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むあさん

ほっこりする短編を書くのを常に目標にしてます 小説家になろうにて主に執筆していますが、何か思いつくとこっちにも投稿します。未熟者ですが、書くことは人一倍好きで人一倍時間を費やします。

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将来の夢 大切な何かを見つけて、のんびりゆったりモノガタリをかきながらの暮らすこと。誰かを救える人になりたいです。
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雨の中のオトシモノ――やりなおし部屋の奇跡

14/02/26 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:0件 むあ 閲覧数:995

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 ぽつり


 ぽつ、ぽつぽつ




 雨が、青年の服を重く冷たく濡らしていく。
 空を見上げれば、灰色の雲の中から、落ちてくる思いのほか大きな雫が目の中に入り視界がぼんやり霞んでいく。
 ぐにゃりと曲がる視界の中に、何か光るモノが落ちてきたことに気がつき、左腕で目元を拭って見返した。

 それは、小さな、とても小さな、人間の形をした、イキモノだった。



 ――進学に失敗した。

 たったそれだけだと、父親には罵倒されたし、母親には来年頑張ればいいと上っ面の励ましを受けつつ彼はもう一年の勉強を経て受験気に差し掛かった。しかし、そのタイミングで仕事中毒の父親が倒れ、母親に進学は諦めてほしいと打ち明けられた。

 人生の挫折の挽回期にやってくる、家庭の事情と本当の意味での夢の諦め。

 何が悪かったのか。
 今までのこの一年は一体なんだったのか、青年は何度も何度も考えたが答えは出なかった。未消化のままなこの気持ちをどこに吐き出せばいいのか。季節外れの就職活動の開始に、絶望しか見いだせず公園のベンチに腰掛けて深く息を吐いた。

 そしてそんな彼に追い打ちをかけるように、雨は涙を抑えきれずにこぼし始めた。
 この際だと奮発した革のコートにじっとりと水気がしみ込んでいき、つくづくついていないと、頭を抱える。

 その時、雨の中で彼が見つけた落し物は、立ち上がり驚いている彼の左手の中で、大きく背伸びをして瞳を開けた。



「君、元気ないね」
「……嘘、だろ」
「なんのことかな」
「……嘘だ」
「さっきから嘘、嘘って。君は真実を真実として受け入れることもできないんだね」

 突如現れた小人は、大きな瞳を彼に向け、憐みの視線を送り始めた。事態をなかなか把握しきれていない彼は、ただ左手の上のその存在を拾ったことに後悔する。こんな物騒なもの、落ちてくるからって放っておけばよかった。そんな彼の心を読み取ったのか、小さな顔は途端に赤く紅潮し、眉を吊り上げ彼をその小さな指でさした。

「私が落ちてきたのは、君がいたからなんだよ!知らなかったの!?」
「俺が、いたから?」
「もう説明はいいよ。始めるよ」

 小人の言葉を最後に、青年はこの本降りになった雨の中、忽然と姿を消した。


――


 青年が次に目を開けると、そこは真っ白な世界だった。声しか聞こえないが小人いわく、「やり直しの部屋」らしい。
 不運な彼に神と呼ばれる存在が与えた挽回の機会がこれらしい。彼は小人の言葉を注意深く聞くことにした。

「この部屋には扉が三つあります」
「その扉はそれぞれ、貴方がやりなおしたいと心から願う瞬間をやり直すことができる魔法の扉です」
「どれも、覗いて体験できます」
「でも最後に選ぶのは一つだけ。選べるのは一つのみです」

 小人の言葉に、青年は頷き、そのまま目の前にある三つの扉をみやった。
 一つは緑の落ち着いた雰囲気の物、二つ目はワインレッド、そして三つ目が純白の扉だ。彼は何かを言うこともなく、生唾を飲み、前に進み出て――

 ゆっくりと扉をくぐった。


 一つ目の扉の先にはあの受験当日の景色。
 体調が最悪に悪かったはずの彼の調子は万全、すらすらテストを解いた先には、明るい学生生活が待っていた。

 二つ目の扉の先には、あの日父が倒れて入院し始めた病院。
 発見が早かったため早期に退院し、再び仕事に復帰する父の横では、第二希望の大学に進学し、ほどほどの生活を送っている自身の姿が見えた。

 三つ目の扉の先には、今日の面接の場面。
 父が倒れた話をドラマティックに語った彼に対し、苦労してきたんだね、と思いのほか優しい声をかけるあの面接官。結果は合格、大学には進学できなかったものの、一番興味のあった職種にすぐさま携わることができ、彼は充実した生活を送っていた。


「さぁ、どうする?」


 小人の言葉に彼は……


「父には、元気に過ごしてほしい」

 彼がポツリ、そう言った。小人はそこで突然彼の前に姿を現した。

「これもきっと、良い決断だったと思うよ、少年」
「えっと……」
「君は私の事を忘れて、お父様がお倒れになった時期まで意識がさかのぼります。もう私に会うことはありませんが……」


 小人はその小さな顔一杯に笑みを浮かべ、青年の額にキスをした。

「どうかお元気で」



 さよなら。



――


 初夏、桜の木が既に緑の衣をまとう頃、青年はふと蒼空を見上げて何かを思い出そうとしていた。昨晩も夢で見たのだ。

 おぼろげにしか思い出せない、灰色の空と、あの土砂降りの雨のある夜。



 とはいえ、彼は今幸せだった。
 幸せをより一層幸せだと感じさせてくれた、誰かのおかげで。


 これは、とある青年に起きた、とある奇跡の物語。



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