1. トップページ
  2. 桜雲の山里駅

鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
将来の夢 この世で最も面白い物語を見つけ出したい。
座右の銘 Do what you enjoy, enjoy what you do.

投稿済みの作品

1

桜雲の山里駅

14/02/03 コンテスト(テーマ):第二十五回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 鮎風 遊 閲覧数:1634

この作品を評価する

 カタン、コトン、……、カタン、コトン
 今は桜待つ季節。その風光る中を、心地よい響きが伝わってくる。しかし、冬の名残だろう、草原の所々には残雪が見え隠れする。 

 微睡(まどろ)みを誘う振動が、ディーゼルカーの床から座席へと……、カタン、コトン、カタン、コトン。
 たった1輌だけで、草原をゆっくりと走り行く。まるで流れ去ってしまった時間を巻き戻すかのように。
 そんなディーゼルカーが向かっている先、それはこのローカル線の終着駅・桜雲(おううん)の山里駅。
 草原を突っ切り、山を駆け上がった中腹に小さな山里がある。毎年そこへ、遅い春が巡りくる。
 長い冬の結末に、山の桜は怒濤のごとく咲き乱れ、舞桜の美しさでその山里は埋もれてしまう。そんな桜花爛漫を、草原を走り行くディーゼルカーからも望見することができる。それはまるで山に掛かった桜雲のようだと言われている。
「ああ、なるほどなあ、あの辺りに、薄紅色の雲が掛かるのだろう」
 瑛一は車窓から流れ行く遠景を眺めているが、ぼんやりと視界に入っているだけ。焦点を合わせ、その風景を仔細に認識しようとしているわけではない。

 今、瑛一がこのディーゼルカーに揺られている理由(わけ)、それは学生時代の友人・幸多(こうた)の墓参りに行くためだ。
 幸多の妻・瑠菜(るな)から珍しく年賀状が届いた。そして知らされた。幸多は三年前の桜零れる時節に、突然逝ったと。
 なぜにもっと早く連絡をくれなかったのだろうか? 瑛一は不満だった。だが、瑠菜の気持ちもわからない訳でもない。
 それは多分、心をどこまでも静めたかったのだろう。瑠菜にはそれだけの歳月が必要だったのだと想像できる。
 随分と月日は過ぎ去っていたが、とりあえず線香だけでもと思い立ち、出掛けてきた。

 二十年前の青春まっただ中の学生時代。瑛一も幸多も、そして瑠菜も若かった。将来に夢を持ち、大きく大空に飛翔しようと三人は溌剌とした日々を送っていた。まさしくキラキラと輝いていたのだ。
 そして卒業。瑛一は幸いにも外資系企業に就職することができた。そして、自分の夢実現のために一歩を踏み出した。世界のビジネス社会へと羽ばたいて行くこととなった。
 一方幸多は、不幸にも四回生の時に父親が亡くなった。その旧家を守るために、故郷・桜雲の山里へと戻らざるを得なくなったのだ。
 随分と葛藤はあったことだろう。しかし、幸多は旧家のしきたりを受け継ぎ、家を守って行くことを選択した。
 ただ幸多は熱い恋をしていた。その相手は、瑠菜。彼女を連れて、故郷に戻ることを願っていた。

 これは三人の運命だったのか? ある日、瑠菜が瑛一に相談を持ち掛けてきた。
「ねえ瑛一、私、どうしたら良いと思う?」
 瑛一は、それがどういう話しなのかすぐ想像できた。
「そうだね、瑠菜も迷うところかもな、だけど、幸多のことを信じているんだろ。だったら、寂しがり屋のあいつに付いて行ってやってくれないか」
 こんな突き放したような言い草に反し、瑛一は瑠菜のことがとてつもなく好きだった。しかし、その前に親友の幸多がいた。いわゆる瑠菜を巡って親友と三角関係に陥っていたのだ。
 反面、瑛一はこれから世界中を駆け巡らなければならない。青臭い張り切りと、世間知らずの夢を見ていた。
 しかし、今思う。それはきっとそこへ逃げようとしていたのだ、と。
 正直、たとえ幸多から三角関係の瑠菜を奪い取ったとしても、瑠菜を幸せにする自信がなかった。だからすでに、その時点で負けていた。それは好きな瑠菜に対し、狡かったと言えば確かにそうだった。
 親友の幸多は、瑠菜を田舎に連れて帰り、絶体に幸せにしてみせる、と宣言していた。瑛一はもうどうする事もできなかったのだ。瑠菜は、瑛一が親友のために身を引いていることを充分感じ取っていたことだろう。
 それでも瑠菜は、瑛一に幸多より好意を抱いていた。しかし、瑛一は危険な夢に溺れ過ぎている。もし、それに付いて行けば、きっと苦労をするだろう、そんな打算も働いていたのかも知れない。
 だが幸多は違う。誠実で優しい。その生涯を掛けて、瑠菜を愛し、幸せにすると誓ってくれてもいた。
 しかし、瑠菜はこんな愛あるプロポーズを受けてもまだ迷っていた。そして瑛一に、私、どうしたら良いの? と相談を持ち掛けてきたのだ。
「寂しがり屋のあいつに付いて行ってやってくれないか」
 これが瑛一が返した答えだった。それはその通りだが、瑠菜が聞きたいと思うことからは、意外だが、外れていた。
 もちろん幸多との愛の問題はある。しかしそれよりも、これからの瑠菜自身が生きて行く場所の問題を相談したのだ。
「うーうん、瑛一ちょっと違うんだよね、知ってるでしょ、幸多の家は桜雲の山里って言う所にあるのよ。これ、どう思う?」
 もう一度尋ね直されて、瑛一は瑠菜が何で迷っているのかが解った。要は暮らして行く場所に、心が揺らいでいるのだ。少なくともそう理解できた。だが、どう答えて良いものかと戸惑う。
「うーん、桜雲の山里って、綺麗な所で、いつも癒されるんだろ。だけど住めば都になるかどうかは、その地に良い縁があるかどうかの問題かな」
 挙げ句、こんないい加減な返事をしてしまった。瑠菜が瑛一を真正面に睨み付けてくる。
「ねっ瑛一、知ってる?  桜雲の山里駅って……」
 瑛一は一体何の事なのかわからず、「何を?」と聞き返した。すると瑠菜は、今にも泣き出しそうな顔をして、ぽつりと一言呟いた。
「そこは……終着駅なのよ」
 瑛一は、あの時の瑠菜の潤んだ瞳が忘れられない。だが瑠菜は最終的に、幸多と共に桜雲の山里で生きて行くことを選択した。つまり幸多の旧家へと嫁いだのだ。

 あれから二十年の歳月が流れた。特に理由はないが、その間どちらともなく音信を絶っていた。
 カタン、コトン、……、カタン、コトン
 電車からの心地よい響きが心を和ませてくれる。瑛一は、そんなくつろぎ中で、この二十年間自分の身の回りで起こった出来事を思い出している。とにかく卒業してから、夢を追い掛けて飛び回ってきた。
 瑛一の夢、それは非常に世俗的な夢だった。この生き馬の目を抜くビジネス社会で、それなりの地位を築くこと。
 しかし、それは海図を持たずに大海原に漕ぎ出してしまったようなものだった。幾つもの大きな波を被ってしまった。そして、傷も多く負ってしまった。
「桜雲の山里か、そんな薄紅色の雲の中に、俺の満身創痍の身を預け、癒されてみたいよなあ」
 こんな弱音とも取れる独り言をついつい吐いてしまう。そしてしばらくの時が流れ、たった一輌だけのディーゼルカーはガタン、ガタンと、二度大きな音を発した。終着駅の桜雲の山里駅に到着したのだ。

 瑛一は四、五人の客と共にプラットホームに降り立った。駅舎がぽつりと建ってる。小さくて古い。桜の古木たちが一杯に蕾を枝に付け、その重さを堪えるかのように、駅舎に覆い被さっている。
 そんな桜たちそれぞれは、時季が来れば、すべて桜雲の一つ一つの雲になるのだろう。そして桜花待つ季節の昼下がりに、瑛一は改札を通った。そこに瑠菜が待っていてくれた。
「瑛一、お久し振りだわ!」
 瑠菜は二十年前とまったく変わらない抑揚で声を発し、駆け寄ってきた。
 瑛一は電車の中でずっと迷っていた。瑠菜と二十年振りに再会することになる。嬉しい。だが、どう話し掛けて良いものやら。やはり大人の常識として、丁寧に敬語を使わなければならないのだろうかなあ、とも。
 瑛一はほっとした。確かに瑠菜も歳を取ったようだ。しかし、二十年前の瑠菜がそのままそこにいたのだ。
「ああ、瑠菜、ホントだね、元気そうで良かったよ」
 瑛一は昔と変わらぬ口調で返した。こんな挨拶で瑠菜との再会は始まり、瑛一は幸多の旧家へと招かれた。
 瑛一はまず仏壇にある幸多の遺影に手を合わせ、線香を上げた。そしてそれを手短に終え、墓参りをする。瑛一はここまではどうしても果たしておきたかった。そうしないと気が済まない。
 瑛一は幸多の墓にじっと手を合わせる。そんな時、瑠菜が瑛一の背後から語り掛けてくる。
「この人、いつも瑛一の事を話していたのよ。もう一度一緒にお酒を飲み、あの時のように夢を語りたいってね」
 それからだった。瑠菜は突然墓前へと進み出て、日本酒をじゃあーと墓石に掛け出すのだ。瑛一はこんな瑠菜の突飛な行動に驚いた。しかし、ああ、そうだったなあ、と昔の瑠菜を思い出した。
 学生食堂で、ちょっぴりピリ辛が好きだ、と瑛一が話した。すると瑠菜は、タバスコを思い切りパスタの上に掛けてくれたんだよなあ、と。
 そうなのだ。思い切りのよい性格、瑠菜はぜんぜん変わっていなかったのだ。
 瑛一は若い頃の瑠菜のことを思い出し、そして幸多のことを偲(しの)び、墓前でぽつりと呟く。
「幸多、オマエは優秀なヤツだったよなあ」
 しかし、次の言葉を飲み込んだ。それは──お前は、この山里に戻って来て本当に良かったのか? と思わず口にするところだった。だが瑠菜は、瑛一の呟きを聞き、その次に何を続けて言いたいのかを察した。そして、瑛一の無言に答え返す。
「幸多はね、結局ここの暮らしが一番似合っていて、幸せだったと思うわ。瑛一みたいにね、そう、野望がなかったからね」
 こんなやりとりが切っ掛けとなり、その後からは、二人は昔話しに花を咲かせることとなった。そして時間となり、瑛一は去らなければならない。瑠菜に暇(いとま)を告げた。

「瑛一、駅まで送って行くわ」
 瑠菜はそう明るく言い、二人でふらふらと駅まで歩く。プラットホームには、すでに折り返しの電車が乗客を待っている。
「瑠菜、今日はありがとう」
 瑛一は、プラットホームまで送りに来てくれた瑠菜に礼を言った。しかし、瑠菜は瑛一を背にしてじっと黙ってる。ただ駅に覆い被さる古木の蕾を、もの静かに眺めている。
「瑠菜、元気でな!」
 瑛一はもう一度声を掛けた。すると瑠菜は瑛一の方に向き直って、哀感を滲ませながら……。
「瑛一、わかってるでしょ、この桜雲の山里駅は……終着駅なのよ」
 瑛一は瑠菜が一体何を言いたいのかがわからない。だがつられて、実に感傷的なことを口にしてしまう。
「そうだなあ、旅路の果ての終着駅なのかもな」
 瑠菜はその言葉を受けてかどうかは分からない。しかし声を落として、しみじみと言う。
「うーうん、私の旅は……ここを終着駅にしたくはないの」
 瑛一は、瑠菜が呟いた──ここを終着駅にしたくはないの──の本意がわからない。
「それって、どういう意味?」
 瑛一は聞き返した。瑠菜が二十年前のあの時と同じ潤んだ瞳でじっと見つめてくる。そして、心からの呻きの声を漏らすのだ。
「だから私は……、途中下車、そう、この駅で、単に途中下車しただけだったことにしたいのよ」
 ゆらゆらと春の風が吹き始めてる。桜雲の一つ一つの雲になる桜たち、それらが微妙に揺れ始める。

 桜雲の山里駅、それはローカル線の行き着いた所にある終着駅。しかし瑠菜は、ここを終着駅ではなく、旅の途中にちょっと立ち寄ってみただけの駅にしたいと言う。瑛一は、なんとなく瑠菜の気持ちがわからないわけではない。
 二十年前、瑠菜はこれからの自分自身が生きて行く場所の相談を持ち掛けてきた。「幸多の家は桜雲の山里って言う所にあるのよ。これ、どう思う?」と。
 それに対し、瑛一は実にいい加減に答えた。
「桜雲の山里って、綺麗な所で、いつも癒されるんだろ。だけど住めば都になるかどうかは、その地に良い縁があるかどうかの問題かな」
 すると瑠菜は、今にも泣き出しそうな顔をして、ぽつりと一言呟いた。「そこは終着駅なのよ」と。
 それを今、瑠菜は、この駅で、単に途中下車しただけにしたいのよ、と言う。
 二十年の幾星霜を経ても、瑠菜は未だこんな思いを抱いてるのだろうか。瑛一はそんな事をぼんやりと思った。そして瑠菜が急に愛おしくなる。
 そして、瑠菜はさらに、しんみりと言葉を繋げる。
「瑛一、誤解しないでね、私、この桜雲の山里に来たこと、それは一つも後悔していないわ。だって桜花爛漫の頃ってね、もうその美しさの中に埋もれているだけで、生きてる喜びや意義を感じてしまうのよ」
 しかし、瑛一はまだわからない。
「じゃなぜ、途中下車しただけにしたいの?」
 瑛一は単純に聞いてみた。瑠菜はそれに対し感情を押し殺して、口にする。
「ここは素晴らしい終着駅よ、だから、癒しはあるわ。だけどね……、夢がないの」
 瑛一はわかるような気もする。しかし、瑠菜が本当に求めていることが何なのかがわからない。
「だから瑠菜は、どうしたいの?」
 瑠菜はこう聞かれて、黙り込んでしまった。それはまるで、次の言葉を発するのを躊躇しているかのように。

 桜雲の山里駅のプラットフォーム。あと1ヶ月もすれば、この辺り一帯に艶やかな世界が現出することだろう。そんな事を予感させる暖かな風が一吹き、そして一吹きと、二人が立つ隙間を抜けて行く。そして桜の木々の蕾を微妙に揺すって行く。
 そんな桜待つ季節の情景に埋没させ、瑠菜はついに。覚悟を決めた強い言葉を、たった一言だけだが……、絞り出すのだ。

「連れてって」

 唐突に、そんな事を! 請われてみても、その「連れてって」と言う言葉を、瑛一はうまく飲み込めない。頭を巡らし、いろいろな事を考える。瑠菜はそんな瑛一に、さらにやるせなく求める。
「瑛一が辿り着こうとしている終着駅、そこへ、私を連れてって」
 そうなのだ。瑛一に、今男の決断が迫られている。しかし、瑛一は瑠菜の覚悟のほどを知っておきたい。
「いいのか瑠菜、もし俺と旅を続ければ、傷だらけになって、ボロボロになるかも。そして、終着駅には辿り着けないかも知れないよ」
 瑠菜は瑛一のこんな回りくどい言い回しに、特に驚く風でもない。むしろそれは決心してしまった女の強さなのだろう。
「私は大丈夫よ。二十年前に、一度は覚悟したことだから」
 こう言い放って、後はまことに現実的なことをさらりと付け加える。「家もしっかりと、閉めてきたから」と。

 こんな激しく、ハラハラさせる瑠菜。学生時代のそのままの瑠菜が今瑛一の前に立っている。
 二十年の春秋の流れ。それは事実として、本当にあった事なのだろうか。なにか途中のすべての時間が、どこかへ吹っ飛んで行ってしまったような気がする。瑛一には、そのようにも思えてくるのだった。
 そして、瑠菜が今、桜雲の山里駅で途中下車しただけにしたいと願うのならば……。また、これからの旅の苦労を覚悟しているのならば……。
 よし、瑠菜を連れて行こう、瑛一はこう決意をした。それはまるで、二十年の歳月を要してしまった男の決断でもあるかのように。そして瑛一は瑠菜に向き合い、結論を言葉短く伝える。
「瑠菜、……、もう時間だよ」
 それと同時に、瑛一はそっと瑠菜の手を取った。瑠菜はそれに応え、力を込め握り返す。こうして二人は、たった一輌だけのディーゼルカーに乗車したのだった。

 桜雲の山里駅。それはローカル線の終着駅。
 今、その折り返しのディーゼルカーの出発ベルがリリリーンとプラットホームに響き渡る。
 がらんと空いた車輌の中で、二人は並んで座り、固く手を取り合っている。ガタンガタンと二度の振動があり、ディーゼルカーはゆっくりと発車する。

 カタン、コトン、……、カタン、コトン
 ディーゼルカーが走り抜けてきた草原、そこへ向けてのんびりと走り出した。
「ねえ瑛一、ありがとう。桜雲がたなびく前で、良かったわ」
 瑠菜が呟いた。
「なんで?」
「だって、桜雲は美し過ぎて……、もし、桜の季節を待っていたら、きっと私、飛び出せなかったでしょうね」
 瑛一は瑠菜との運命のようなものを感じながら、ふんふんと頷く。
 ここは素晴らしい終着駅よ、だから癒しはあるわ、だけど夢がないの。そんな激しいことを言い放った瑠菜。それに対し、もし俺と旅を続ければ、傷だらけになって、ボロボロになるかも、そして終着駅には辿り着けないかも知れないよ、と確認した瑛一。もうこれ以上の事を語る必要はない。
 二人はもういいのだ。こうなってしまったデスティニー(destiny)、それにただただ従おうとしているだけ。

 しばらく二人は草原を戻り行くディーゼルカーに揺られる。そして瑛一は、思い出したかのように瑠菜の手を堅く握り締める。
「桜雲の山里駅か……、瑠菜、俺たちの今を言ってみようか」
「何を?」
 瑠菜がすかさず聞き返す。瑛一は一瞬沈黙し、間を取って、瑠菜の耳元でそっと囁く。
「さらば終着駅、そして二人の、これからの未知なる旅に──乾杯!」
 しばらくこの言葉を噛み締めていた瑠菜、柔らかく微笑み返し、そっと瑛一の肩に寄り添う。

 たった一輌だけのディーゼルカー。今、終着駅から折り返し、草原をゆっくりと進む。
 二人の新たな始発駅ともなった桜雲の山里駅。毎年そこへ遅い春が巡ってくる。その長い冬の結末に、山の桜は怒濤のごとく咲き乱れ、舞桜の美しさでその山里は埋もれてしまう。
 そんな桜花爛漫。それを、草原を走り遠のいて行くディーゼルカーからでも望見することができる。
 その眺めは、まるで過去の愛と苦悩を、優しく覆い包む桜雲のようでもあると言われている。
 さらば終着駅、そして二人の、これからの未知なる旅に──乾杯!
 瑛一は瑠菜に、もう一度祝福を慎ましく伝えた。瑠菜はそれに応え、しっかりと。しかし、少し涙声で、囁き返す。
「私の二十年間の……途中下車に……乾杯!」

 たった一輌だけのディーゼルカーは、まるで何事もなかったかのように、
 カタン、コトン、……、カタン、コトン、……と、いつまでも心地よく響かせ続けるのだった。

                      おわり


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

14/02/04 泡沫恋歌

鮎風 遊さん、拝読しました。

美しい桜雲の山里駅を飛び出した、この二人がこれからどんな人生を
歩み出すのか気になりますね。
終着駅はあるのだろうか?

未知なる旅に──乾杯!

14/02/08 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

コメントありがとうございます。

その後、終着駅が見付からない波瀾万丈が待ってるような…。
人生、そううまく行きませんよね。

だけど、二人一緒なら、なんとかってところかな。

ログイン