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AIR田さん

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とんぼ

14/02/18 コンテスト(テーマ):第五十回 【 三角関係 】 ターザン山本賞 コメント:2件 AIR田 閲覧数:1577

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 緑色の川沿いに立ち並ぶ倉庫街。大型トラックが多く走る国道。そこにかかる橋の上から、新村はとんぼの番いを見ていた。
 駅から職場までの短い道のり。その間にある短い橋にさしかかれば、職場である倉庫が見えてくる。
 その日は少し肌寒かった。いくつかの台風が通り過ぎ、気が付けば朝や夜は涼しい日が続くようになった頃。橋の上には走る大型トラックより多く、とんぼの番いが飛んでいた。
 
「今度お父さんの部下が、物産展で焼酎売りに来るんだって」
 でも、物産展で売れるのは野菜とかお菓子ばかりで、焼酎はあまり売れないだろうから、お父さんの名前出していいから何か差し入れ持って行ってくれないか。そうお願いされたのと、夕食を食べながら彼女はどこか楽しげに話した。
 彼女は新村に一緒に行こうとは言わなかった。
「同僚って若い男の人?」
 新村は聞いた。
「そうみたいだよ。でも、女性の人と一緒だって」
 
 橋の欄干に、一匹のとんぼが止まった。
 その周りには数え切れない程のとんぼの番いが飛んでいた。新村は、その一匹のとんぼに親近感を感じた。
 しばらくそのとんぼを見ていると、別のとんぼがやってきて、番いになった。そのとんぼは雌だった。
 新村が何かを感じる前に、ポケットの中のスマートフォンが震えた。こんなところ油を売っている場合じゃない、早く職場に行かなければと、ポケットからスマートフォンを取り出し時間を確認したが、まだ仕事が始まる30分前であった上に、その日は土曜日だったことに気付く。
 そして、スマートフォンが震えたのはメールが来た為であり、ロックを解除しメールの内容を確認した。
「ごめんなさい」
 本文は、ただそれだけだった。
 新村は踵を返し、とんぼの番いの中を歩き近くのコンビニで缶ビールとたばこを買って、そこで呑んだ。

「お父さんとお母さんに孫を見せたい」
 彼女が酔っ払って帰ってきた日、泣きながら新村に訴えかけてきたことがあった。
 年貢の納め時という言葉が、はっきりと新村の中に浮かび上がった。お役人が、新村が住むみずほらしい家の戸を叩いている。
 新村は答えなかった。
「阿佐谷〜。阿佐谷〜」
 新村はアナウンスの声で目が覚め、慌てて電車を降りた。中野を過ぎた辺りで眠気がやってきて、でも後二駅だからと思っていたのに、一瞬の考え事のせいで睡魔に負けてしまった。
 新村はホームで伸びをして、時計を見た。時刻はまだ10時前。このままどこかへ行こうか、それとも家に帰ってもう一眠りしようか。新村はホームのベンチに座りながらのんびりと考えていた。
「どこに行こうか?」
 すぐ隣で女性の声がして、新村は思わず、
「どこに行こうか?」
 と返事をしそうになった。
 違う。他の方達だ。
 新村はベンチから立ち上がり、階段を降り、改札を出て、駅前のスーパーでビールを六缶買った。
 あまり冷えていない缶ビールを飲みながら、新村は家までの道を歩いた。
 俺はあまり立派な人間ではない。
 土曜日とはいえ、駅前の大通りを歩きながら缶ビールを飲むことは立派ではないし、何より一人の女性を満足させてあげられないことが、新村の心を不満足にさせる。
 物産展の男性は役所の人間であり、俺は三十歳になってもまだふらふらしている。
 そんな奴が何を言えようか。
「ごめんなさい」
 新村は呟いた。

 それから数日後、阿佐谷駅前で物産展の男と彼女と会う事が出来た。彼女は仕事を辞めて、地元に帰ることになっていて、その瞬間であった。
 たまたま平日が休みだった新村と鉢合わせた彼女は、見たくない物を見たような表情を浮かべ、目を逸し改札へ入った。
 消えたと、新村は思った。
 一方、男は新村がどういう存在だったかに気付いたようで、改札へと消えた彼女の方を一度見た。そして、新村に近づき、
「絶対に、幸せにしますから」
 そう言って頭を下げた後、改札を通り、彼女と人混みに紛れて、やがて見えなくなった。
 実直そうで、きちんとした道を通ってきた顔をしている男だと思った。皮肉ではなく、きっと彼女が望んでいた普通の幸せを、惜しみもなく与えることが出来るだろうと、新村は思った。
 今なら自分もまだ間に合うかもと、これから先あり得るであろう未来を思い描いたが、胸が苦しくなり、頭が痛くなり、涙が出そうになり、叫びたくなった。
 
 気が付くと、新村は橋にいた。
「どこか、遠くへ行きたい」
 水面に映るとんぼの番い達が、揺れて、消えた。


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このストーリーに関するコメント

14/02/23 gokui

 読ませていただきました。
 現実味のある物語でした。主人公のグダグダさに共感を覚えたことは内緒です。
 ひとつだけ疑問が。タイトルにもなっているとんぼですが、私にはちょっと場違いな気がしました。とんぼに三角関係を予感させるような逸話があるのでしょうか。

14/02/24 AIR田

gokuiさん>
 ありがとうございます!
 
 gokuiさんの仰るとおり、とんぼ=三角関係とイメージする人はあまりいないと思います(笑)
 ですが、去年の秋に奥多摩で見たとんぼ達の中に、「1匹の雌を奪い合う2匹の雄」や「番となっているカップルに割り込む雄」を見かけまして、「とんぼ達にも恋愛のもつれや三角関係があるのだなぁ」と感じ、今回「とんぼ」というタイトルをつけました。

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