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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ル・トリアングル

14/02/10 コンテスト(テーマ):第五十回 【 三角関係 】 ターザン山本賞 コメント:19件 そらの珊瑚 閲覧数:1990

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 あの女はやめときな、とクロエが言う。いつだってそう、僕の女を褒めたためしがない。
「どうしてさ」
――ルネ、あんたのおめめはポンコツだから気づかないだろうけど、あの女のとりえは美しい顔と若い肉体だけ。オツムのほうはすっからかんときてる。おまけに色仕掛けだけが取り柄だってこと、わかんない? あわよくばあんたの専属モデルになろうっていう魂胆の打算的な女。口紅を塗り直す時見たんだ。爪の間に黒い汚れがたまってるのを。ああ、嫌だ! このうえなく不潔だよ。
 
 
 満月が湖に落ちている。この世には月がふたつある。どちらも手にいれることは不可能。
 見えているのに。そこにあるのに。

――ルネ、そんな顔はおやめ。あんたの絵は最高なんだから。世間だってそれを認め始めてるだろう。薄闇の天才画家ってね。弱視に産んでくれた母親に感謝するこった。人は美談っていう物語が大好きなんだ。
 
 
 
 
 僕の記憶の一番最初は、ぼんやりとしたママンの背中から始まっている。僕は泣いてそのあとをすがったのだろうか。それとも笑って手をふったのだろうか。覚えちゃいない。確かな事は『みんなの家』という児童養護施設に僕を置き去りにしたままそれきりママンは戻ってこなかったという事だけ。
 
 さみしくなんかなかったさ。施設で暮らしている子は親と死に別れたか、事情は違うにせよ親に捨てられた子ばっかりだったからね。だから「みんなの家」ってわけ。その中では平等なんだ。
 それでも無性にママンに会いたくなる時があった。決まってそれはこんな満月。 
 さみしかった。けれどさみしいという言葉をひとたび口にすれば友達にもそれは伝染し、たちまち僕たちはかわいそうな子になる。だからさみしいって言葉を僕は封印した。
 
 そんな時だったよね、クロエ、突然君に出会ったには。
 縮れた赤毛、口は悪いし、僕のことをマザコン男だと馬鹿にする、ちょっと年上の女の子。
 けれど知ってたよ、君は僕のことをまっすぐに愛してくれた。だからママン、ママンと呼ぶ代わりに、僕はクロエ、クロエと呼んだんだ。どんな時だっていつだって、すぐに君は会いに来てくれた。
 僕、このまま見えなくなるのかな? と泣けば、そんなこと、あたしが承知しないさ、さあ、お眠り、とベッドの中で優しく抱きしめてくれた。   

 そうそう、森の黒すぐりの実を僕のためにかご一杯摘んできてくれたことがあったよね。
――黒すぐりの葉っぱの匂い、ありゃ、最悪だぞォ。笑っちゃうほど猫のおしっこそっくりでさ。思い出しただけでも……。ぐえっ。
 クロエはおおげさに顔をしかめ、僕らははじけた栗みたいに笑いあった。あのおかげかな、僕の視力は徐々に復活し、世界の輪郭や色が戻ってきたんだ。まだぼんやりとはしているけどね。ありがとう、クロエ。
 
 ルネ、あんたは筆を持つべき人だよとクロエは背中を押してくれた。なんにつけ自信のなかった僕はどれほどその言葉に励まされてきたことか。

「いつか君を描いてもいいかい?」 
 
 クロエは眉根を寄せて困ったような顔をした。

――いいけど、さ。
 ぽちゃん。クロエが蹴った石ころが湖で波紋を描いてゆく。月がゆらぐ。夜になると僕の眼は冴えざえと生き返る。

――わかってんのかなあ。
 何が?
――それ、自画像ってことだよ。
 うすうすわかっていた。君は僕、なんだろ。
――そうか。もう小さな泣き虫ルネじゃないか。いつのまにかあたしの背を追い越してる。いいよ、描きなよ。そのかわり美人に描かなきゃ承知しないよ。
 了解。
――朝が来れば空の月も消える。そしたらもうひとつの月も消える。ルネは大人になるんだ。
 
 空の月がママンだとしたら、君は湖の月。ル・トリアングル、三角形。僕が描いた素敵な図形が今消えようとしていた。

「さよなら、だよ」
 ああ、大人にならなきゃね。
「女の趣味、変えたほうがいいぞ、マザコン」
 じゃあな、とクロエは薄く笑う。
 
 振り向けば彼女は消えていた。

 真夜中の匂いを纏った風が鼻腔をくすぐってゆく。たまらず僕はくしゃみをひとつ、この世に生み出した。
 
 ねえ、風邪、引きそうだよ、クロエ。孤独に慣れるまでは。
 
 



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このストーリーに関するコメント

14/02/10 そらの珊瑚

画像は「ソザイニング」様よりお借りしました。

14/02/10 笹峰霧子

ストーリーを追う以前に珊瑚さんの筆致のみごとさに圧倒されました。
「三角関係」を「ル・トリアングル」と題されたように、読者をハテナ?と迷わせるような謎めいた内容でした。

14/02/11 そらの珊瑚

霧子さん、ありがとうございます。

謎が後半で解明されるように仕組んだつもりですが、
ちょっとわかりづらかったでしょうか?

14/02/11 泡沫恋歌

そらの珊瑚さん、拝読しました。

とっても美しいお話ですね。
クロエはルネが作ったもう一人のママンの幻影だったのかなあ?
詩的で幻想的な展開なので、そういう野暮な解説は要らないかも知れませんね。

美しい二つの月に、ため息が零れました。

14/02/11 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

改行をもっと多様したかったのですが、なぜかうまくいきませんでした。
「ビューティフルマインド」という映画の中で、統合失調症の主人公が作り出した幻覚は生涯の友達でした。
解説的なまとめは入れようかどうしようか迷ったので、
恋歌さんにそう言っていただき安堵しました。
そうなんです、解説してしまっては幻想的なイメージが崩れそうだと思ったのです。

14/02/12 朔良

そらの珊瑚さん、こんばんは。
拝読いたしました。

そうか、クロエはもう一人のルネ…。
自画像のくだりでちゃんとわかりましたよー! 謎の解き明かし方もとても美しいと思いました。
空の月と湖の月、美しい三角形が消えるのが、少年がおとなになる合図なのですね…。
儚くそして心にしみる美しいお話でした。たとえ消えてしまってもクロエはルネにとって大事な友達であり続けるんでしょうね。

14/02/13 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

文体がとても美しい。言葉遣いの素晴らしさは、珊瑚さん独特の世界ですね。タイトルからして、惹き込まれました。お洒落なル・トリアングルという名詞はフランス語ですよね。(かってに判断 笑)
舞台は、フランスの飾り窓辺りに住む孤児の切ない話だと私は想像しました。ママンを月、クロエは湖に映る月でもあり、ルネ自身の写り込んだ姿かな? 弱視で孤独なルネの目に映る世界はぼんやりとしていろんな世界を創り出せるのでしょうか。子供から卒業して大人へと、誰しもが通らねばならないけれど、障害を背負ったそういう孤児のルネには厳しいことだと思います。(って、かってに判断 すみません)
読者に様々な三角形であるトリアングルを想像させる手法で、三角関係を描かれた面白い作品だと思います、ありがとうございました。

14/02/14 そらの珊瑚

朔良さん、ありがとうございます。

温かいお言葉にいつも励まされる想いです。
大人になるために、ルネはクロエに自らさよならをしたのかもしれませんね。
結果三角形も消えてしまいましたが、
ルネの心のなかでクロエは生き続けていくような気がします。

14/02/14 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

はい、フランス語でちょっと気取ってしまいました。
弱視や孤独といった不安を埋めるための拠り所として
ルネはクロエを作り出したのかもしれませんね。
深い解釈、大変嬉しかったです。

14/02/14 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。

いえいえ、もったいないお言葉です。
そして2度もお読みいただき深く感謝いたします。
以前は詩と小説は別物の心持ちで描くことが常でしたが、
最近は両者がどこかリンクしているような気持ちで、なぜか変わってきました。

14/02/15 鮎風 遊

なるほど、表紙の写真の二つのルナがわかりました。
多分、こういうことなんでしょうね。

しかし、こういう思いって、
誰にでもあるんじゃないかなあと思いました。

幻想的で、孤独で、なにか胸が締め付けられて、良かったです。

14/02/20 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

あるいは月という天体のもつ不思議な光の力が
幻想を生み出したのかもしれませんね。

14/02/22 ドーナツ

拝読しました。

フランスの雰囲気ですね。それにちょっとオカルト御味付


とても神秘的で落ち着いたムードのなかに、痛々しいものも感じます。
表紙の画像がこの作品のムードにすごくぴったりで素敵ですね。

14/02/22 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

ちょっと違ったらクロエがうっかりモンスターになってオカルトになってたかもしれませんね。
たぶんルネを最後まで優しい人として描きたかったので、こういうふうになったのだと思います。
水に映った月って神秘的で美しいですよね♪

14/02/23 gokui

 読ませていただきました。
 ストーリーも文章も美しいですね。実は最初読んだときは寝ぼけ眼をこすりながら読んだので???だったのす。読み直してみてよかったです。こんなにも美しい作品を流し読みして終わってしまうところでしたから。

14/02/23 クナリ

クロエの、ぶっきらぼうな態度をとっていても、必ず主人公の味方をするのだろうな、という人間関係(でしょうか、この場合?)がとてもいいですね。
ラスト二行で、物理的にはそんなはずはないのに、確かに消えてしまったクロエの温もりが見事に表現されていてます!

14/02/25 そらの珊瑚

gokuiさん、ありがとうございます。

筆力のなさが露呈してしまった若干のわかりにくさがあり、申し訳ありませんでした。
それにもかかわらず美しさを感じていただけたとのこと、大変嬉しかったです。

14/02/25 そらの珊瑚

クナリさん、ありがとうございます。

口が悪くてぶっきらぼうな人が実はいい人というセオリー
(があるかどうかは知りませんが)を完全に読まれちゃいましたね!
彼にはクロエが実体となって見えてたんですね。
たぶん体温も感じてたはずと思います。
なので最後にそう感じていただけて嬉しかったです。

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