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湧田 束さん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 現し世は夢

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もはやこれまで

14/02/14 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:0件 湧田 束 閲覧数:1239

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 部活が終わると急いで着替え、バッグを自転車の前カゴに放り込む。
「お先!」
「あ、奈々緒……」
 部室の入口で友人の美鈴に呼び止められたが、「あとでメール!」とだけ言い残し、私は前傾姿勢のまま短いスカートを靡かせて自転車を走らせた。
「間に合うかな?」
 ホイルスピンで方向転換し、ペダルを漕ぐスピードをさらに速めて校門を駆け抜ける。オレンジ色の夕陽が灰色に変わっていく中、時計の針は既に6時を指していた。

 目標地点は繁華街にある、父の愛人のマンション。父が残業や出張と偽っては頻繁にこのマンションに出入りしていることを、私はようやく突き止めた。
「居た!」
 20メートルほど先のマンションに腕を組んで入ろうとしている人影は、間違いなく父と愛人だった。
 私は腰を上げたまま自転車を左右に揺らして二人に近づく。風がひゅんひゅんと音を立てる。スピードが最速になった時点でペダルから足を離し、私はブレーキをかけずに自転車から飛び降りた。

「うわっ!」
 突如無人のまま突入してきた自転車を避け、二人は身を離す。その瞬間、私は低空姿勢で一気に父に駆け寄ると、そのみぞおちに渾身の正拳突きを入れた。
「ぐはっ!」
 目玉を飛び出させて大きく口を開けた父は、もんどりうって倒れる。肋骨3本を砕いた感触が拳に伝わってくる。
「ひ、ひいっ!」
 腰を抜かした若い愛人に、振り返りざま後ろ回し蹴りを見舞う。女の髪の毛を掠め、鈍い轟音とともに私の右足が後ろの電柱にめり込む。ヒビの入った電柱が傾いて電線が縄跳びのようにしなり、とまっていたカラス達が一斉に飛び立つ。

 父の愛人は、ミニスカートを広げ派手な下着を晒したまま白目を向いていた。私は気絶した女を無視して、うずくまる父の元に近寄る。悶絶している父の胸倉を掴み、頭上高くまで待ち上げた。
「あれえ。父さん、こんな所で何してるのォ?」
「ぐ……うう。な、奈々緒」
「だめだよォ。仕事終わったら寄り道せずに帰らなきゃ」
「わ、悪かった、悪かった……」
 涎と涙にまみれた父をそっと地上に降ろし、土埃で汚れたスーツの裾をはたく。
「お母さんが、待ってるからね」
 青ざめたまま、父も引きつった笑みを返す。

 周囲の人だかりとともに、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。私は小さく舌打ちして倒れた自転車を起こすが、壁に激突した為にフレームが完全に曲がっていた。
「少し遅くなるって、お母さんに伝えといて」
「な、奈々緒!?」
 父の言葉を最後まで聞くことなく私は道路に飛び出すと、通りかかったバイクのタンデムシートに身を翻して飛び乗る。
「へっ!?」
 運転している最中に後ろに飛び乗られたバイクの男が、素っ頓狂な声を出す。男が振り返る前に、私はその首にチョークスリーパーをかけた。
「ぐへっ!」
「アクセル開けて」
 腕を回して男の首をぐいぐいと絞め上げながら、ヘルメット越しに男の耳元に囁きかける。
「ぐぐぐるじい……」
「パトカー追いかけてくるから、振り切るわよ」
 夕闇の迫る繁華街を、男の首を絞めたまま時速120キロでバイクを疾走させる。サイドミラーに、茫然と立ち竦む父の姿が映っていた。

   *

 数時間もの逃走劇の後、私は20階ほどあるビルの屋上に居た。下を覗き込むと、たくさんのパトカーがビルを取り囲んでいた。
「はあ……お腹すいたなあ」
 お腹を擦りながらひとつ溜息をつくと、私は屋上のフェンスを乗り越えて飛び降りる。陽の落ちた夜の闇の中、色鮮やかな高層ビルのネオンが瞬間的に目の前を行き交う。
 私は衝撃波とともに地面に着地した。地面は同心円状に半径5メートルほど陥没したものの、私はまったくの無傷だった。
 その瞬間、ヘッドライトが私を照らす。あまりの眩しさに手で光を遮っていると、パトカーのマイクから警官が呼びかけてくる。
「速やかに投降しなさい。繰り返します。速やかに投降しなさい」
 銃を構えた数十人もの警察官が、私を取り囲んでいた。

「1人、2人……、えっと、20人くらいかな」
「速やかに投降……」
 警告の言葉を最後まで聞くこともなく、私は足を蹴りだす。警官が銃のトリガーを引いて弾丸が発射される前に、私は警官の腕を粉砕できる。たぶんこの警官隊を突破するのに、30秒かからないだろう。
 奇跡とは、起こりえないことが起こる時にだけ使われる。私の存在自体が奇跡なのか、それとも私を止めることの出来る何者かが現れた時を奇跡と呼ぶのだろうか。
 少なくとも今の私に言えるのは、「もはやこれまで」と覚悟を決めるのは、きっと私ではなく世界の方なのだ、ということだけ。

 くすくすと笑顔を浮かべて警官隊に突入しながら、ふと思い出す。
 あ、そうだ。
 美鈴にメールしなくちゃ。



           (了)


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