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黒糖ロールさん

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春の儀

14/02/26 コンテスト(テーマ):第五十二回 時空モノガタリ文学賞【 勇気 】  コメント:8件 黒糖ロール 閲覧数:2272

時空モノガタリからの選評

「季節の運行を進める大切なお役目」をになう「春の神」のかわいらしい勇気の物語。春の柔らかな空気や喜びが存分に伝わってくる良作だと思いました。案外、季節の訪れをテーマにした作品は珍しく、そういう意味でも目立っていました。「高いところは苦手なのだ」と幼子のように、だだをこねる「春神」を見守り励ます周囲の優しさや、仙人や天女の集う宴のにぎやかで楽しげな雰囲気も作品の雰囲気とあっていました。「豪快に大杯を空にする」「巨漢」や、「酔いに任せてもろ肌を披露する天女」、「天女の乳房をさす」る仙人など、神たちが少々俗っぽいところも、ユーモラスで面白かったです。「あんよはじょうず、あんよはじょうず」という「じいじ」のかけ声で虚空に駆け出す少年のかわいらしい勇気が、春の芽生え、軽やかさと重なって読後感が爽やかでした。

時空モノガタリK

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 ――今年も、おさな子がぐずついている。
 噂が天と地のあわいを吹く風に流され、春待つ樹木や草花の精たちをざわめかせる。ざわめきは地を縫い伝って、午睡する彼の耳に届けられた。
 暦の上では春間近。生類たちの呼気も吸気もわずかに勢いづく季節である。
「御子のお泣きになる姿が目に浮かぶのう」
 彼は笑みを湛えて立った。屋敷には清々しい空気が満ちている。
 周りをたなびく瑞雲の端切れが、支度をはじめた彼に付き随おうとする。
「よいよい。ひとりでゆく。おぬしは自ずから然るままにありなされ。そうじゃ。天馬を一頭呼んでもらおう。今より宴に向かう」
 声を聞いた雲の欠片は薄霞に姿を変じると、彼の足元を一度廻り一礼とし、虚空に散り消えた。
 律儀な雲よの。素は冬の氣であろうな。
 彼は背を伸ばした。
 清澄な嘶きが遥か遠くから聞こえ、風一陣。彼の前に白光纏う天馬が音無く姿を現した。
「すまぬが宴の席まで案内してくれ」
 天馬に跨り、彼は屋敷を飛び立った。


 宴は盛況を極めていた。客人の数は百を越すばかり。
 笙や琴の音、太鼓の響きが、酒の香りと混じりあっている。赤ら顔の先客たちは、衣を日射しで燻され、自ら発する酒気を吸い更に酔いを進めている。桃色の笑いがさんざめく方を見れば、酔いに任せてもろ肌を披露する天女がいる。その天女の乳房をさすり、耳元で何事かを語る仙人がいる。老若男女入り乱れて、昼間から大層な騒ぎである。
 彼は、近くにいた巨漢に声をかけた。
「宴の主役は何処でしょうかな」
 豪快に大盃を空にした後、男は巨躯を傾け彼の顔を覗きこんだ。
「これはこれは。今年も貴方様の出番ですか。あの方も困りものですな」
 男のとろみを帯びた吐息を、彼は手を振る仕草で払いのけた。
「すっかり恒例行事となり申した」
「あちらでだだをこねておられる。まるで赤子じゃ」
 華麗に着飾る女の取り囲む真中に、うずくまる少年の姿があった。
 彼は微笑で感謝の意を男に告げ、少年に歩み寄った。
「御子殿」
 少年が面を上げた。
「じいじ」
 少年は女たちを押しのけ、彼の腕にまとわりつく。泣きはらした少年の目を見つめ、彼は言った。
「さあお役目でございます」
 少年は首を垂れ横に振った。蒼く染め抜かれた衣の袖の端が涙で濡れている。彼は笑いかけた。
「季節の運行を進める大切なお役目ではございませぬか。喜ばしき、めでたきこと。そのように悄気げてしまわれては、御名が落涙しますぞ」
 恨めしげな目を彼に向け、少年はしばし黙した。
「高いところが苦手なのだ」
 少年の幽き呟きが饗宴のざわめきに溶けていく。
 彼は深く息を吐き、周囲に目配せ、手招きをする。
 宴にふけっていた人々が少年の周囲に続々と集まりだす。皆微笑み、少年を見守っている。
 彼は言の葉をちぎり地に撒くように、ゆるりと囁き始めた。
「貴方の勇む足音は、山を震わせ地に響き、寒気も霜も、塵芥と化すでしょう。
 貴方の奏でる尊き楽音は、朝露をひと撫でする残響でさえ、草木の糧となりましょう。
 さあ立ちたまえ。立ちたまえ。
 春神よ。
 古来より寿がれ、常世に寿がれる春神よ。
 さあ立ちたまえ。立ちたまえ」
 彼は一拍息を溜め、声高らかに歌いはじめた。
「あんよはじょうず。あんよはじょうず」
 しだいに人々の間からも声が生じ、重なり広がっていく。
「あんよはじょうず。あんよはじょうず」
 男達は声に合わせ、着物の裾をつまみ四股を踏む。恰幅よき者は汗を額に浮かべ、若者は元気よく、仙人は細足を震わせて。
 女達は拍子を打ちつつ舞い踊る。天女は衣の袖や裾で宙を掃くように、土地の女は若鹿さながら跳ね回り、小さき少女は地面をこそばす足裁きで。
 離れた梅の木立からは鳥が時折声を投じ、地上の騒ぎに目を覚ましたもぐらが眠気眼で宴に顔を出す。
 人々の歌声と、四股が織り成す地響きと、視界を彩る舞いの躍動が、春神の小さな姿を揺り動かす。
「あんよはじょうず。あんよはじょうず」
 囃し立てられた少年が虚空に足をかけた。女達がここぞとばかり褒め称える。男達は少年の背を押すかのように歓声を上げる。
 一段一段、少年は空を昇りはじめる。やがて勢いを増し、少年は駆けだした。
 虚空を吹く風の表情が柔らさを帯び、煌きはじめる。河のせせらぎから、秘めきれぬ喜びが溢れだす。大地の土塊からは新芽の囁きが漏れ出づる。
 少年は山々を抜け、雲の群れを分け進み、ついには空の爽気の中で足をとめた。
 遥か遠くに昴の六つ子たちの姿がある。少年は昴の星々に手を振り挨拶をした後、静かに一礼し、縦笛を懐から取り出し構えた。
 曇りなき天上に、春を告げる音が響き渡った。


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このストーリーに関するコメント

14/03/01 朔良

黒糖ロールさん、こんにちは。
拝読いたしました。

ようやく少し空気が緩み、春めいてきたこのころにぴったりのお話ですね。
この暖かさは、少年が勇気を出して空に昇り、春を告げてくれたおかげでしょうか。
高所恐怖症の人が知り合いにもいますが、虚空に足を踏み出して空に昇るなんて、最大級の勇気だと思います。
雅な描写も美しく楽しめました^^

14/03/01 黒糖ロール

朔良さん

無性に春が書きたくなったので書きました。
私も高いところは苦手です(笑)
漢詩っぽさを表現したかったのですが…。精進したいです。

※ここで書くのもあれなんですが、
 吉屋信子とか森茉莉とかけっこう好きなので、
 受賞されてたので乙女倶楽部を拝読して、
 おお、と思ってました^^
 いいですよね大正ロマン(うっとり)。

14/03/10 かめかめ

なるほど。
寒の戻りがあったりして、なかなかすんなり春にならないのには、こんな事情がありましたか。

14/03/10 黒糖ロール

かめかめさん

今日も関西は寒かったとです…。
はやく春が来て欲しいです。花粉症ですけど。

14/03/16 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

天上で織り成すファンタジー、春神である少年を
みなで盛り上げるさまはほほえましく、
どこかジブリの映画を観ているような心持ちになりました。
春の到来が少年の勇気の産物であるというストーリーがとても清々しく、
まさに春という季節の喜びを感じました。

14/03/16 黒糖ロール

そらの珊瑚さん

春はなんとなく少年かな、というイメージでつらつら書きました。
頭が春いっぱいの状態で書いたので、伝わったようで良かったです。
ほとんど全て、BGMで流していたRoseo Neigeという曲の力で書いた作品です。
(言われてみれば、ちょっとジブリっぽい曲です(笑))

14/04/22 草愛やし美

黒糖ロール様、入賞おめでとうございます。

読んでいませんでした、こんな楽しいお話を読み落としていました。なんという、失態でしょう。大汗

春神さまが、高所ということ、そして、勇気を出して一歩を踏み出すという設定、高貴な文と内容も素晴らしいです。とても可愛らしいシーンが頭に浮かびますね。
素敵な作品を知ることができ、時空様にも感謝です。作品楽しませていただきました、ありがとうございました。

14/04/24 黒糖ロール

草藍様

お褒めいただき、ありがとうございます。
思いついた内容を少し背伸びして綴ってみました。
書くほうも楽しく、読んでいただけた方も楽しんでもらえたら、
書いたかいがあるなとしみじみ嬉しく思います。
ありがとうございました。

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