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はりやまさんさん

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私の踏み切り

14/02/26 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:4件 はりやまさん 閲覧数:1476

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 ――カンカンカン

   踏み切りの悲鳴が聞こえてくる――

 遮断機も下りず光の点滅もなく、踏み切りが音を出していた。それを見て私はただただ立っていることしかできない。今日も踏み切りは快調だ。実に清々しい気分で待っていると、自転車に乗った八百屋のおばさんが隣に停車した。
「あら、どうしたの?」
「踏み切りよ、待ってるの」
「あらあら、踏み切りで待つなんて変な子ね」
 おばさんはケラケラと笑いながら走り去る。ちりりんとベルを鳴らし、踏み切りの中ごろまで進んだおばさんは、溝に車輪を取られて転倒。ゴンッ、と生々しい音を立てそのまま動かなくなった。
 私は踏み切りが鳴りやむのを待っていると、酒瓶を持ったおじいさんがよろよろと近づいてきた。
「ありゃ八百屋の女房じゃねぇか。どうしたんだ?」
「踏み切りよ、待ってるの」
「あ? 踏み切りで待つなんて、変な奴だなぁ」
 酔っぱらいのおじいさんは遮断機をへし折ると、肩に担いでおばさんの近くに行き、遮断機の先でひょいっと持ち上げた。みしりみしりと不安定な音を立てている。おじいさんがよろよろとさ迷いながら進んでいたが、ベギンッと渇いた音が鳴っておばさん落ちた。ちょうどおじいさんの頭とおばさんの頭がぶつかり、これまたゴチンと、痛々しい音を立てる。中ごろから少し進んだところで、おじいさんとおばさんは倒れたまま動かなくなった。
 そのまま私が踏み切りの音色を聞いていると、参考書を読みながら歩いてくる苦学生が見えた。
「やぁ、何してるの?」
「踏み切りよ、待ってるの」
「おいおい踏み切りで待つなんて危ないなぁ」
 苦学生は気を付けろよ、とだけ言ってそのまま進んで行く。相変わらず視線は参考書の字を追っており、おじいさんとおばさんに蹴り躓いた。参考書が宙を舞い、苦学生は頭をおじいさんに打ち付けた。倒れ込みびくびくと生体反応を見せる苦学生の頭に、空を飛び重力との待ち合わせに成功した参考書が見事な着地を見せた。そのまま苦学生は動きを止めた。
 私は待つ。踏み切りの声が聞こえなくなるのを、踏み切りの声が消えていくのを、ただただ何もせず、ぼぅっと突っ立って待っている。
 すると、赤いランドセルを背負った小学生がスキップしながら来た。
「ねぇねぇ、何してるの?」
「踏み切りよ、待ってるの」
「何を待ってるの?」
 不思議そうな顔を私に向け、歩き出す女の子。
 その子の背中に、私は返事をする。
「電車よ」
 ゴウッ、と。
 一瞬にして鉄の塊が視界を埋め尽くす。
 世界の全てを消し去る車輪の轟音と、周囲の全てを切り裂く風の金切音。
 数秒を隔てて視界がクリアになり、なにかも無くなった。
 倒れていたおばさんもおじいさんも苦学生も女の子も、踏み切りの中には誰もいない。
 地面から視線を上げれば、踏み切りの向こう側に、ちりりんとベルを鳴らし走り去るおばさんと、遮断機を担いでふらふらさ迷うおじいさん。参考書を読みながら歩く苦学生に、スキップで駆けて行く女の子の姿が見えた。
 踏み切りの音はもう聞こえない。
 遮断機も下りず光の点滅もなく、踏み切りは声を潜めていた。
 私はそこから一歩も動かず、動けずに、ただただ立ち尽くす。
 音はない。音はない。
 何もない。何もない。
 動かぬ理由がなくなって、それでも私は動けない。

 一歩踏み出す勇気が、私にはなかった。

 すると、また音が鳴る。悲鳴が聞こえる。踏み切りが、泣きだした。
 私は溜息を、安堵に似た息を吐きだし、立ち尽くす。
 私は待つ。踏み切りの声が聞こえなくなるのを、踏み切りの声が消えていくのを、ただただ何もせず、ぼぅっと突っ立って待っている。
 すると、鞄を持った女子高生、私の友達が歩いてきた。
「いつまでいるの?」
「踏み切りよ、待っているの」
「違うでしょう。それは、待っているんじゃなくて止まっているのよ」
 彼女は私の目を見て言った。
 何も言い返せなかった。返す言葉が、解らなかった。
 彼女は私の手を掴み、「行こ」と一言。
 怖かった。恐ろしかった。
 だって、踏み切りの音が聞こえる。聞こえるのだ。
 そう言おうとしたら、彼女が言う。
「もう聞こえないわ」
 耳を澄ませば、何もない。音は消えていた。
 私は踏み出す、一歩、恐る恐る、一歩。
 踏み切りへ、境界線を渡る。
 目を瞑り、身体を振るわし、歩いた。
「ほら、目を開けて?」
 彼女が言い、瞼を開けば違う世界。振り向けば、そこには踏み切りがある。私が立っていた場所に、見知らぬ誰かが立っている。
「大丈夫、一人で無理なら、一緒に行ってあげるわ」
 そう微笑む彼女に、情けなく涙を浮かべ、笑い返す。
 踏み切りの音は、もう聞こえない。

 ――カンカンカン

   次の踏み切りの悲鳴が聞こえてくる――


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このストーリーに関するコメント

14/02/28 クナリ

ショート・ショートの魅力あふれる一作ですね。
面白かったです。

14/03/04 はりやまさん

クナリ様
コメントありがとうございます。
抽象的な形ですが、読んだ方がそれぞれの解釈を持って、勇気に関して考えて頂ければ嬉しいです。
感想も嬉しいです。ありがとうございます。

14/03/06 かめかめ

なぜ一緒に行ってくれるのが女子高生なのか、考えたいと思います。

14/03/21 gokui

 読ませていただきました。
 分岐点で立ち止まるのではなく、踏切で立ち止まるという内容が、現代にマッチしていてなるほどと唸りました。歩き始めることでさえ勇気のいる現代をみんなの力を借りながら進んで行きたいですね。

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