借りしました。http://www.gatag.net/


児童虐待の話ですが、大人たちの無関心が小さな命を奪っているのかも知れません。

社会から虐待がなくなりますように願いを込めて。

14/03/10 笹峰霧子

いたいけな子供への虐待は胸が傷みます。
だけど他人にはどうするすべもなく、見過ごすしかありませんね。
そんなとき、無力な自分を責めてしまうのですね。

他の女に産ませた子供を引き取って育てる気持ちになったのも
そういう場面を目にして何もできなかったことへの償いの気持なのでしょうか。

14/03/10 草愛やし美

泡沫恋歌様、拝読しました。

難しい問題ですね、虐待だとわかっていても、いざ、通報となると、二の足を踏んでしまう。もし、間違っていたら、あるいは、報復されるのではないか、よそ事だと割り切ってしまう人も多いのが現実かもしれません。
子供のいない彼女、しかも、仮住まいの立場であれば、通報ということを選択するが困難だったのでしょう。他人は簡単に勇気と言いますが、言うは易し、行うは難しだと思います。
いい旦那様ではないですか、普通だったら、浮気相手と一緒になりそうなのが普通なのに……、きっと浮気だけだったのでしょう。主人公の女性へエールを送ります。「大変辛い経験だったでしょうが、頑張って子育てすればきっと笑顔も戻ってくると思いますよ」

14/03/11 ドーナツ

子供の虐待、増えてますね。
警察や役所へ相談しても、聞いてもらえなかったとか、近所も見て見ぬふりとか、

周りの大人がもっと真剣に取り組まないとなくならないと思います。

この作品の主人公のように、通報しなかったという人も多いと思います。
こういう問題と立ちむかう勇気が必要だなと読みながら思いました。

14/03/11 泡沫恋歌

笹峰霧子 様
コメントありがとうございます。

いたいけな子供への虐待は絶対に許せませんね!

私はテレビのドラマや小説でも、子供が親に虐待されてるシーンでは泣いてしまいます。
もう辛くて観てられなくなるんです。

この主人公のように知ってて見て見ぬ振りをする大人は多いと思う。
小さな命を守れる社会になって欲しいと思います。

14/03/11 泡沫恋歌

草藍 様
コメントありがとうございます。

虐待だと気づいていても、通報するとなると勇気が要ります。
子供に虐待をするような親は元からマトモではないので、仕返しされないかと・・・
この物語の主人公のように怖いと思います。

もし同じ立場だったら、自分だって二の足踏みますもん。

主人公の女性は夫の子供を大事に育てることで少しでも、助けられなかった命へ
の罪滅ぼしと考えているようです。

14/03/11 泡沫恋歌

ドーナツ 様
コメントありがとうございます。

虐待は当然、やるほうに問題がありますが、それより重要なのはそれを社会が
見逃さないというシステムだと考えています。

子供の様子がオカシイなあ、なんかヘンだと思ったら、危険な親から一日でも早く
引き離すための施設やそれに関わる職員がもっと必要だと思います。
それと、虐待してしまう親へのメンタル面でも支援などもね。

この作品を通してそういうことを感じてくだされば嬉しく思います。

14/03/11 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

しつけと称して子供を虐待することはれっきとした犯罪であると
もっと社会が認識しなければいけないと思います。
虐待死で未来のある子供の人生が失われてしまうことは
本当に悲しいことですから。

通報ということはとても勇気のいることですけれど、
もしかして? と思ったらすべきだとこの話を読んで痛感させられました。

14/03/11 朔良


そらの珊瑚さん、拝読いたしました。

胸がつぶれるようです。
児童虐待は悲しく、そして難しい問題だと思います。
友人に教育関係の人が多いのですが、子ども自身が親をかばうし、うまく関わらなければかえって悪化してしまう可能性があるだけに、救いの手を差し伸べるのが本当に難しいですよね…。
小さな善意を悪意で返されてしまった主人公が、関わりを持ちたくないと思うのも無理はない、でも、あの時勇気が持てたら…。後悔する気持ちが痛いほどわかります。
深く考えさせられる話でした。

14/03/12 泡沫恋歌

朔良 様、コメントありがとうございます。

今回は真面目に児童虐待について書いてみました。

実は児童虐待について、他にも前から書いています。
ある意味、児童虐待を無くすための創作はライフワークとも考えています。

私の作品を通して、少しでもそういう現実があることに眼を向けて貰えたらいいなあー
と、考えています。

世界中から「児童虐待」が無くなれ!
それが創作者、泡沫恋歌の願いでもあります。

14/03/15 鮎風 遊

虐待は大きな罪、それを知ったらやっぱりすぐ通報でしょうかね。
しかし、それが出来なかった事情もわかります。

深い罪滅ぼしだと思いました。

この時代が日常的に抱える問題をえぐり出した良い作品だと思います。
意味深かったです。

14/03/15 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様
コメントありがとうございます。

コメント返し、前後してしまい申し訳ありません。

虐待は社会に潜む暗部です。
ぜひ、その部分に光を当てて虐待されている小さな子供たちの命を救ってあげたいと
切に願うばかりです。

小さな子供が泣いてる国は、いくら先進国でも繁栄していても・・・不幸な国だと思います。

14/03/15 泡沫恋歌

鮎風 遊 様
コメントありがとうございます。

虐待は大きな罪です。
それを知っていたら即通報でしょうが、やはり勇気がいると思いますよ。
誤報だったらどうしよう? 後で仕返しされないかとか・・・。

この主人公も勇気がないばかりに小さな命を救えなかった罪を
一生背負って生きていかなければならなくなったのです。

児童虐待は大きな社会問題だから、行政の手で何んとか救って欲しい!

14/03/22 泡沫恋歌

OHIME 様
コメントありがとうございます。

見ていても、知っていても・・・なかなか通報には勇気が要ります。
どうしても通報という言葉には後ろめたさがつきまといますから・・・
一般の人間にはすごく勇気がないとできません。

「人の弱さも強さも肯定し、せめてこういう事件が減ることを願うばかりです。」
まさに同感です!

ただ、虐待した親を責めるだけではなく。
なぜ、そうなってしまったのか?
深い部分で弱い人間の心を支えてあげないと虐待は無くならないと思います。

子供だけではなく、親も救ってあげないといけませんね。

14/03/23 光石七

拝読しました。
『続・氷点』をふと思い出しました。
生まれてくる命に罪はない、同感です。
ラストで主人公が出した勇気に拍手を送ります。

14/03/23 泡沫恋歌

光石七 様
コメントありがとうございます。

虐待を救えなかった女の子への罪滅ぼしと、自分の犯した罪に対する悔悛
として、
主人公は夫の不倫の子どもを育てていく決意をしますが、こうでもないと・・・
憎い女の子どもは育てられないし、夫も許せないと思う。

苦しい判断だけど、生まれてくる子に罪はないので大事に育てて欲しいですものね。

14/03/23 gokui

 読ませていただきました。
 私がこの主人公の立場なら、隣の怒鳴り声におびえて逃げ出してしまい、子供が虐待されていることにすら気がつかないでしょう。今、世の中は私のような弱い人間が多数なのでしょう。ですから、人とのコミュニケーションが大事なのですね。一人では弱くても集まればなんとか出来ると思いますから。

14/03/24 泡沫恋歌

gokui 様
コメントありがとうございます。

普通の人はみんな臆病だと思います。
子供を虐待するような人間はそれだけで狂っているし、そんな奴に関わり合うのも
ましてや、注意なんて絶対に言えませんよ。

それでもみんなが集まれば、きっと勇気が湧くと思うし、そう信じたい。

ログイン