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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
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雪の降る町

14/02/24 コンテスト(テーマ): 第二十六回 【 自由投稿スペース 】  コメント:1件 メラ 閲覧数:1250

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 田舎に帰って一人でこんなにのんびりするのは何年ぶりだろうか。幸次郎はそんな事を思いながら、半分以上がシャッターの閉まった飲み屋街をぼんやり歩いた。積もった雪が道の脇にどけてあり、排気ガスやら泥やらがこびりついて、この場末の飲み屋街には雪国の情緒や美しさはまったく見受けられなかった。
 子供と一緒にいた頃は、毎年最低でも一回は帰郷し、両親に孫の顔を見せていた。しかし、離婚して親権が妻の方へ移り、月に一度幸次郎自身が会えればマシで、田舎まで息子を連れて行くことはまず無理だ。
 昨年は仕事が忙しいと言って里帰りはしなかった。今年は二年ぶりに帰郷し両親に会ったが、二人ともこの二年で一気に老け込んだように見えた。
 離婚に一番ショックを受けていたのは幸次郎よりも両親の方だったかもしれない。実際孫に会えるという何よりの楽しみを奪われたのは事実だ。
 息子である幸次郎にも、まるで腫れ物を扱うかのように接する。だから家にいても息が詰まるので、幸次郎は夜な夜なこの飲み屋街で飲み歩いていた。休暇は三日。今日で最後の夜だ。
 町には昔馴染みもだいぶ少ない。親しかった連中はほとんど札幌に出てしまっている。もちろんまだ町に残って暮らしている同級生や知人もいるが、特に会いたいと思うヤツもいない。幸次郎は半分知人の目を避けるように、コートの襟を立てて、ニットの帽子を深く被って黙々と夜の街を歩いた。
 バーを出て、ほろ酔い気分で路地裏を歩く。雪がちらついている。日本海側のこの町は、冬の空はいつもどんよりと曇っている。この辛気臭い雰囲気が嫌で、東京へ出たようなものだった。
 シャッターが閉まっている店も多いが、都内でも見かけるようなチェーン店の居酒屋やカラオケ店も増えた。こうやって地域に密着した店が潰されるのだろう。仕事柄地方を回る事も多いが、地方都市なんてどこもそんなものだ。
 しかし、そうと知りつつも寂しく思う。幸次郎がいつもこの辺りで遊び歩いてた二十歳前後の頃は、町にも活気はあったし、同じようにうろうろと歩き回っている若者もたくさんいた。ケンカ騒ぎもよくあったし、ナンパばかりしていた。時々苦手な先輩にたかられたり、逆に自分が後輩に当り散らしたりする事もあった。思い出すだけで笑ってしまう。

 離婚の原因はと尋ねられても、今となってはよく分からない。反対に結婚した理由でさえもおぼろげだ。もちろん自分のいい加減な性格もあるのだが、すべての記憶は時間と共に移ろっていく。幸次郎は最近そんな事をよく思う。
 それにしても、休暇で田舎に帰ったのだが、気分はまったく晴れない。これでは仕事している方がマシだった。しかし、その仕事一本に逃げ出していた自分が、今の孤独を作ったことは充分承知している。皮肉なものだ。自分はどこにも行き場がないのだと思うと、酒でも煽るしかなかった。

 連日の飲み疲れもあり、そろそろ帰ろうかと幸次郎が考え、ポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認した。そろそろ午前零時。
 携帯電話片手に、ふと目の前にあった小さな店に目が止まった。店といってもシャッターは閉まっている。潰れてしまったのか、ただ単に今日が定休日なのかはわからない。しかし恐らくは前者の方だろうと幸次郎は思った。
 記憶は移ろい、おぼろげになる。しかし、今この店の前に立ち、もう十数年前の出来事を唐突に思い出した。フラッシュ・バック。そんな言葉があるが、まさしくその状態だったのかもしれない。いや、もっと鮮明で、もっと強烈な記憶の洪水だった。

 この店は一度だけ飲みに来た事がある。まだ二十歳の頃だ。
 知人とひょんな話から、中学の同級生の女の子がここで働いていると聞きつけ、彼女に会うために来たのだった。
 その同級生の女の子は佐藤麻衣という名前で、幸次郎は中学生の頃ずっと好きだった。片思いで終わった恋だが、友達としては親しくしていた。幸次郎の親友と付き合っていたのだ。
 しかし、彼女は高校を中退した後、町でも一番タチの悪い連中と付き合い始め、彼女自身悪い噂が絶えなかった。もとから幸次郎自身もそうだが、素行の良い中学生ではなかったとはいえ、彼女がどうしてあの後あんなに荒れてしまったのか、当時の幸次郎はいつも胸を痛めていた。
 店に入ったのは午後九時前後だったと覚えている。その日に限って仲間が誰も捕まらず、一人でその店に入った。
 佐藤麻衣は幸次郎が店に入るなりすぐに気づいてくれた。
「幸ちゃん?」
 その呼び方は、中学生の頃と変わっていなかった。しかし、佐藤麻衣は立派な「夜の女」の風貌で、濃い化粧をしてカウンターの中に立っていた。カウンターの一角にはセンスの悪いグラスやアイス・ペールが並び、棚には焼酎とウイスキーの瓶があまり整頓されていない状態で並んでいた。
 幸次郎はカウンターに座り、ビールを飲んだ。店には幸次郎の他には客はいなかった。佐藤麻衣にビールを注いでもらうのは妙な違和感があったと同時に、自分達が大人になってしまった事を、どこか悲しい気持ちで受け止めたような感じがあった。
 カウンターの奥にカーテンで仕切られた部屋があるらしく、そこに「ママ」と呼ばれる三十前後の派手な顔つきの女がタバコを吸っていた。
「私の同級生なの、ママはまだ休んでいて」
「そう?ありがとう」
「ママねえ、昨日子供が熱出して全然寝てないみたいなの」
 結婚した理由さえ思い出せないような男が、この場末のスナックで話したことを、ほとんど一言一句覚えている。
「佐藤、元気か?」
 幸次郎はいくらか遠慮がちに尋ねた。
「うん、幸ちゃんは?」
「まあ元気だよ」
「今何してんの?」
「俺?専門学校行っている」
「へえ、まだカメラマン目指しているの?」
「ああ。その手の学校なんだ。来年東京行くよ」
「東京?すごーい」
「だから今バイトして金溜めているんだ」
 佐藤麻衣は慣れた手つきで細いタバコを吸った。中学生の頃も一緒にタバコを吸っていたが、その時とはずいぶん様子が変わっていた。
「幸ちゃんは変わらないねぇ」
 煙を吐き出し、幸次郎を見つめながらそう言った。どこか寂しげなまなざしに胸がどきっとした。
「俺?変わらないかな?進歩ねえからな」
 幸次郎は気持ちをごまかすために少しおどけて答えた。
「違うよ。幸ちゃんはあの頃とおんなじ目つきって事。遠くばかり見ているの」
「そ、そうか?」
「なんかさ、皆でいても、一人だけ違うところ見ているの。いつもそんな感じがしてた」
「そうかな・・・」
 なんだかさすがに照れくさくなって、幸次郎は頭を掻き、思い出すかのようにポケットからタバコを取り出し口にくわえた。佐藤が当たり前のようにライターの火を近づけたので、火をつけてもらった。
 それにしても自分が佐藤麻衣からそんな風に見られていたとは思いもよらなかった。
 それから共通の知人の話をしたりしたり、中学時代の笑い話などをして二人で盛り上がった。幸次郎も二本目のビールを頼み、二人でそれを飲んだ。
「あの頃はさ、酒の味も知らないで、無理して飲んでたね」
 佐藤麻衣はビールをちびちび飲みながらそんな事を言った。
「ああ。こそこそタバコ吸って、自販機で缶ビールとかチューハイとか買って。笑っちゃうよな」
 こうしてじっくり話してみると佐藤麻衣は中学の頃と何も変わっていない気がしてほっとした。幸次郎はとても楽しい気分で酒を飲み、いい気分になった。
 しかし、その楽しい時間は束の間、常連客らしきガラの悪そうな男達が数人入ってくると、一気に店は騒がしくなり、奥にいたママも、佐藤麻衣もすぐにそちらの接客に移ってしまった。
 その数人の客はすでに酔っている様子で、やけに大きな声で話し、下品な笑い方をした。
「ごめんね、忙しくなっちゃって」
「いや、気にしないでいいよ」
 一度だけそんなやり取りをしたが、佐藤麻衣はずっとそのガラの悪い連中のテーブルに座ったまま、水割りを作ったり、タバコに火を付けたりしていた。幸次郎の酔いは一気に醒めた。
 ガラの悪い男達なので関わり合いたくないが、横目で盗み見るように幸次郎は彼らを観察した。そしてその中の一人が、佐藤麻衣の男である事はすぐに分かった。ずっと肩を組み「マイ!」と呼び捨てにしているからだ。そのガラの悪い連中の中でもボスのような立場の男らしかった。年は二十五、六だろうか。
 幸次郎はビールを飲み干し、忙しくつまみを運んでいるママを呼びとめ金を払った。ママは意外にも笑顔で愛想良く幸次郎の対応をしてくれた。しかしビール二本とお通しだけで、びっくりするくらい高かった。
 帰り際、佐藤麻衣に手だけ振って挨拶した。隣に座る例の男が幸次郎を睨み付けた。ちょうど誰かがカラオケを始めたので、何と言っているかまるで聞こえなかったが、佐藤麻衣がケンカ腰の男をたしなめているらしい事のは分かった。幸次郎は早々と店を出た。
 以来、店には一度も行っていないばかりか、佐藤麻衣と連絡を取った事もない。
 もう何年も、佐藤麻衣のことを思い出したことすらない。ましてあの夜の出来事を考えた事など。

 幸次郎はシャッターの前で呆然と立ち尽くしていた。ふと、寒さに身を縮めて我に返った。一瞬自分がどこにいるのか分からなくなっていた。
 ずいぶん長くそこに立っていた気がした。だが手に持っていた携帯電話のモニターを見ると午前零時前。驚く事に、一分も時間は立っていなかった。
 無性にタバコが吸いたくなった。幸次郎は息子が喘息気味だったことをきっかけにタバコを止めたが、時々無性に吸いたくなる瞬間がある。
 路地裏に人の気配があった。中高年の男と、顔つきの派手な四十過ぎの痩せた女が、何件か隣の角の店から出てきたのだ。女はただ客が帰るのを見送りに来たようだった。冬だというのに、短いスカートで、胸元を大きく肌けていた。
 中年の男は寒さに肩をすぼめて歩き出した。女は笑ったまましばらく男を見送っていた。
 幸次郎もただシャッターの閉まった店の前で突っ立っているわけにも行かず、中年の男とは反対方向に歩き出した。女はちらりと幸次郎の顔を見たが、すぐに中に入り、ドアは閉じられた。
 所狭しと積もった雪が、脇に避けられている路地裏の道は歩きづらかった。その中を抜け、少し広い通りに出た頃、突然思い出した。今スナックから出てきた女は、あの時佐藤麻衣の店にいた「ママ」だ。間違いない。
 幸次郎は振り返り、今歩いて来た路地裏を見た。一瞬、また道を戻り、あの店に入ってみようかと思った。だがすぐにその自分の考えに失笑した。いったいそこで何を話すのだ?
 散らついていた雪は、さっきよりも量が増えている。今夜はまた積もるだろう。そんな降り方だった。
 すべては移ろい、すべては変わる。すべては始まった瞬間に終わっている。そしてその終りはまた何かの始まりでもある。この頃、人生のいくつかの岐路を越えてから、そんな厭世的な思考に囚われる。
 しかし、その過ぎた過去自体はどこに行くのだろう。これは昔からよく考えたことだが、今また、その答えのない問いが胸の中を行き来する。過ぎた時間の行方は、それぞれの胸の中に、思い出として蓄積するだけなのだろうか?
 幸次郎はポケットが手を出し、すっかりかじかんだ手に白い息を吹きかけた。いつもはタクシーを拾って帰るところだが、今夜は少し歩きたい気分だった。
 みんな、どうしてる?
 雪が舞い降りてくる夜空を見上げ、幸次郎はそんな事を思い、ふとつぶやいた。
 言ってからその対照があまりに広範囲に及んでいて、自分のほろ酔いの思考では追いつかないと考え苦笑する。
 みんな、どうしてる?


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このストーリーに関するコメント

14/02/24 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

離婚した男が故郷に帰っても、居場所もなく、時間を持て余して
夜の街を徘徊する姿が切ないですね。

こうやって過去を振り返る主人公が何処に向かって進んでるのか分からず
結局、流されていくのでしょうか。

人生の悲哀を感じさせる物語でした。

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