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幸田 玲さん

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陰鬱な朝を迎えて

14/02/21 コンテスト(テーマ): 第二十六回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 幸田 玲 閲覧数:1338

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 目覚まし時計の音に気付いたけれど、寝不足のせいで気分が優れない。
 部屋の窓辺に目を向けると、ピンクのカーテンの隙間から陽射しが差し込み、フローリングにやわらかな陽だまりが滲む。窓の外は秋の晴れやかな青空が広がっているというのに、私はベッドの中で陰鬱な朝を迎えたようだ。
 緩慢な動作でベッドから抜け出すと、浴室で熱めのシャワーを浴びた。洗面化粧台の前に立っても、まだ、気分がすっきりとしない。今日は土曜日で、健太とのデートが控えている。午前十一時に駅で待ち合わせ。駅近のショッピングモールで早めのランチをして、彼の好きな映画を観る予定になっている。けれど、途中で眠ってしまいそうで不安になる。今日は、健太と出逢って二度目の誕生日を迎える。健太からプレゼントを受取る時、最高の笑顔で応えたい。
 鏡に映っている自分の顔をみると、瞼が少し腫れているようだ。瞳をゆっくりと左右に動かしてみる。白目が、少し充血していることがわかる。
 今週は残業が連日続いて、昨日の朝は身体が少しだるかった。昨夜は、デートに備えて家でゆっくりと過ごしたかったのに、同僚の直美と深夜までバーで飲んでしまったのだ。「元彼の話を聴いて欲しい」ということを出勤した朝に告げられ、溜息が出そうになった。余り乗り気ではなかったけれど、「いいよ、とことん付き合うから」と、言ってしまったのがいけなかった。大切なデートの日なのに、彼に疲れた顔をみせることはできない。

 会社の近くにあるイタリアンレストランで食事を済ませると、直美の行付けのバーに向かうことになった。
 その店は、地下鉄で一駅先の距離にあったけれど、夜のオフィス街をふたりで歩いた。十一月初旬だというのに、寒さは感じられない。直美は街灯が煌くオフィス街を歩きながら、急き立てるような調子で元彼の話を始めた。
 別れるまでの記憶を掘り起こすようにして、くどいぐらいに語る。直美とは同期入社で四年が過ぎていた。会社では、一番の仲良しだった。
 バーカウンターに座ると、直美の愚痴とも取れる話が始まった。元彼と別れて一ヶ月になるようだ。直美の口振りから元彼に未練があることはわかる。
 私が二杯目のグラスワインを注文したとき、二人連れの男たちが入店して直美の隣に座った。紺色のスーツ姿で仕事帰りの男たちだ。一人は鷲鼻で目の細い細身の男だった。その男が、にやけた表情を浮かべながら私を一瞥した。一瞬、目が合ったが好感の持てない顔立ちだった。直美の隣に座った男は少しだけイケメンだったけれど、私の好みではない。でも直美は、隣に座った男に好感を持ったようだ。いつのまにか元彼の話は途切れてしまい、少しだけイケメン男と話しをするようになった。 私は取り残された気分で、グラスワインを口に運ぶ。
 四杯目のグラスワインを口に付けたとき、「隣に座ってもいいですか」と言って、にやけた男が私の隣に座った。了解したわけでもないのに、勝手に座ってしまったのだ。私は気分が悪くなった。でも、拒否できる雰囲気ではない。軽い吐息が口許で漂ってしまう。
 私たちは、男の人に挟まれるかたちになった。
 直美は少しだけイケメン男と楽しそうに話し込んでいる。ねぇ、どうなってるの。むかつく。直美、いい加減にしてよ。と言ってやりたかったけれど、私は小さな吐息を吐いただけで、何も言うことが出来ない。
 にやけた男がわたしの気を引こうとして、何度も話しかけてくる。私は適当に相槌を打って、話を合わせていた。疲れているせいか、普段より酔いが回っているのがわかる。憂鬱な気分が私を襲う。
 隣の直美は楽しそうだ。瞳が輝いている。照明の灯りのせいでもなさそうだ。いい加減にしてよ、と言いたくなる。私は右膝で、さりげなく直美の太腿あたりをつついた。直美は振り向いた。
「明日、早く出ないといけないから、ここ、切り上げよう」と、彼女の耳元に囁いた。
 直美は、とろんとした眼差しを向けて、コクリと頷いた。けれど、立ち上がる気配はない。 
 私は直美の腕を捕って、店の奥にある化粧室に入った。
 化粧室は、三畳ほどの広さがあった。目の前には大理石の洗面台があり、壁面の幅一杯に鏡が付けられている。その鏡に、直美と私の姿が映っている。直美は、私にしなだれかかるような格好をしていた。
「直美、帰ろう」
 直美は頷くと「彼に送ってもらう」と、つぶやいた。
「何、言ってるの?今日、会ったばかりじゃない」
「でも、大丈夫。彼、公務員だし、家が近いって言ってるし」
「そんな事、信用できないわ」
「でも、送ってもらうことに決めたの」
「一緒に帰ろうよぉ」
 私は急かす口調で言って、直美の肘を捕らえた。直美は、俯いたまま首を横に振った。
「元彼のこと、早く忘れたいからいいの……」
「良くないわよ。何かあってもしらないから。直美、それでもいいの?」
 直美は首を縦に振って、私に瞳を向けた。悲しい目の色をしている。元彼のことを早く忘れたい気持ちはわかる。だけど、直美に無謀なことをさせたくはない。
 化粧室からでると、壁の時計に目を向けた。針が午前二時を指している。少しだけイケメン男が、店の人に頼んでタクシーを呼んでくれた。にやけた男は「送っていくよ」と言って、何度も擦り寄りながら言葉をかけてきた。その男の声を聴けば聴くほど、気分が悪くなる。鈍感な男は大嫌い。
 店の外に出ると、肌寒い風が頬にふれた。私はふらつく足取りの直美を支えながら、身体を硬くした。テールライトを点滅させる二台のタクシーに目を向けると歩き出した。
「彼と帰るぅ」
「何、言ってるの。さぁ、乗って」
「嫌だってぇ」
 直美は両手で、寄り添う私を押し離した。ふらついた足取りで、私を睨みつける。泣き笑いのような顔だった。私はなおも向かっていく。
「やめて、やめて」と言いながら、直美は危うい足取りで私から離れようとする。不意に、直美と私との間に少しだけイケメン男が間に入り、わたしたちを阻んだのだ。私は男の背中を睨みつけた。口惜しい気持ちが募り、涙を流しそうになった。少しだけイケメン男は、「僕が送っていくから」と言って、私に会社の名刺を差し出してきた。確かに、県の施設に勤めているようだったが、差し出された名刺など信用してはいなかった。
 私の視界を遮るのは、少しだけイケメンの男に寄りかかる直美の姿だった。先頭のタクシーに二人が乗り込み、車はテールライトを点滅させながら、私の視界から遠ざかっていった。
 にやけた男が、私の耳元で裏返ったような声をあげた。
「送っていくよ」
 私は男に顔を向けた。
「一人で帰れます」
「遠慮、するなよ」
 男は私の腕を捕り、待機しているもう一台のタクシーに乗り込もうとして動き出した。私は捉えられた腕を振り払い、早足に男から離れていった。背後から何度も、男の呼びかける声が聞こえたが、私は耳を閉ざした。
 帰宅してベッドに横たわった時、午前三時半を過ぎていた。私はベッドの中で、直美の携帯に何度もメールを打った。けれども、返信はなかった。直美のことが心配で、寝つきが悪くなった私は、明け方までうつらうつらしながら眠りに入ることが出来なかった。

 洗面化粧台の鏡に、疲れた表情を浮かべる私がいる。
 昨夜のことを思い浮かべると、私は溜息をついた。気持ちを切り替えなければいけない。と、自分自身に言い聞かせる。素顔で鏡と向き合う。いつみても、年齢より幼くみえる顔立ち。化粧水を染み込ませたコットンを顔にあてていき、保湿クリームを塗る。疲れた顔を隠すために、今日はラベンダー色のベースメイクでいこうと思った。アイラインを入れるころには、気分が落付いてくる。睫毛をビューラーでしっかりとカールして、まぶたにベースを満遍なく塗り込んで、睫毛にマスカラをたっぷりと塗りあげていく。ペンで、眉の形もしっかりと整えるようにして描いていった。唇は、ワインレッド系のスティックタイプの色味を塗ることに決めている。普段の化粧よりも、少し、大人っぽい雰囲気の顔が、鏡に現れた。メイクは仕上がった。
 服装を整えると、クローゼットからお気に入りのベージュの薄いコートを取り出し、自宅をあとにした。
 歩いて十五分ほどで駅に着く。健太ともう直ぐ逢える。私の胸がときめく。
 駅に向う途中、メールの着信音が鳴った。直美からだった。
「きのうはゴメン。無事に帰ってるから心配しないで」
 私は直美の返信を読んで、直美のバカ。と、心の中でつぶやいてしまった。
 駅構内に入ると、待ち合わせ場所になっている時計台を囲ったベンチに向かった。円形のベンチに長身の男が座っている。健太だ。私は自然に足早になる。健太は私に気づき、笑顔をみせる。健太の笑顔で、私は元気になれる。私は一歩、一歩、近づいて行く。健太はベンチから立ち上がった。私は彼に寄り添い、しあわせを確かめるために彼の大きな左手を握り締めた。健太は口許に笑みを浮かべる。私は健太を仰ぎみて、わたしを離さないで、と心の中でつぶやいた。


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