浅月庵さん

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隣人A

14/03/09 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:1件 浅月庵 閲覧数:1210

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 このマンションに引っ越して来て二週間が経つ。忙しい私にとって自宅は単に寝る場所としか考えていなかった。
 今私にとって重要なのは仕事のみで、職場の鈴原さんに期待されているんだからより一層気合いを入れなきゃいけない。
 朝の九時。自宅を出ると、丁度隣の住人と鉢合わせする。私はその会社員の男性におはようございますと礼儀で挨拶するし、向こうからも返ってくる。だけど、その程度の隣人の名前なんて覚えているわけがない。引っ越して来た時挨拶はしたけど、秋山だったか朝倉だったか定かじゃない、別に重要じゃないから。
 私の仕事は古着屋の店員で、中学生の頃からずっと洋服屋で働きたいと思っていたので夢が叶っているし、鈴原さんに海外での買い付けも任されている。自分の目で選んだ良品しか取り扱わないお店で、単独で私が買い付けを許されているのはそれだけ信頼されていることに繋がっているし、その期待に応えようと思う。今週末もパリに一人で行く予定だ。

 ――仕事終わり。私はカフェでお茶をしながらファッション雑誌を眺める。常に勉強の毎日で、暇さえあれば洋服のことばかり考えている。
 私が入店して間もなく、お店に一人の男性が入って来た。そのグレーのスーツと顔に見覚えがある。彼は私の顔を見つけると軽く会釈をするので、私も軽く頭を下げる。彼は私の後ろのボックス席に着いたみたいだ。
 彼は......名前も知らない隣人A。朝も鉢合わせして、同じカフェにも入るなんて、そんな偶然あるんだな。

 週末。私はパリへ飛ぶ。事前に調べていた、80年代に流行った洋服を専門に扱っているショップを中心に見て回る予定だ。服屋だけじゃなく、パリ独特、海外独特の雰囲気も味わって、新しい風をお店に取り入れられたらいいな。
 飛行機に搭乗し、指定された座席に腰を下ろすと、その隣の席に腰を下ろした男性がこちらを見て言う。「おはようございます」
 おはようございます? 私はその男性の顔に目をやると、それは私服姿の隣人Aだった。え? なんで隣人Aが同じ飛行機に乗ってるの。
「おはようございます。結構お会いしますね」私は精一杯の笑顔で対応するも、内心なんだか気味が悪いなと思っている。「そうですね。まさかこんな所でお会いするなんて、奇跡的ですね」隣人Aも笑う。

 パリに行った二週間後。今度はロスへ飛ぶ。その間にも隣人Aとはスーパーやコインランドリーや郵便局、家電量販店や職場に出かける家の前でことごとく鉢合わせするし、隣人Aもこれだけ行く所が一緒だとびっくりですねって苦笑いしている。
 ......飛行機に搭乗する。私は荷物を共用の収納棚に入れると、隣の席に誰が座るのかそわそわしながら待っていたが、幸い隣人Aではないようだった、良かった。
 今までのは全部、偶然すぎる偶然。奇跡が重なり合った鉢合わせだし、さすがに海外行きまでまた被るなんてことは無いだろう。私はそう考えていたし、そう考えるのが普通だと思う。
 だけど、ロスに到着してホテルにチェックインして部屋に入ろうとしたところで、また聞き慣れた声が耳に届く。
「あれー? 嘘だー!」
「あ、あなたは......」私はその声の主の顔を見て凍り付く。
「ちょ、ちょっと僕も驚きなんですけど。まさか伊藤さんとロスでもお会いするなんて」
「え、えぇ。本当にびっくり」私は反射的に後ずさりしてしまう。なんでロスでも鉢合わせして、しかも......。
「しかも隣の部屋だなんて、奇跡ですね!」隣人Aは無邪気に笑う。心から偶然を楽しんでいるようにも見えるが、ここまでくるともう、わざととしか思えない。
「......」私は声を出せない。心臓が鼓動を早め、私は近寄ってくるAから距離を置こうと必死だ。呼吸が荒くなってくる、怖い、私は恐怖を感じている。
「もうこれは奇跡っていうより......」
「......」この男は一体......。
「運命ですね」Aの三日月型に歪んだ笑顔を見て、私は耐えられなくなって失神してしまう。突然、意識が電源コードを引っこ抜いたみたいに遮断され、目の前が真っ暗になった。

 私は病院に搬送された。失神した原因は、過労と精神的ショックによるものだとお医者さんに告げられた。精神的ショックは間違いなくあの男によるものだろう。
 私は溜め息をつく。どうしてこんなことになってしまったんだろう、あの男は一体、私を付け回してなにをしたいんだろう。思い出すだけで震えが止まらない。
「あのー、僕も急に調子悪くなって来ちゃって」隣から声が聞こえる。私は首をゆっくり捻って隣のベッドに横たわる男性の顔を見る。「僕も病院に搬送されちゃいました」
 意識を取り戻したばかりなのに、再び私はブラックアウトしそうになる。
 隣人Aはどこまでも“隣人”Aらしい。


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このストーリーに関するコメント

14/03/10 クナリ

なんらかの特別な関係となるのだろうか…と思いきや延々平行線であり続け、交わってロマンスを生んだりしないままエンディングまでいく二人が、実に面白かったです。

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