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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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奇跡からの脱出

14/02/10 コンテスト(テーマ):第五十一回 時空モノガタリ文学賞【 奇跡 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1441

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 まただ。
 アンブは舌うちした。
 六歳になるわが子が、激しい高熱におかされ、医者は今日明日の命だと最後通牒を下した。彼と妻は、とりあえず、神にお祈りした。
 そして翌日、奇跡はおこって、子供は元気な顔でめざめた。
 親として、喜ぶべき場面だった。にもかかわらず彼は、いや妻もまた、どこか冷めた表情で、快復した息子をながめた。
 奇跡は、なんどもおこった。一週間まえ、二人で歩道を歩いていて、建築現場のそばにさしかかったとき、頭上から鉄板が落下してきた。鉄板は二人から数センチ離れた場所に落ち路面に、鋭い傷跡を残した。
 目撃していた人々から、千に一つの奇跡だという声があがるのをアンブはきいた。
 またつい最近、妻が買ってきた冷凍食品のギョーザを親子三人で食べた。翌日テレビで、そのおなじギョーザをたべた多くの連中が激しい嘔吐にみまわれ、入病したというニュースをアンブはしった。なにものかが製造中に、致死にまでおよぶ可能性のある農薬を混入したことが判明した。あとで調べたところ、彼の家族が食べたぶんのみ、農薬が検出できなかった。犯人はなぜか、そのひとつだけには、なにもしなかったらしい。
 今夏、バスジャックで狂乱した犯人のために大勢の乗客が死傷した報道はまだ記憶に新しい。じつはあのバスにアンブは乗る予定でいたのが、バス停でまっているとき、たまたまとおりかかった知人と喋っているうちにバスは出てしまい、その結果彼は奇跡的に難を逃れた。
 ひとにとって奇跡というのは、生涯に一度、あるかないかの確率でおこるものではないのか。ところが彼の場合、やることなすことほとんど奇跡ばかりだったのだ。
 会社で仕事中に妻から電話がかかってきた。
「お義母様が、心臓発作をおこして、救急車で病院に搬送されたと義弟から連絡があったわ。危篤らしいって」
 彼はそのとき、たまたま休憩中で、お茶をごくりとのみほしてから、
「だいじょうぶさ」
「そうかしらね」
 妻も、どこか落ち着いていた。案の定、それから一時間後に、ふたたび妻からの電話で、
「お義母様、心臓はもとどおりに動きだして、歩いてお家にかえられたそうよ。お医者さまが、奇跡だって」
「やっぱりそうだろ」
 その言葉のあとに彼は、煙草の煙をスパッと吐き出した。
 彼が、どんなことにも思い煩ったり、心配したりすることをしなくなってからすでに久しい。どんな危険も、彼の身は奇跡というセキュリティによって厳重にまもられていた。
「もう、うんざりだ」
 アンブは、いまいましげにデスクを叩いた。
 彼の仕事場にしている個室は、地上七階にあった。漠然と、窓の外をみたとき、ふとある考えにとらわれた。
 いまこの窓から飛び降りたら、いくらなんでもおれは一巻の終わりにちがいない。
 彼は窓をあけ、人間たちが蟻のようにみえる地上をみおろした。ビルのどこにも自殺防止用ネットはみあたらなかった。
「奇跡からの脱出だ」
 窓に走り寄ろうとしたアンブは、ふとたちどまると、卓上の電話をとって、まず妻に連絡した。
「おれ、ビルの七階から、とびおりるよ」
 妻は、ぷっと吹き出しながら、
「どうせ、奇跡がおこるわよ」
 むかっとして電話をきった彼は、それからもつぎつぎと友人や知り合いに、おなじことを告げまわった。しかしだれも、やめろとはいわずに、
「また奇跡がみれそうだね。期待してるよ」
 と、似たような返事をするのだった。
 アンブは、だれかひとりぐらい、本気で心配してくれるものはいないものかと、大学時代の友や、高校、中学の同窓生や、飲み屋のおかみにまで、かたっぱしから電話してみた。が、やはり返ってきたのは、冗談でもきいたかのような明るい笑い声と、妻たちが一様に口にしたようなフレーズばかりだった。
「奇跡なんかくそくらえ!」
 大声でさけぶなりアンブは、あけはなった窓にむかってかけだすなり、その身を大きく空中におどらせた。
 一瞬後、彼のからだはなにやらやわらかくふくらんだものの上にふわりと落下した。そしてその直後、すぐそばで鈍い音がして、周囲から悲鳴があがるのを彼はきいた。
 アンブが電話をかけまくっているとき、同じビルの屋上では、ある一人の自殺志願の男がながいあいだためらっていた。通報でかけつけた消防隊員たちが落下をやわらげるためのクッションを地上に用意してまちかまえた。自殺志願の男が決心してとびおりる一瞬前に、七階の窓から落ちてきたアンブがそのクッションに落下し、自殺志願の男はわずかにはずれた路上に落ちて死んだという話をあとでアンブは消防隊員からきかされた。
「こんなことがおこるなんて、まるで―――」
「そのさきは、いわなくても、わかっている」
 アンブは、消防隊員の口に、手のひらをぎゅっと押し当てた。


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このストーリーに関するコメント

14/02/12 朔良

W・アーム・スープレックスさん、こんばんは。
拝読いたしました。

奇跡に守られた存在…うらやましい話ですが、こうなってしまってはいいのか悪いのか…。
宝くじが当たってもかえって不幸になってしまうことがあるように、過ぎた奇跡は人の身には幸せにはつながらないのかもしれませんね。
奇跡というお題に対して面白い切り口の作品だなと思いました。いつもW・アーム・スープレックスさんの作品には楽しませていただいています、ありがとうございました。

14/02/12 W・アーム・スープレックス

朔良さん、こんばんは。いつも読んでいただいて、感謝します。

奇跡ってなんだろうと、考えてみましたが、漠然としてつかみどころがなかったので、反対を調べると、普通とかありふれたものとありましたので、この作品の、奇跡のたたき売りをおもいつきました。
でも、もしかしたら、ごく普通の中にこそ、奇跡というものがあるのかもしれませんね。ただそれに気がついていないだけのことで。こんどはその視点から奇跡を書いてみたいと思います。
コメントありがとうございました。

14/03/03 gokui

 読ませていただきました。
 滅多に起こらないはずの奇跡が日常茶飯事起こるというのは、逆転の発想ですね。その発想力ときれいな落ち。お見事でした。

14/03/03 W・アーム・スープレックス

gokuiさん、読んでいただいてありがとうございます。

主人公はビルから落ちましたが、作品のほうはなかなか思うように落ちてくれないのが現状です。これはという落ちは実際、奇跡でもおこってくれないかぎり、なかなか生まれないのかもしれませんね。

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